うちの子になりな
担当と本科こと山姥切長義を匿うことにしたその日の内に、山姥切が目覚めることはなかった。徹底的に痛め付けられていたし、無理もないのかも知れんな。パソコンを使って事後報告という形にはなったが、八代に連絡して許可は無事に降りた。八代の方でその役人に話を聞いてくれるらしく、私が政府に乗り込…んん、向かうことはなさそうでホッとした。八代のことはまだ良いが、他の役人が気に入らんのでな。まあ、私の家族に手を出したのなら容赦はしない、が。
「ーーしかし、本当に綺麗な顔をしているな」
寝ている山姥切の顔を見つめる。切国が綺麗な顔立ちをしているのも納得だな。濡れたタオルを額に乗せ、ポンポンと頭を撫でる。たまに魘されているし、少しは気が楽になると良いんだが…まあ、そう焦る必要はないだろう。私の執務室で寝ているから、起きた時に必ず声を掛けられる位置に居る。目覚めた時に知らない部屋だと驚いてしまうだろうからな。八代から色々聞き出した結果、やっぱり長船らしいので光忠にもお願いしてたりする。祖?の方が安心出来るかも知れないからな。
「ーー薺ちゃん、ちゃんと休んでいるかい?」
「光忠こそ、隈が目立つようだが?色男が台無しだな」
「えっ、…これじゃあ格好付かないね。…薬研くんが言うには、本当はもう目が覚めてもおかしくないらしいんだ。それなのに覚めないってことは…彼自身が諦めてるってことなのかなって思ってさ」
「…まだそう決め付けるのは早いさ」
「ーー…そうだと、願いたいね」
これは、まずいな。力なく笑った光忠を見て、そう判断する。…間違いなく、私より休めていないのは光忠だ。この展開はなかなかまずい、そろそろ光忠を出陣させようという話が来ているのに、こんな状態で怪我をしない筈がない。…自然に起きるのを待ちたかったが、光忠のことを考えるとそうは言ってられんな。長船の祖として、光忠は役に立ちたいと願っている。それを叶えるのは審神者である、私の仕事だ。
(ーーすまないな、山姥切)
この本丸に保護されたことを恨んでくれ。私は大好きな光忠の笑顔を選ぶよ。…遠慮なんて、もうしない。そっと寝息を立てている山姥切の額に手を翳す。まだ主従の契りを交わした訳ではないが、刀剣男士として顕現したのだからーー…審神者の言うことは、聞くしかないのだろう?そっと私の霊力を山姥切に分け与えながら、起きろ、とひたすら願う。私の行動に最初はぽかんとしていた光忠だが、意図に気付いたのか咎めようと身を乗り出した瞬間、頑なに閉ざされた瞼がぴくりと動きーー…綺麗な、青い瞳と目が合った。
「、此処は…?」
「おはよう、寝坊助さん。此処は私が審神者をしている本丸だ。…まあ、引き継ぎなんだがな」
「…本丸…?」
「…えっと、政府で担当くんと逃げ回ってた記憶とか、ないかい?その担当くんが僕達の仲間でね、保護してくれって頼まれたんだよ」
「ーー…祖、?」
「え、うん。確かに僕は長船の祖だけど…政府勤めの僕も居るだろうし、面識がない訳じゃないだろう?」
「…初めて、見た。あまり他の役人とも関わって居ないんだ」
「…キナ臭くなって来たな」
軟禁されてた、と考えるのが妥当だろうな。感動した、と言いたげに表情をキラキラさせながら光忠を見つめている山姥切に、光忠は困ったような照れ臭そうは反応をしている。うちの子が可愛い。…まあ、憧れの人が目の前に居る!みたいな心境なんだろうな、多分。起き上がろうとした山姥切を光忠が支え、山姥切は興味深そうに執務室を見回す。…更に闇が増えそうな気がするのは気のせい、だと思いたいんだが…
「…此処が、本丸。綺麗な空間なんだな…穢れがない本丸を見るのは初めてだ」
「はい、あうと。…これはくれーむ案件だな…山姥切、穢れがある本丸に行ったことがあるのか?」
「…その呼ばれ方は好きじゃない。長義、で構わないよ。うん?逆に堕ちた本丸以外に行く必要があるのかい?」
「…主くん」
「あー…皆まで言うな、分かってる。長義、政府でどんな風に過ごしてた?」
「?普通に与えられた部屋で仕事して、堕ちた本丸があればそこに赴いて浄化してって感じだけど…」
「ご飯とかおやつとかはどうしてたんだい?」
