祠から始めまして

そよそよと優しい風が頬を撫でる。つい最近、この近くで奈落との戦いがあったとは思えないくらいの静寂に、私ーー薺は小さく溜息を付いた。平和なのは良いことだとは分かってはいるが、暇なのはあまり好ましくない。暇潰しも既にいくつか試してはいるし…品切れ、と言ったら品切れかも知れない。かごめがくれた現世の物も遊びつくしてしまった。また新たに探しに行くべきかも知れんな。またかごめから譲り受けるかな…
ふう、と再び溜息を付き辺りを見渡せば、見慣れた後ろ姿が見え、私は地面を蹴ってその後ろ姿へと近付く。


「ーー何をしているんだ?此処はあまり1人では来てはいけないよ、りん」
「あっ、薺様!やっと会えたーっ!!」
「何だ、私を探していたのか?それは悪かったな。遊び相手なら喜んでなるぞ」
「本当!?あ、でも此処じゃあダメなの」
「うん?なら楓の家にでも行こうか」
「うーん……とにかく、移動しようね!」

「ん?良く分からないが…分かった」


りんは私の手を掴み、パタパタと走り出す。私が抱えた方が安全だし早いのは分かってはいるが、楽しそうに走っているりんを止めるのは忍びない。可愛いしな。今の私の最優先すべきことは歩幅を合わせ、りんに負担を掛けさせないことだな。私は小さくそう呟き、歩幅を合わせる為に意識を集中させる。ん、なかなか難しいな…
やっと止まったと思い、意識を戻せば、周りはいつの間にか洞窟に変わっていた。鍾乳洞のようだ。こんな場所があったとは知らなかった…なかなか興味深いな。


「凄いな、りん。りんが此処を見付けたのか?」
「うん!琥珀と隠れんぼしてる時に見付けた
の!見付からなかったんだよ!」
「そらこんな場所に洞窟があるとは思わないだろう。りんはよく見付けたな」
「……変、だと思わない?」
「うん?」
「…りんね、声が聞こえたの」
「……ほう?」
「助けて、って聞こえたの」

「その声が聞こえた方に来たら洞窟があったのか?」


私の問い掛けにりんはこくんと小さく頷く。先に変だと思わないか、と聞いて来たことだし、きっと琥珀には信じて貰えなかったんだろう。りんが好奇心旺盛なのは琥珀も知っている筈だし、心配性の琥珀のことだ。楓には話しているだろう。さっき楓の名前を出した時に瞳が揺らいだのは、抜け出して来たのかも知れないな。困った子だ。私と会わなかったらきっと1人で来ていたんだろう。それを避けられたことに感謝するしかないな…
くい、と小さく裾を引っ張られ視線を向ければ、不安そうなりんと目が合う。信じて貰えないと思っているのかも知れないな。私は小さく微笑み、りんの頭を撫でる。


「私はりんを信じるよ」
「…本当?」
「無論だ。可愛いりんを疑う筈がないだろう。そら、顔を上げて。助けを乞うてるんだ、助けて上げなければいけないだろう?」
「ーーうんっ!」
「よしよし、良い子だ。何があるか分からないからな、私の側から離れるなよ」
「うん!薺様、有り難う!」
「何、気にするな。此処には遅かれ早かれ来ていた筈だからな」
「え?」

「邪気を感じる。かなり禍々しいな」


洞窟だと理解した瞬間から、邪気の存在には気付いていた。邪気は明らかに奥の方から感じる。おいで、と言う意味合いなのかも知れん。私は平気だが、人の子のりんには少々厳しいか。だからと言って諦める子でもないだろう。助けて、と声を聞いているんだ。りんのような優しい子が放っておける筈がない。かごめや珊瑚でも突撃するだろうな。犬夜叉や弥勒も突撃するだろう、最愛の2人が居るからな。琥珀は冷静に色々判断しそうだ。あの子は聡いからな。
邪気、と聞いてりんは表情を曇らせる。そんなりんを私は抱き上げる。驚いたようなりんに、私はくすりと笑ってから、そっとりんの耳元に口を近付ける。


