仕組まれた旅行
ーー私は、今日という日を生涯忘れることはないだろう。
こんなに夢見たいなことがあって良いのか…?と自問自答しつつ、最愛の人に真っ直ぐ見つめられて断われる筈がないとも思う。…間違ってはいないよね?
大好きで尊敬している師である珠華さんと珠華さんの友人である翠青さんと霞月さんに誘われてご飯を食べていれば、大好きで仕方がない凌統様が近寄って来てーードン、と私の顔のすぐ横を長くて逞しい腕が通り、固定されてしまう。あぁ〜〜顔が良い…!!
「行儀悪いよ、凌統殿」
「凌統、おまっ、何してるだ!?」
「きゃー!!凌統殿ったら大胆ね!」
「お?あ、悪い悪い。卯琅見付けたから逃さないようにしようと思ってな」
「私は逃げないですよ!!…あれ、でも約束してましたっけ?」
「いんや、特には。あー……あのさ、卯琅って温泉とか、興味ないか?」
「温泉、ですか?」
「そ。…呂蒙さんに、偶には羽根を伸ばして来いって仕事取られてさ。暇なら、で良いんだけど…一緒に行かないか?」
「行きます!!!!あっ、でも鍛錬…」
「気にしなくて良いから行って来な、卯琅ちゃん。ほら、邪魔者はさっさと行くよ。もう食べ終わったでしょ?」
「んっ!ぷは……卯琅ちゃんを振り回したら許さねぇだ!」
「はいはい、さっさと行こうね。ごゆっくり〜、あ、でもハメを外し過ぎちゃダメですよ?」
「、分かってるっつーの」
「…やっぱり師匠達はかっこいいなあ…」
「俺は?」
「世界一かっこいいです!!!」
「そいつは良かった」
「はわわ」
嬉しそうに破顔しながらの微笑みは私に効く…!!こんなにかっこいい人が私のか、彼氏って信じられないくらいだ…譲るつもりは誰にもないけどね!!私の反応にきょとりとしている凌統様も可愛いらしくて素敵だ…胸がキュンキュンしている気がして少しばかり苦しい。だからと言って凌統様から視線を逸らすつもりはないけど。…私、この人と温泉って耐えられるのかな。もしかして命日が近い…!?
「卯琅」
「ひゃい!」
「ぷ、何変な声出してんの。言い忘れてたけど、泊りだから。1週間くらいな」
「1週間!?え、そんなにお休みくれたんですか?」
「そ。呂蒙さんが色々手を回してくれたみたいでさ、足向けて寝られないな」
「そうなんですね……軽く荷物纏めるので少しお時間頂けますか?」
「勿論。あ、移動手段は遠乗りだから動きやすい格好でな」
「分かりました!あ、女将さん、会計お願いします」
「会計ならもう済んでるじゃないか!あとこれ、注文の握り飯とお茶ね」
「え、…凌統様が頼んだんですか?」
「いや、俺も知らないけど…」
「珠華ちゃんが全部手配してたけど…知らなかったのかい?」
「し、師匠〜〜!!」
「…いつの間に…敵わないな、本当に」
「ああいうのをいけめんって言うんだろうねえ…はい、確かに渡したからね!」
「わっ、こんなに沢山…!有り難うございました!」
「助かる、有り難うな」
私と凌統様は女将さんに頭を下げてからお店を出る。師匠にお礼の贈り物を見繕わないと…!その後すぐに自室に向かい、それぞれ軽く荷物を纏める。泊まりなんて久し振りだなあ…そんなことを思いながら手だけ動かしていれば、尚香様の押しに負けて買ってしまった…所謂勝負下着が出て来た。…えっと、これは、どうしたら良いのかな…持っていく、べき?
「い、一応持って行こうかな…か、可愛いし…」
ちょっぴり布の面積が少ないのが不安ではあるけれど、可愛いから許される、よね?か、彼氏とのお泊まりな訳だし…そんな風に言い訳しつつ、私はその勝負下着を一番下の方に仕舞い込む。履くことはないかも知れないけど、ね、念の為…ね!
