知らぬは本人だけ
ーー本当に、夢のような時間だった。
何だか暑苦しいような気がして目を覚ます。そんなに布団多く被ってたかな、と思いながら落ちてくる瞼を無理矢理開けば、そこには布団の白ではなくて黒一面が広がっていた。…壁、は茶色だから、違うよねえ…?私、ちゃんと布団で寝たよね??ひたすら困惑していれば、思わずと言った感じの笑いが頭上から聞こえて来た。不思議に思って顔を上げーー…
「おはよう。朝から可愛いな、卯琅」
「ゔぁっ」
かっこ可愛い綺麗な笑顔を頂いてしまった…!!しかも、可愛いだって!!!聞きましたか、奥さん!!!!思わず変な声が漏れたけど仕方ないよね??だって、朝から凌統の顔がめちゃくちゃ至近距離から見られるんだよ??…え、もしかしてこの黒って凌統の服…即ち胸板では…??ドキドキしながら恐らく凌統の胸板であろう場所に顔を戻し、すん、と鼻を動かす。はわわわ、やっぱり凌統の胸板じゃん、堪らないこの香り…
「こーら、汗臭いだろ?擽ったいしあまり嗅ぐなって」
「そんな殺生な…!」
「俺だって嗅ぎ返すけど良いのか?甘い匂いしそうだもんな」
「え、ダメだよ〜……あ、お風呂!」
「ん、忘れてなかったようで良かった。起きるの待ってた甲斐あったな」
「…待っててくれたの?」
「一緒に入るって約束したからな」
照れ臭そうに、でも期待してるって表情で笑いながら私の頭をポンポン撫でる。はわわ、可愛い過ぎないか…?少し恥ずかしい気がするし逃げたいなあとか考えてた私は、何て残酷な選択肢をしようとしたんだろうと自分を張り倒したい気持ちになりながら、凌統を見つめる。う、顔が良い…!!私の視線に凌統はこてん、と不思議そうに首を傾げる。可愛い過ぎる…!!
「…どうした?」
「…凌統がかっこ可愛いくて綺麗で動悸がやばい」
「……はは、相変わらず面白いなあ。可愛いくて綺麗なのは卯琅も一緒だろ?ほら、早く風呂行こうぜ?」
「あばばば、……この腕は…?」
「ん?抱えて運ぼうかと思って」
「殺す気か?(え、別に気にしなくて大丈夫だよー、歩けるよ!)」
「多分逆だな」
「はわ」
「、はは…本当に可愛いなあ…」
幸せそうな表情で微笑まれてぎゅん!!と胸を鷲掴みされた。とろりと溶けた甘い表情がヤバ過ぎる…これを引き出してるの私なんだぜ??最の高だわ…普通に歩こうとしたけど、待ちきれなかったのか凌統にひ、ひ、姫抱きされたんだが…!!?視界が!!高い!!!!脱衣室に着いたら流石に降ろしてくれるよね、なんて思ってたんだけど……降ろす気ないな??私を抱えたまま器用に裸体を晒した後、そのまま私も丸裸にされたんだが…?え、もしかして私はずっと地に降り立てないの??
「あの、凌統…?えっと、降ろしてくれたりはしないの…?」
「ん…?降ろす必要あるか?」
「え」
「ああ、卯琅は羽根のように軽いから大丈夫だからな。安心しろよ?」
「わーい、じゃなく…わぷ」
「俺が丁寧に洗ってやるから動くなよー?…ココも洗っとくか?」
「!!!えっちなのはダメです!!!」
「そいつは残念。…あー…やっぱりイイな」
「…へ?」
「俺の物って印」
へら、と笑った凌統が私の首をトントンと叩く。印ってまさか…旅館備え付けの鏡が近くにあったから頑張って体を捻ってみれば、そこには無数に咲いている赤い華が沢山……あれ、身体中にない??何かめちゃくちゃ多いよね??迂闊に着替えられないな…??師匠との鍛錬も暫くはお預けかな、汗かくからお風呂入りたくなるし。師匠は茶化して来ないだろうけど、やっぱり気恥ずかし……い?…あー…だからか。
「…凌統、そんなに私が鍛錬するのやだ?」
「やだ。お前は俺が護るから強くならなくて良いの、最低限で良いって」
「…凌統の隣に居たいのに?」
「普段なら良いけど、戦場では隣に居て欲しくない。…俺の子供産んで欲しいしな?」
「っ、…ま、まだ身籠ったのは限らないじゃん…?」
「だったらまた仕込むだけだな。ま、あんなに出したんだし平気だとは思うけど……後一回する?」
「しない!大きくしないで!!」
「卯琅の身体美味そうだからつい、な」
「降ろしてぇ…!」
流石に殿達の前で抱えられたまま帰宅の挨拶するの嫌だから全力で抵抗する。何とか降ろして貰えたけど、私は瞬時に凌統から距離を取る。めちゃくちゃ元気なのおかしくない…!?私の反応に寂しそうな表情を浮かべていた凌統に思わず絆されそうになったけど、今近寄ったら食べられてしまうから心を鬼にする。…殿は揶揄わないだろうけど、孫策様とか甘寧とか絶対揶揄ってくるし…!それだけは避けたいよね…!