「ご飯…?刀剣男士は食べなくても良いのだろう?食事は人の物だし」
「…光忠」
「OK、任せてくれ!」
「祖?」
「初めての食事ということを考慮しとけよ、光忠。…さて、もう少し話を聞かせて貰えるか?」
本音はもう大分お腹いっぱいなんだが、包み隠さず話してくれている今の内に詰めていくのが良いだろう。私の反応に長義は不思議そうな顔をしつつも頷いてくれたので安堵しつつ、色々質問して行く。ぼいすれこーだー、だったか?それも勿論使っている。肉声は大事だからな。
出るわ出るわの凶悪な労働環境。この長義は、風呂と厠と布団と机という環境の中にずっと隔離されていたらしい。部屋から出れるのは本丸の浄化のみ。それは確かに光忠に会ったことがないのも頷けるな。
「…切国、山姥切国広についてはどういう感情を抱いているんだ?」
「偽物くんのことかい?…会ったことはないけど、気に入らない、と思っているよ。俺も、本丸で呼ばれたかった。初期刀にだってなれると思ってるんだけどね」
「うん?すまない、私は全く初期刀の知識がないんだが…切国は初期刀候補なのか?」
「知らなかったのかい?偽物くん、歌仙兼定、加州清光、陸奥守吉行、蜂須賀虎徹。この5振りが審神者の初期刀候補なんだ。…羨ましかったなあ、選ばれた彼等が誇らしげに笑い、審神者もまたキラキラとした目で見つめていて。…モニター越しではあったけど、その立ち位置に立ってみたかった。俺は政府に顕現されたからね」
「…モニター越しで、見ていたのか?」
「そうだよ?悔しさを糧にして精進すれば、その働きによっては初期刀候補に進言してくれるって言った人間が居たからね」
「ーー…外道、だな」
吐き気がする。それは、やってはいけないだろう…!悔しさを糧に?そんなの、人の姿を得たばかりの存在に何て無茶振りをしてるんだ…!相手が神様だって忘れてるのか…!?最近の人の子の神への信仰が低いとは思ってはいたが…まさか此処までとは…堕ちたものだな…これは、政府に返したくなって来たな。否、元凶を何とかしない限りは返せないだろう。…そりゃあ、役人と恋仲になった切国に手厳しい態度を取るだろうな…
「…悔しかったな」
「へ?」
「自分が欲しくて仕方ない立ち位置に居るのに、色恋沙汰に重きを置いていたら…やるせなくなるのも頷ける」
「…!…驚いた、そんなことを言ってくれる人も居るんだね」
「当たり前だろう、政府がお前にしたことを私は許さん。…今すぐ八つ裂きにしてやりたいくらいだ。いっぱいいっぱいーー…我慢もしたし、頑張ったな」
「ーー…っ」
「初期刀になりたくて、本丸で審神者によって顕現されたくて、それだけを目指してた長義を、私は心から凄いと思うよ」
「、はは……胸が、何だか苦しいんだ。これが、嬉しいって感情なのかな…?」
「…うん、そうだと私は思うよ。…長義、私の初期刀になるつもりはないかい?」
「…え?初期刀、に?でも、祖が居たじゃないか」
「この本丸は元ブラック本丸でな、私が顕現した訳ではないんだ。…そろそろ初期刀を連れていないと、善意で渡されそうで困っていてな」
「…確かにやりそうではあるけれど…鍛刀は?鍛刀出来ない審神者なのかい?」
「そんな審神者も居るのか?やったことはないが…多分、やらないと思うよ。彼等がそれを望まないからな」
「……君は、刀剣男士をとても大切に想って居るんだね。羨ましいな」
「無論だとも、大事な家族だからな。…君さえ良ければ、君も家族になって欲しい。山姥切長義、君が欲しい」
手を差し出してみる。まあ、取って貰えなくても秋紀の護衛として居て貰いたいと思っているし、まだまだ交渉をするつもりでいた。八代が居るとは言え、長義に苦しい思いをさせていた政府に返すつもりなんて更々ない、このままでは心が壊れてしまう。それだけは、させてたまるものか。長義は少し困ったように周りを見渡した後、ジッと私の手を見つめーー…震える手を、伸ばしてくれた。そっと私の手に自分の手を重ねてくれたのを見てーー…私はその手を引いて思いきり抱き締めた。
「わっ!?」
「ーー有り難う、決断してくれて」
