また、いつか
宴の後、新しく仲間に入った刀剣男士や、嫌がる神楽や神無を抱え込み、大広間で雑魚寝する。襖を取り外ししてしまえば全員で寝れるのは良いな。泊まりみたいでなかなか新鮮だ。夜明けと共に、私の髪色が深い闇を想像させるような漆黒から、いつもの白い髪に戻る。鏡で見たいな、と思っているのかが分かったかのように、差し出された手鏡に思わず苦笑しながら有り難く受け取る。いつ寝たんだ、長谷部…
「おはよう。…ちゃんと寝たか?」
「おはようございます、主。勿論寝ましたよ、安心して下さい。…やはり、普段の主が1番素敵ですね」
「美しいか?」
「ええ、とても」
「まあ、私だから当然だな。…まだ誰も起きてないみたいだな、今の内に手入れ部屋に行くか」
「!…体は大丈夫ですか?」
「無論だ。ほら、皆に気付かれる前に行くぞ?」
そう言いながら、私に抱き付いている宗三の腕の中から多少引っかかりながらも抜け出せば、長谷部は少し迷ったような表情を浮かべた後、す…と顔を近付け、僭越ながら抱えても宜しいでしょうか?と問い掛けて来る。内心どきりと心臓が高鳴るのを感じてから、構わないよ。と答える。声は震えていなかっただろうか。…顔が良いのは考えものだな。私の言葉に長谷部は嬉しそうに破顔した後、失礼します、と言ってから私を大事そうに姫抱きする。まるで壊れ物を扱うかのような仕草に高鳴りが止まらない。勘弁してくれ…!
こっそり手入れ部屋に向かい、うとうとしていた妖精達には悪いが手入れ札を使わせて貰い、長谷部の目は完璧に見えるようになった。見える、と呟いた長谷部に嬉しそうに笑う妖精達を見る限り、きっと彼等も心配していたんだろうな。決断してくれて本当に良かったと心から思う。大広間にこっそり戻れば、朝餉を作りに行こうとしていたのであろう堀川と蜻蛉切、眠たげな表情の御手杵と日本号と襖を開けた瞬間に顔を合わせ、互いにきょとんとした後、ふわりと蜻蛉切が微笑む。
「おはようございます、主殿。長谷部殿。元に戻られたようで何よりです。体のお加減は大丈夫ですか?」
「ああ、おはよう。蜻蛉切。体の調子は大丈夫だよ、少し鈍いくらいだ」
「…ああ、おはよう。堀川達は朝餉の準備か?二日酔いの者もいるだろうし、あっさりしたのが食いたい気分だ」
「おはようございます、長谷部さん。分かりました、サラサラっと食べれる物にしますね!おはようございます、主さん。あまり無理はしないで下さいね!」
「…んぁ…朝から元気だなあ…眠い…主の白い髪が眩しいぜ…」
「あ゛ー…飲み過ぎたか。こんな時に朝餉当番はついてないな…」
「貴様は自業自得だろう、日本号。俺や蜻蛉切が止めたのに次郎と飲み比べを始めた挙句、二振りして同じタイミングで吐くとは何事だ」
「まあまあ、落ち着いてくれ。日本号は朝餉が終わったらゆっくり休んでくれ。今日は何も入れないからな」
「おー…助かるぜ」
「主さんと長谷部さんはもう少し寝てて下さっても大丈夫ですよ!出来たら呼びに来ますね!」
「…俺も寝たい…」
「…奇遇だな、御手杵。俺も寝たい」
「御手杵!日本号!!内番をサボるのは許さないぞ!」
「あー…まあ、うん。頑張ってくれ」
眠い、頭痛い、と小さく主張する御手杵と日本号の背中を叩き、早く行くぞと急かす蜻蛉切と一緒に背中を押す堀川に向かって声を掛ければ、堀川と蜻蛉切は嬉しそうに笑い、御手杵と日本号はひらひらと手を振る。四振りで厨に向かう彼等を見送ってから大広間に入れば、目覚めていたのか体を起こしてボーっとしている神楽が居たので、私はそちらに向かって足を進める。…周りに居る包丁や信濃を踏まないように気を付けなければな。
「ーー…神楽」
「ーー…ああ、おはよう。朔の日は終わったんだね、相変わらず綺麗じゃないか」