一緒に湯船に浸かってはいたけど、膝の間に入り込むなんて馬鹿な真似はしない。したかったけども!!凌統の寂しそうな顔を見たくなくてお湯ばかり見ていた私は、凌統が残念そうな表情を浮かべながらギラギラと目を輝かせていたなんて気付いていなかった。手は出さないって言ったじゃん、助平…!!
「わあ、お土産も沢山だね。何を買おうかな〜」
「やっぱり名産品は欠かせないよな。後は定番?」
「確かに!…うーん、人数多いし殿と呂蒙さんと師匠と翠青さんと霞月さんだけ個別にしてお菓子二種類くらい買う?」
「…そうだな、確かにそれが一番手っ取り早いよな、部下達のもあるし。大体何人くらいとか覚えてるか?」
「んとね、各陣地に500人くらいは居るって聞いた気がする」
「…多いな」
「これでも少ない方だよ、元の世界にはもっと居るもん」
「あー…確かにそうだな。…元気してるかな、彼奴等」
「…早く帰ってあげようね」
「ん、だな」
少ししんみりした気分になりながらもお土産を選び、女将さん達に挨拶をしてから私達は帰ることに。道中で召し上がって、と渡されたおにぎりにお礼を言ってから馬に乗ってのんびりと歩いて行く。朝餉も食べたばかりだからまだお腹は空かないけれど、その内空くんだろうなあと思いながら凌統の背中に抱き付く。行きは卯琅だったから帰りは俺。って譲ってくれなかったんだよね…別に気にしなくても良かったのに。腕はそのままに顔だけ後ろに向けば、やっぱり目立っているさっきまでいた旅館が見える。…楽しかったし、癒されたなあ…
「…卯琅?どうした?」
「ん〜…まだ見えるかなって旅館見てた。やっぱり大きいね」
「かなり大きかったもんな。あんなに広い旅館がこんな山奥にあるのは少し勿体無いよな」
「ふふ、そうだねー…でも、秘密の場所みたいでわくわくしない?」
「…わくわくはするな、確かに。また来ようぜ、お金貯めてさ」
「…元の世界に帰るのとどっちが先かな?」
「あー……お金の貯まり方次第だな。個人的にはあと2回くらい来てから帰りたいな」
「欲張りさんだ」
「う、…卯琅はどうなんだよ?」
「ーー私も一緒だよ、凌統」
くすくす笑いながら背中に顔を押し付ければ、凌統も嬉しそうにくすくす笑う。あー…平和だ…元の世界に置いて来てしまっている彼等が心配なのは事実だけど、妖魔と師匠を出し抜いた敵以外に脅威がないこの世界を私は気に入っていたりする。こっちの世界に連れて来れたら良いのになあ…だってその方が、師匠もきっと幸せだから。まあ、師匠と翠青さんを引き抜ければあまり問題ないのかも知れないけどね?引き抜く気満々だし。策は何個か思い付いたし、周瑜様や呂蒙さんのお話も聞きたいな。あの二人ならきっと良い感じに調整してくれるだろうし。魯粛さんや陸遜さんにも話を通してみようかな、戦力は多い方が良いもんね。
「帰ったら忙しくなるね」
「そうだな。ま、俺達が頑張らなきゃいけないのは多分明日からだけどな」
「え、夕暮れ前には着けるのに?」
「殿が帰って来たばかりの俺達に仕事をさせると思うか?あのお人好しに?」
「…無理だろうねえ…」
「だろ?だからゆっくり帰ろうぜ。気を遣わせるのも悪いしな」
「そうだね………あの、さ、お土産渡したら…私の部屋、来る、?」
「ん?…行っても良いなら行くけど?手を出さない保証はないけどな」
「…その、…今晩から、隣に凌統居ないの、やだなって…思って…」
「!…卯琅…」
「……ずっと、隣に居て欲しいなって……私、欲張りになっちゃったね…」
でも、…忘れてね、なんて言いたくない。終わりが近付いているのが嫌過ぎる。今まで立場も違えば仕事内容も違うからそれぞれの自室で、夜とかお互い非番な時に逢瀬を重ねていた。それで満足だった。ちょっぴり寂しくはあったけど、仕方ないって言い聞かせられてた。…でも、この一週間が幸せ過ぎて、凌統と同じ部屋で生活を共にするのがこんなに満たされるのだと知ってしまったから。…耐え切れない、と思ってしまった。我儘すぎて嫌われるかな、と思いながらちらっと顔を盗み見れば、凌統は心底嬉し、そうに笑ってーー…?