「お、お待たせしましたっ!」
「別にそんなに待ってないっつーの。ほら、おいで」
「…あれ、一頭だけなんですか?てっきり二頭なのかと…」
「あー…俺もそのつもりだったんだけど、何か急に馬を借りたいって客が沢山居たらしくて…やっぱりこれって仕組まれてるよな?」
「あまりにも都合が良すぎますもんね…で、でもただ単に凌統様に疲れを癒やして欲しいだけなのかも…!…だとしたら私邪魔では…?」
「何でさ、俺は卯琅と一緒に過ごしてる時が一番癒されるし幸せだけど?」
「へ!?」
「当たり前だっての。可愛い可愛い彼女なんだし?ほら、早く乗れって。何か遠い場所みたいだし、早く向かおうぜ」
「は、はい…お邪魔します…」
可愛い、って言われた…!なんて思いながら、凌統様から差し出された手を取り、馬に乗る。なかなかに鍛え上げられている、良い馬のような気がする…?これが唯一残っていたのは考え難い気がするなあ…なんて思っていれば、凌統様の逞しい腕が私のお腹に回され、思わず肩がビクッと跳ねる。そんな私の反応を面白く思ったのか凌統様の小さな笑い声が聞こえたと思ったら急に私の肩に凌統様の顔が近付いて……!?
「り、凌統様っ!お戯れはやめて下さいませ!!」
「卯琅が可愛いのが悪い。…あー…やっぱり卯琅に前に座って貰えるのはイイな、頸が良く見える」
「い、息が近い…!」
「顔真っ赤。相変わらずアンタは初心だよなあ、そんなとこも可愛いけど。あー…本当可愛い…」
「…凌統様?」
「…何かさ、疲れが急に出て来た気がする。卯琅と二人きりだからかもな」
「ーー…早めに、温泉に向かいましょう。凌統様は最近多忙でしたからね。私の肩では安定感に欠けるかも知れませんが、宜しければ預けてみて下さい。必ずや凌統様のお役に立ちますから」
「…卯琅は充分俺の役に立ってくれてるよ」
背後に居るから表情は分からないけど、きっと笑ってくれているのだろうと見当を付けて手綱を握り締める。そのまま道中をのんびり歩いていれば、凌統様は私の肩に頭を預け…小さく寝息を立てていた。ぎゅーとお腹に回されている手に力が篭もる。絶対に落としたりなんかしないんだから…!文官だけど、馬の扱い方は殿にだって褒められたことがある。何よりも大切な人の一人くらい、守ってみせますとも!そんな強い意志を抱き、出来るだけ段差のない安全な道を脳内で叩き出し、慎重に歩を進めーー…私はポカンと、間抜け面を晒してしまう。こ、心苦しいけど起こさねば…!
「…凌統様っ、起きて下さい」
「ーー…あ?…えっ、あれ、俺…寝てた?」
「お疲れのようでしたから仕方ないですよ。あの、凌統様が見せてくれた地図に従って来たんですが……此処、ですよね?」
「帰りは俺がするからな……その筈だけど…何か、凄いな…??」
「…豪華、ですよね」
「…呂蒙さんからは割引き券って言われてるんだけど、所持金足りるかな…此処に1週間、だろ?」
「…何かの間違い、ですかね?」
「あー…とりあえず、聞いてみるか。…あの、すみません。今日から1週間お世話になる予定なんですけど、呂蒙って名前に心当たりあったりします?」
「ええ、伺っております!ようこそおいで下さいました。馬は此方でお預かり致しますのでどうぞ中へ!」
「…やっぱり此処で合ってるんですね…」
「…気合い入れすぎだよ、呂蒙さん…」
私達の前に現れたのは、豪華絢爛という言葉が相応しいくらいの立派なお屋敷だった。ところどころにあしらわれている金は純金、じゃないよね??鹿おどしがカコンと鳴る音に癒されながらも案内されるがままに廊下を歩いていれば…ふとした違和感に気付く。…人が、少な過ぎないか?この旅館の従業員さんも馬を預かってくれた人と最初に出迎えてくれた人、そしてこの案内してくれてる人の三人しかまだ見掛けてないんだけど…?