「…それを、言うのは俺の方だ。…初めて、だったんだ。欲しい、って言われたの。…俺は、君に相応しい初期刀に、なれるかな」
「なれるさ、私がすかうとしたんだからな。…私こそ、努力家の長義に釣り合う審神者にならねばな。色々この本丸は特殊でな、最初は迷うかも知れんが気は良い奴ばかりだ。困ったら聞いてくれ」
「ーーうん、有り難う。はは、凄く暖かくて嬉しいな。…触れ合うってこんな感じなんだね、もう少し…その、抱き締めて貰っても良いかな…?」
「っ〜〜!…私は長義の審神者だからな、初期刀の願いを叶えるのは当然だろう?ほら、ぎゅー」
「!…有り難う」
「ーー主くん、長義くん。お待たせ…って、また侍らせてるのかい?長谷部くんが見たら怒るよ?」
「光忠、長義は今日から私の初期刀だ。政府に返してやらん」
「!…へえ、それはおめでたいね!お赤飯炊かなきゃ…!長義くん、お粥にしたんだけど食べれるかい?」
「…俺が食べて良いのかい?」
「君の為に作ったんだ、食べて欲しいな」
「光忠の料理は美味いぞ、長義。食べさせるか?」
「…その、お願い出来るかな?」
「任せてくれ。ほら、あーん」
「あーん……美味しい…食事って、こんなに暖かくて美味しいんだね」
いっぱいお食べ!!ってなるのは私だけじゃないと信じたい。光忠だって胸を抑えているし、これは普通の反応なんだと自分に言い聞かせながら、私はひたすらお粥を長義の口に運ぶ。何だか雛鳥に餌付けしてるような気分だな…まあ、ある意味間違っていないのかも知れんな。
…それにしても、政府の闇は凄いな。神である刀剣男士を軟禁する輩が居るのだからな。厠は本能的なあれで理解出来たかも知れんが、風呂については多分説明がなかったのだろう。少しばかり臭うからな…
「光忠、長義を風呂に入れたいんだが頼んで良いか?」
「勿論だよ。長義くん、お風呂行けそうかい?」
「…ん…だい、丈夫だ」
「お腹いっぱいかな?まあ、寝てても大丈夫だよ。時間は沢山あるんだし、ゆっくり覚えて行こうね」
「…ん…」
「…可愛いな…」
「ふふ、ね。よいしょっと…それじゃあ僕は長義くんを丸洗いして来るね!」
「言い方。…まあ、頼んだぞ。ーーこんのすけ、居るな?」
「はい、薺様。…私めは、聞いたことがありませんでした。他のこんのすけにも聞いてみましたが、情報はありませんでした…」
「予想通りだな。…政府に行く時はこの首飾りをしていけ。少しは気休めになるだろう」
「有り難うござ……薺様?何だか加護が凄い気がするんですが…」
「うん?まあ、君の為に作ったからな。秋紀のもあるし、長義のもこれから作らねば…」
「そんなに惜し気もなく霊力を込めないで下さいいいい!!薺様は白虎なんですよ!?安売りし過ぎです!!!」
「皆そう言うが、家族を守る為なのだから当たり前だろう?やり過ぎくらいが丁度良いのさ、きっと」
「…薺様からの愛情は重たくて、心地良いから困ってしまいますね」
「うん?…私は普通のつもりなんだがなあ」
思っていることを、そのまま行動に移してるだけなんだがな。初めて出来た家族という存在なんだし、可愛いくて仕方ないんだ。今まで辛い思いをして来た分だけ幸せになって貰いたいし、幸せにするつもりでもある。私は優しくて強くて弱くてかっこいい彼等を、手放すつもりなんて更々ないのだから。白虎に魅入られてしまったのが運の尽きだったと諦めて欲しいな。
「骨の髄までーー愛しているよ。無論、こんのすけも、な」
「…私も薺様以外、考えられません。何処までもーーお供させて下さいね」
「ああ、…ずぅっと、一緒だ」
誰にも渡さない、私の、私だけの宝物ーー…邪魔をする輩は、噛み砕いてやろう。優しい彼等がその目に映す前に、意識する前に。私の邪魔をする輩は、要らない。…まずは政府に乗り込むしかないな。…可愛い可愛い初期刀にしていた数々のお礼をせねばならないからなあ…?なあに、私は優しいからな。苦しむことがないくらいーー…一瞬で殺ってやろうじゃないか。
(お前達が彼等にして来たことを考えたら軽いだろう?)
(後悔なんてもう遅いんだよ、お馬鹿さん)
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