「案ずるな。りんは私が護るよ、必ずね」
「っ……薺様、かっこいい…」
「おや、嬉しいね。殺生丸とどっちがかっこいいかな?」
「え!?う、うーん……選べないよ…」
「ふふ、知っていたからそんな顔をしないでくれ」
「…意地悪…」
「褒め言葉だ。有り難う」
「褒めてないよ!!」

「知っているよ、何があるか分からないからな…このまま行くよ。暴れないでね」


くすりと笑ってから、りんの頭を撫でる。りんはにっこり笑いながら頷いた。そんなりんにホッと安堵の溜息を付いてから、洞窟の奥へと歩いて行く。奥に近付くにつれ、水の音が聞こえてくる。どうやら水源もあるらしいな。心なしか少し涼しい気もする。りんにも聞こえているみたいだし、幻聴ではないようだ。

「……け……」
「…うん?」
「薺様?」
「りん、静かに」


何か聞こえたような気がして、その場に立ち止まってみれば、不思議そうにりんに声を掛けられる。しーっと合図をすれば、りんは慌てたように自分の手で口を覆う。そこまでする必要はないが、まあ、本人の自由にしてあげよう。可愛いしな。
どれくらい経ったんだろうか。やはり気のせいか?と思っていればーー…


「……助けて、下さい…!神様…!!」


確かに、聞こえた。助けを乞う声が。まあ、私はあくまでも神の使いで、この人物が求めている神ではないがーー聞こえた以上、何もしない訳にはいかないだろう。りんもこの声が聞こえたんだと言っているし、私はりんを抱え直し、声が聞こえた方に地面を蹴った。
不自然なほど開かれた空間に、圧巻の滝壺を背後に、古い祠が祀られていた。かなりの年月が経っているような見える。声が聞こえたのは多分此処で間違いはない、な。一歩祠に近付けば、小さく悲鳴が上がる。…やはり人の子には荷が重いか。私はそう判断し、祠がある空間の出口にりんを降ろす。


「りん、お前は此処に居なさい」
「薺様…わ、私頑張ります!」
「ダメだ。りん、私が2時間経っても戻らなければ犬夜叉か楓を呼びなさい。殺生丸はまだ近くには居ないようだからな。犬夜叉はご神木、楓は家に居る」
「…薺様…」
「案ずるな。私を誰だと思っているんだ?私は薺、神の使いと呼ばれる大妖怪だぞ?絶対にりんの所に帰って来る」
「…怪我、しないよね、?」
「ふふ、りんが気に入っているこの髪には傷付けないよ。私も自分の美しい所に傷は付けたくないからな」
「…薺様…」
「うん?」
「…お気をつけて」

「ーーああ、有り難う」


不安そうにしながらも信じてくれたりんの頭を撫で、ポケットからお手製のお守りを出し、りんのポケットの中に忍ばせる。私の代わりにりんを守ってやってくれよ、神のご加護とやら。
改めて祠に視線を向ければ、不自然に光っている部分がある。おいで、ってことか。誘われてやろうじゃないか。私はりんの頭を撫で、行って来ると声を掛けてから振り返らずに光っている部分に近付く。完璧に触れた瞬間ーー周りの景色が、変わった。


「ーーやあ、呼んだかな?」
「……え……?」
「初めまして、人の子よ。私は薺。神の使いと呼ばれる存在」
「…かみ、さま…?」
「の使いだがな。ま、役に立てることはしよう。さあ、どうして呼んでいたのか訳を聞かせてはくれないかな?」
「…ふぇ、神様ーっ!!」

「…おっと。まずは治療からだな」


周りの景色が変わった瞬間、目に入って来たのは1人の少年。まだ幼いな、きっと。まあ、こいつが助けを乞うてたんだろうと、目線を合わせて声を掛ければ、キョトンとしていた少年は理解したのか大粒の涙を流しながら私に飛び付いて来た。反射的に抱き止めれば、ボロボロの身体が目に入る。ーーこいつは、酷いな。親は何をしているんだ。
…そう言えば、こいつは人の子じゃないみたいだな。耳と尻尾。半妖の類いかも知れんな。同類の匂いを感じながら、私は少年の傷を癒したいがために少年を宥めることにする。…あまり得意ではないんだがなぁ…
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