「まあ、私だから当然だな。…気分はどうだ?まだ寝惚けてるようだが」
「それはあたしのセリフだよ、薺。あんたこそ気分はどうだい?まだ違和感があるように見えるけど」
「うん?私なら平気だ。違和感は、確かにあるがな。…今までは1人で隠れながら朔の日を乗り越えていたからな、こうやって複数人で過ごすのは初めてなんだ。こんなにも嬉しいとはなあ、鶴丸ではないが驚きだ」
「…俺達が居る限り、貴女を絶対に1人にはしませんよ。安心して下さい、主」
「ん、勿論信じてるよ、長谷部」
「…相変わらずあんたは人を惹き付けることに長けてるねえ。…友人として誇らしい限りだよ」
「…私は何を言われても、神楽が何を思っていても友人だと思っているよ」
「!そうかい、それは嬉しい限りだね。ねえ、薺」
「うん?」
「ーー…あんたは今、幸せかい?」
「ーーああ、幸せだよ。これ以上ないってくらい、幸せだ」
私の言葉に、神楽は心底ホッとしたかのように笑う。その笑みがどうしてかは悲しそうに見えて不思議に感じながら、何を隠している?と問い掛けようとして、口を紡ぐ。…体が、消えかけていることに気付いたからだ。ハッとして神楽の横で篭手切に抱き締められるように眠っていた神無の方を見れば、彼女もまた、消えかかっていて、ぐっと拳を握り、口を開く。
「…もう、逝ってしまうのか」
笑って見送りたかったのに、声が震えてしまう。逝かないでくれ、と叫んでしまいたくなるのを堪える。既に神楽は覚悟を決めているんだ、引き止めるなんてことはしたくない。彼女の邪魔は、出来ない。一度目を瞑ってからもう一度神楽の方を見れば、違和感に気付いたのであろう、巴と篭手切が目を覚ましていて、篭手切は自分の腕の中で未だに寝ている神無を愛おしそうに見つめ、真剣な表情で離さないと言わんばかりに神楽の手を掴む巴に、神楽は呆れたような笑みを浮かべていた。
「…物好きだな、巴。あんたまで一緒に逝く必要はないんだよ?此処に残りな」
「断わる。…別にお前の主が気に入らない訳ではないぞ、長谷部。だが、お前はそこの主が他の主の所に行けと言ったら素直に行けるか?」
「…無理だな。俺は主が何を言っても着いて逝くつもりだ。例え、向かう先が地獄でも主が居て下さるのなら喜んで受け入れよう。…お前にとって、神楽がその主なんだな?」
「ああ。…あまりツレないことを言ってくれるな、神楽。俺はずっと一緒に居たい。俺の主は貴女だけだ、神楽」
「僕は、…主としてではなく、女性として神無さんが好きなんです。付喪神として失格なのは分かってますがー…この人を、1人にしたくない」
「はぁ〜〜…焚き付けたのはあんただね、薺」
「うん?私は何も知らんぞ、気絶していただろう」
「その前だ、前。何か巴とやり取りをしていただろ?」
「ああ…だとしても、私は何も知らない。背を押しただけだ。何か言いたそうな顔をしていたからな」
「っ…!あたしは!!…神無だって、1人で逝くつもりだったんだ、あたしは彼奴の、奈落の分身だよ?愛されちゃ、いけない筈だ…!!」
「それを決めるのはお前じゃない。私達だよ、神楽。私達はお前達姉妹を1人で逝かせたくないんだ。…幸せになってくれ」
私の、友人なんだから。そう言った瞬間、視界が歪む。…ああ、我慢出来なかったのか。泣いているのだと、気付くのは早かった。まあ、当然だな。自分の体だし。慌てている長谷部と驚愕している神楽、笑みを浮かべている巴と篭手切に、私は少し強引に涙を拭ってから口を開く。神無はもう、起きることすら敵わないのだろう。そんな神無にも聞こえるように、言葉を吐き出した。
