最悪のスタート

暗い。ふと寒くて目を覚ませば、辺りがまだ暗いことを意識し、再び寝ようと目を閉じる。…体が妙に怠い。熱っぽい、という感じはしないがやる気が起きないというか、何というか。起き上がることすら億劫だ。…今まで何回も朔の日を過ごして来たが、此処まで怠いのは初めてかも知れん。幸先悪いな、と思いながら寝返りをーー打てない、何故だ。勝手に閉じて来る瞼に抗いながら目を開けて見れば、そこには緑色。…ああ、心配だって五月蝿かった石切丸達が居る三条の部屋で寝たんだったか。私が起きたのに気付いたのか、石切丸が私に目線を合わせ、にっこりと笑みを浮かべて口を開いた。


「おはよう、良く眠れたかい?」
「…はよ。ん、寝れたには寝れたが…体が異常に怠い」
「…確かに顔色も悪いし霊力も乱れているね。大丈夫かい?もう少し寝るかい?」
「…んー、いや、起きる。ずっと寝てそうで怖い」
「そう…無理はしないでね。朔の日は見た目も変化するんだね、綺麗な漆黒の髪だ」
「綺麗か?闇のような色だと言われたが」
「綺麗だよ。…ああ、確かに闇の色に見えるかも知れないね。まあ、薺が誘う闇なら喜んで招かれるけど」

「…はは、そいつは嬉しいな」


石切丸に手鏡(小狐丸の私物)を取って貰い、写してみれば、そこには黒い髪と紅い瞳の自分の姿があった。犬夜叉もまた黒い髪になるが、私と犬夜叉の髪色は同じではない。私の方が深いのだと、闇のような怖さがある髪色だとかごめに評価されたことがある。不快でも悲しい訳でもない。言い得て妙だと思えたし、そうだと思う。石切丸は私をぎゅっと抱き締めながら撫で撫でと優しく頭を撫でる。…落ち着く。再び寝てしまいそうだと欠伸を噛み殺していれば、不意に三日月が居ないことに気付いた。三日月は?と問い掛ければ、石切丸は困ったように笑いながら散歩だよ、と告げる。散歩…私もするべきだな。


「石切丸、手を引いてくれないか?目星を付けておきたい」
「…背負わなくて平気かい?君を立たせるのは正直心配なんだが…私が嫌なら岩融か小狐丸を起こそうか」
「いやいや、嫌じゃない。石切丸こそ嫌じゃないのか?」
「私が嫌な訳ないだろう?それじゃ、五月蝿いのが起きる前に…「薺さまのひとりじめはゆるしませんよ、石切丸」…おや、おはよう。今剣」
「ぼくだけでもつれてってくださいね!岩融と小狐丸はもうしばらくはおきないとおもいますからいまのうちにいきましょう!薺さまは石切丸のせにのってくださいね」
「あー、今剣に言われたら仕方ないな。宜しく頼むよ、石切丸」
「ふふ、任せておいてくれ。今剣、まだ朝は早いから起こさないように静かに行こうね」

「だいじょうぶです、わかってます!」


いきますよー、なんて小声で言ってる今剣は本当に可愛い。私は石切丸に負ぶって貰い、三条部屋を後にする。靄がかかってるな、と呟けば、薺の霊力が乱れているからね、これくらいなら何の問題もないよ。と優しい声で答えて貰った。…この本丸は私の体調に合わせるのか?私の疑問に気付いたのか、きせつは薺さまのすきにあやつれますが、こまかいてんきなどは薺さまのたいちょうにあわせるんですよ、たいちょうわるかったらかくしてもつつぬけですからね!と心底楽しそうな笑顔の今剣に言われた。…隠しごとはダメなんだな、分かった。怒らせると怖そうだから極力しないようにしよう。
のんびり歩いていると、早起きらしい三日月と鶯丸に出会い、石切丸に背負われてる私を見てびっくりしていたが、ちゃんと意識あるぞー、と言えばホッとしたようだった。目星を付けに行く、と告げれば三日月達も付いて来てくれるそうだ。今剣は若干不満そうだが、大所帯も悪くないな。


「薺、綺麗な黒髪だな。普段の白髪も好きだが、今の髪も好きだ」
「有り難うな、鶯丸」
「薺さまににあわないすがたなどありませんよ!」
「良きかな良きかな。黒に赤という色合いも良いな。雅、というやつか」
「ふふ、私も同意見だよ、三日月。魅力的だよね」
「…そろそろ照れるんだが」
「照れてる顔も可愛いぞ、薺。君は魅力しかないな」
「っ、い、いい加減にしてくれ鶯丸…!」
「怒る顔も実に魅力的だ」
「っ〜〜!!」
「隠してしまうのか?残念だ」
「…鶯丸はたらしというやつですね」
「?みたらしは美味いな、茶に合う」
「おや、じじいに可愛い顔を見せてくれないか?」
「三日月、君もやめてあげなさい。鶯丸、みたらしではなくタラシ、だよ。薺、大丈夫かい?」
「…つかれた」
「はは、そうだろうね。まだ二振りだからマシな方だよ。此処に鶴丸が加わると手に負えなくなるね」