「…凌統…?」
「…やっと、卯琅も俺と同じ想いを持ってくれたな。長かった、本当に」
「…同じ、想い…?」
「ああ、俺はずっと卯琅と生活を共にしたいって思ってた。物足りなかった、それでも卯琅が頑張って我慢してるのは分かってたから何も言わなかった。その内折れてくれるだろうなって思ってたし、どうせなら俺と同じとこまで堕ちて来て欲しかったからな」
「…知らなかった…」
「そりゃあ隠してたからな。…実はな、卯琅の覚悟が決まった時用に殿からとある部屋、借りてたんだ。まだ布団とか机くらいしかないけど、それぞれ自室から持ってけば良いしな」
「えっ、あ、……もしかして、皆知ってる…?練師様からあまり殿方を待たせては後が大変ですよって言われたこと、ある…師匠にも、愛されてるねって…」
「練師殿は…まあ、殿から聞いたんだろうが…珠華は何で知ってるんだか……まあ、殿に近しい人は知ってると思うよ」
「…ずっと、待ってくれていたの…?」
「…そりゃあね。大好きな人と寝食共にしたいって思うのは当たり前っしょ」
「ーー…嬉しい…」
「…うん、俺も」
知らなかった、その事実に胸が熱くなる。こんなに、大切に想われていたのか。そりゃあ、ちゃんと向き合ってあげてね、って言われる訳だ…向き合っている、つもりだったけど…凌統は私よりずうっと前のことを考えてくれていた。そのことが、嬉しくて堪らない。思わず凌統のお腹の方に伸ばしている手に力を込めれば、手綱を握っていない手でぽんぽんと頭を撫でられる。ーー…やっぱり、片時も離れたくないなあ…
「…明日、仕事前にお引越ししようか」
「!何なら今からでも良いけど?馬走らせるか」
「今はゆっくりしたい、なって…帰ったら騒がしいし?」
「あー……確かにそうだな。悪い、嬉しすぎて舞い上がった」
「ううん、私も嬉しいから良いよ。ねね、どんな感じの部屋?」
「あの旅館並みではないけど自然に溢れた、あまり人が来ないとこだよ。多分、卯琅は知らないだろうな。俺も殿から話が来るまで知らなかったし」
「そうなんだ?…ふふ、今から楽しみ」
「俺も。やーっと卯琅と一緒に暮らせるんだな…実はな、元の世界にも用意してるんだ。これは呂蒙さんからの贈り物なんだけどさ。…そっちでも一緒に暮らしてくれるか?」
「当たり前でしょ!!片時も離れないからね!」
…知らない情報だらけで頭が回らないけれど、一緒に暮らさないなんて選択肢はないね。…それにしても、いつから凌統はそんな場所を確保してたんだろう。私、めちゃくちゃ待たせてたんだな…?非常に申し訳ない…待たせてた分、幸せになりたいなあ…まあ、私と凌統なら大丈夫かな。そうだと信じたいなあ…
「ーー…凌統」
「んー?」
「…愛してるよ」
「!…俺が抱き締められない時に言わないでくれない!?くそ、今めちゃくちゃ可愛い顔してるだろ…見せて」
「安全運転でお願いしまーす」
「…くそ……俺も勿論卯琅を愛してるよ」
「ーーえへへ、うん」
ずっと一緒に居ようね、そんなことを心の中で思いながら、私はぎゅっと凌統の背中に顔を押し付けて口を閉ざす。凌統はふるふるしてたけど、安全運転で無事に孫呉へと到着した。出迎えてくれた呂蒙さんと殿にお土産を渡した後、凌統は近くに居た部下の一人に配っといてとお菓子を押し付け、もう一人に馬返しといてと手綱を引き渡し、私の腕を掴んで足早にその場を離れる。咄嗟なことに驚きながらも殿達の方に視線を送れば、皆してあーあ、みたいな表情をしていてびっくりする。え、分かってないの私だけ…?
「…はー…卯琅、煽るなって言ったよな…?」
「…え、私煽った…?」
「これだから無意識は……可愛いことばかり言っちゃう悪い子はこの口かー?」
「いふぁいよー!」
「ーー抱き潰すから覚悟しとけ」
「え゛」
え、あの、私、そんなに煽るようなこと言いましたっけ…?何かめちゃくちゃスる気持ちになってるみたいなんですけど…?擦れ違う人達がぎょっとして距離を開けるくらいの表情を浮かべている凌統は、私の全く知らない場所を進んで行く。…これってもしかしなくても新居に向かってる…?森を抜けてポツンと建っている一軒家に連れ込まれ、私は覚悟を決めることにする。詰んでるもんね、これ。
ーー翌日、帰って来て早々仕事をすることが出来ずに布団から出れなかったことを此処に記しておきます。…何がいけなかったんだろう…?
無意識少女は狼をその気にするのが上手い
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