「巴、篭手切、神楽と神無を宜しく頼む。私の大切な友人なんだ。幸せにしてやってくれ。神楽、お前はもう少し素直になれ、お前の心に居るのはもう殺生丸ではないだろう?神無、お前はもう自由なんだから好きに生きてくれ。ーー…また、いつか会おう」
私の言葉に答えようとしたのか、神楽が口を開いた瞬間、時間切れだったのだろう。泡のように消えて逝った。神無は神楽より少し早かった、か。無理をさせたんだろうな。巴と篭手切はそれを見届けた後、任せろと言わんばかりに頷いてから後を追うように自ら顕現を解く。追い付く、だろうな。なかなか執念深そうだし。…ああ、涙が、止まらない。
「…主」
「…はーー…これでは格好つかないな。涙腺が弱くて困る」
「…いいえ。大変立派でしたよ、主。おい、兄なら何か一言くらい言ったらどうだ、起きてるんだろう」
「…五月蝿いですよ、長谷部。…薺、よく頑張りましたね。立派でしたよ」
「…宗兄…」
「…さあ、今度は貴女が本音を言う番ですよ。大丈夫です…私達は全部受け入れますから」
「…姉様、かっこ良かったよ。とても素敵だった」
「っ、…逝って欲しく、なかった…大切な、友人だったんだ…逝かないでくれ、って言いたかった…置いて逝かないでくれって……ダメな、友人だ。魂を縛り付けるのは良くないと、知っているのに…!」
「…良いんだ、薺。それが君の長所だろう。ヒトを慈しみ、愛せる心を持つ薺はとても素晴らしい。俺は君が主で幸せだ。我儘で良い。誰だって親しい存在が居なくなったら悲しいからな」
「あー…まあ、神楽は幸せだったと思う。お前のような友人に看取って貰えたのだからな。だから、その…あまり気負うな」
「…ほう、これは珍しい。お前が言葉を選ぶなんてなあ、大包平。薺、一緒に茶でも飲もう。今日はきっと良いことが起きるぞ」
「五月蝿いぞ、鶯丸!!これから朝餉だろう!!茶を飲む時間なんてないぞ!」
「朝餉の後でも構わないだろう。薺、今日の近侍は俺にしないか?茶でも飲んでのんびり過ごそうじゃないか」
「主さん!俺でも良いぜ!!一緒に昼寝しようぜ!」
「国俊ばかりずるーい。ねえ、俺も良いでしょ?」
「あるじさま!ぼくもいっしょにおひるねしたいです!!」
「ぼ、僕もしたいです…!!」
「こら、少し落ち着かないか!!主が困ってしまうだろう!!」
「気持ちは有り難いが、昨日仕事しなかったからな…同田貫も出陣したいだろう?」
「あー?…別に、無理に出陣したい訳じゃねぇよ。いつでも行けるし。仕事は誰かに押し付けりゃ良いだろ。アンタは休め」
「では、俺が書類整理をお手伝いします。仕事が終わったらー…希望する刀達と昼寝をしたら如何でしょう」
「…そうか。うん、皆がそう言ってくれるのならばそれに従うのが道理だな。有り難う。じゃあ、今日もゆっくり休もうか」
勿論、長谷部もだぞ。そう言えば、長谷部はきょとりとした後、困ったように笑いながら拝命します、と綺麗に頭を下げる。見逃す訳ないだろう?虎の姿で愛染に抱き着きに行くからなと言えば、愛染は嬉しそうに笑いながら待ってる!と元気な声。近侍、近侍はどうしようか…じゃあ鶯丸にしようか。私の発言に、鶯丸は嬉しそうに笑い、それ以外の刀達はがっくりと肩を落とす。また今度な、と笑いながら言えば、明日は僕が!明後日は俺!みたいな勢いで手が挙がる。いつから挙手制になったんだ?明石や伽羅が真面目な顔で手を挙げてるのにびっくりしつつ、私は笑みを浮かべる。ー…ああ、幸せだ。これからもずっと幸せなんだろうな。そんなことを考えつつ、落ち着け落ち着けと彼等を宥めるのだった。
(…私を認めて必要としてくれる) (ああ、彼等に会わせてくれて…有り難う)
10/10
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