「あー、何となくなら想像出来る。…大変なんだな」


私の言葉に、私ではなく獅子王が大変だね、と苦笑い混じりで答える石切丸に、獅子王?と聞き返せば、今剣が獅子王は太刀仲間だから、と周りの太刀の面倒を見ているのだと教えてくれた。面倒見が良いんだな、良いことだ。可愛い可愛いと未だに言ってくる鶯丸の言葉を頑張って気にしないようにしていれば、ぞくりと寒気を感じた。石切丸、と名前を呼べば、石切丸はうん?と首を傾げる。…何でそんなに可愛い仕草が似合うんだ?そんなことを思いながら、私はゆっくりと口を開く。


「見付けた、多分此処だ。石切丸、壊せるか?」
「此処だね、分かった。三日月、薺を任せても大丈夫かい?」
「あい分かった。おいで、薺。じじいがおんぶしてあげような」
「…三日月、腰とか平気か?」
「あなや、酷いことを言うなあ。そこまで脆くはないぞ?」
「…岩融をつれてくるべきでした。ここにはじじいしかいません。石切丸、そこでうでをひろげている鶯丸にまかせるのもふあんなので、かべをせにしてすわらせたほうがいいとおもいます」
「…そうだね、私が間違いだった。薺、ちょっとごめんよ」
「大丈夫大丈夫、迷惑掛けてすまないな。…この感じだと、横一閃に斬ってくれれば多分平気、なはず」
「分かった。ーー…我が刃は岩をも断つ!!」
「あなや、洞穴が出て来たなあ」
「これはまた面白い仕掛けだな、大包平が喜びそうだ」
「かぜがふいていますね…どこかにつなざっているようです」
「微かだが他の刀剣男士の霊力も感じるね。…朝餉を食べてから皆で来よう。それまでは行ってはいけないよ。…薺、顔色が少し悪くなったね、当てられてしまったかな」
「……あー……うん、大丈夫。怠いだけ、だ」
「無理は良くないよ。…加持祈祷をしてからの方が良いかも知れないね。ちょっとごめんよ、…薺に取り憑こうなんて考えないことだよ」
「…?なにかいたのですか?」
「良くない気が憑いていたんだ、…今日は私が背負っているなり何なりして薺に触れていた方が良いかも知れないね」
「…ふむ。少々妬けるが、致し方ないか。早く朔の日が過ぎることを祈ろう」
「そうだな。…薺に怪我をさせたら許さないぞ、石切丸」
「君に言われなくても分かっているよ、鶯丸。さ、今度は抱っこさせて貰うね」
「おひめさまだっこですね!ぼくもおおきければ薺さまをだっこできたのに…」

「すまないな、石切丸。私は今の今剣が好きだ。無論、成長した姿も見て見たいがな」


石切丸に姫抱きされつつ、そっと手を伸ばせば今剣が自ら頭を私の手に押し付けに来てくれたのにくす、と笑みを零してから撫でれば、今剣は綻ぶような笑顔を浮かべる。可愛い、凄く癒される。そんな私に対し、微笑ましそうに笑う石切丸と三日月と鶯丸に、ちらっと視線を移せば困ったように笑う石切丸に対し、キョトンとしている平安太刀。…まいぺーす、と言うやつかな、多分。気にしないようにしよう、振り回されるのは分かりきっている。…あれ?


「…少しだけ体が軽い気がする。流石御神刀だな」
「それは良かった。加持祈祷しに行って来るから、今剣達は皆を起こして来たらどうかな?…そんな顔をしないでくれないかな、私が加持祈祷の時に特定の一振りしか居れたがらないのはいつものことだろう?」
「…わかってますけど、石切丸ばかりずるいです…」
「一緒に寝るのも譲ってやったのにまた独り占めか?狡いなぁ、石切丸。少しは譲ってくれても良いだろう?」
「何、一緒に寝たのか?薺の側は落ち着くから良い夢が見れただろう。また俺も一緒に寝たいものだな」
「…朔の日が終わったらちゃんと一緒に寝るから。それまでは我慢してくれないか?今日だけ、な?」
「…薺さまにいわれたらがまんするしかありませんね。いきますよ、三日月!小狐丸と岩融をおこさなくては!」
「じじいとの約束だからな、薺。あい、分かった。のんびり行こうな」
「俺は鶴丸と茶でも飲むとしよう。無理はするなよ、薺」
「ああ、有り難うな」
「…流石薺だね、お陰で助かったよ。念入りに加持祈祷するからね」

「ああ、頼む。迷惑掛けてすまないな」


私の言葉に、石切丸はくすりと笑みを零してからこれくらいおやすいご用だよ、言いながら頭を撫でる。…心地良いな、相変わらず。他愛のない話をしながら、祭壇がある部屋に訪れる。ふかふかの敷物(くっしょん、と言うらしい)の上に座らせて貰い、石切丸は祓い給え、清め給えと何回も呟く。…不思議だ、体が軽くなっている気がする。流石御神刀だ。不思議だな、御神刀と謳われているくらいなのだから、澄んでいる霊力なんだろう。妖怪にとっては毒のはずなのに此処まで落ち着くとはな…


(…朔の日も、たまには良いかも知れん)


至り尽せりが望みな訳ではないが、石切丸の側は心底居心地が良い。普段なら遠慮したいくらいに息が詰まったりするのだが…何故だろうな。まあ、私の中に流れる妖気が反発してるからなのだろうとは思うが…神気に満ち溢れているからな、石切丸は。…妖気がない今が心地良いのは、白虎の力なんだろうな、多分。そんなことを考えながら、石切丸の祈祷を目を閉じて受け入れていた。
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