「あの、私達の他にお客さんって居ないんですか?」
「へえ、貸し切りと聞いておりますよ」
「「貸し切り!?」」
「ええ。お客様方はあの呂蒙様と孫権様のお知り合いなんですよね?羽根を伸ばして欲しいのだと1週間分よりも多いお金を戴いてしまいまして…そんなことされなくてもあの方々のお知り合いでしたら色々とおもてなし致しますよ、と伝えたのですが気持ちだと押し切られてしまいました」
「…あの、それってもしかしてこの券って意味ない、ですかね?」
「?へえ、既に代金は充分に戴いておりますので…受け取れませんわ」
「えっと、呂蒙様と孫権様に何か助けて頂いたり、とかしたんですかね?」
「ええ!女将が野党に襲われた際、偶々居合わせた呂蒙様と孫権様、霞月様に助けられたと聞いております。その他にも旦那様が怪我をしそうな時に翠青様や珠華様に助けて頂いたとか!女将と旦那様は優し過ぎる人で何かと不運な目に遭う方でして…私が知ってる以外にもきっと沢山助けて頂いてると思われますよ」
「…師匠達流石ですね…」
「…お土産、沢山買わないとな」
「…はい」
偶々だったんだろうけど、そんなに都合が良いことがある?私達の身内が怖い…頼もしいんだけどね?案内してくれてる人の師匠達の活躍っぷりを聞きながらも、どんどん人気のない所に向かって行くのが少しばかり不安になる。めちゃくちゃ高い部屋、なんてことないよね?お庭が綺麗、なんて感想も抱けないんだけど?受付からかなり遠いなあと思っていれば、此処は別宅として予約してる訳ありな人もたまに訪れる知る人ぞ知る場所なんだそうだ。…だからこんなに距離が離れているんだね、納得だ。
「(めちゃくちゃ高い予感しかしない)」
「(ーーちょっとくらい、ハメ外しても平気ってことか。なかなか良い場所予約して貰ったかもな)」
「お待たせ致しました、本日お客様にご用意させて頂いたのは当店一番人気の…櫻、という部屋でございます」
「…さくら」
「へえ、今は時期ではないのですが春になると桜の花が一番綺麗に見える部屋なのです。お風呂は露天風呂と檜風呂、厠も部屋を出てすぐ横にございます。お食事は6時〜10時、12時〜4時、6時〜10時迄の間でしたらいつでも大丈夫です。此方の釦を押すと受付に連絡が行きますのでご気軽にどうぞ」
「へえ……二人、にしてはなかなか広い部屋だな?」
「一番良い部屋をご用意しろと承りましたので。…お気に召しませんでしたか?」
「と、とんでもない!!」
「充分過ぎるぐらいだよ」
「それなら良かったです。何か不都合があった際は此方の釦を押して下さいませ。それではーーごゆっくり」
案内してくれた人は私達に頭を下げてから、あの長い長い廊下を一人で歩いて行く。ちらっと凌統様を見れば、凌統様も私を見ていたのか視線がかちりと合う。ーーこんなに綺麗でかっこいい人と、二人きりなのか。ぎゅっ、と胸を鷲掴みにされるような感覚に襲われながら、閉ざされている絶景を見る為に襖を開いてみる。
「…凄い…凌統様っ、雪景色ですよ!」
「へえ、こいつは凄いな。雪を見ながらの酒は美味そうだ」
「露天風呂は…少し寒いですかね?」
「二人でくっ付きながら入れば問題ないんじゃないか?お、茶菓子もある」
「成程、確かに二人……二人?」
「んっ、なかなか美味い。見たことないな、此処の名物か?ほら卯琅、あーん」
「あ、あーん……んんっ、美味しいですね!これってお土産にないですかね?」
「帰る時に見てみるか」
「はい!…じゃなくて!!あの、ふ、二人ってどういう…!?」
「向こう帰ったら籍入れるんだし、そこまで照れなくて良いんじゃないの?」
「き、聞き間違いじゃ、ない…?」
「当たり前じゃないか。…あのな、卯琅。俺は、そんなに我慢強くはないんだ」
「えっと…?」
「ーーゆっくり休めると、思うなよ?」
「ひえ」
急に凌統様の整った顔が近付いて来たと思ったら、めちゃくちゃ腰にキくような良い声で囁かれ、思わず距離を取ろうとすれば、私の反応を予測していたのか、逆に腕を掴まれ凌統様の逞しい腕に捕まり、閉じ込められた。それだけでも私の頭は限界寸前なのに、凌統様から可愛い…なんて言われながら色んな場所に接吻される。あわわわわ…!?
「…本当、付き合ってから初心になったよな。付き合う前は俺しか見えないとか言ってたのにな」
「わ、悪いですか…!?は、初めてなんですもん…!」
「いいや、可愛いし寧ろ嬉しい。…酷いことはしないように気を付けるけど、嫌だったら言ってくれよな」
「…えっ?」
「卯琅が可愛いのが悪い。…沢山、愛し合おうな?」
「か、勘弁して…!!」
私の反応に、凌統様はくすくす笑いながら言葉を濁す。これは、改めてくれないつもりだな…!?凌統様に一目惚れしてからずっと追い掛けて来たんだ、このくらいは分かる。…あれ、私詰んだのでは…?勝負下着の出番、来ちゃうかも知れないな、なんて思いながら私は今日が初日だという現実から目を逸らしていたーー…
prev|next
戻る