担当からの懇願

こんのすけからの好意的な反応と許可を貰い、とりあえず試験的に複数人での近侍を決めてから数日が経った。思った通り、それぞれが分担を決めて色々出来るからかなかなかに捗っている気がする。短刀達のやり取りも可愛いし、長谷部も私の世話に専念出来るからいくらか楽そうだ。上手く行けば秋紀に提案してみるのも良いかも知れん。今日の近侍は愛染・蛍丸・明石の来派だ。サボりたがる明石を愛染と蛍丸で引き止めるという展開を永遠と繰り返しているが…いやあ、見ていて癒されるものだな。


「もー、国行良い加減にしてよね!これで何回目?」
「しっかりしてくれよな!主さんが来派にはもう頼まないって思ったらどうしてくれんだよ!」
「えー、姫さんは優しいからそんなことせえへんやろ?」
「姫とは私のことか?…まあ、やるべきことはやってくれているし愛染も蛍丸も許してやってくれ。長谷部、不備はないだろう?」
「…腹正しいほどに完璧ですよ、主。普段からこのやる気を出してくれれば良いんだが…」
「自分、やる気がないのが売りやからなあ。姫さんが喜んでくれるっちゅーならやってもええけど…」
「…如何いたします?」
「…そうだなあ……よし、明石」
「はい」

「…私の為に、やってくれるか?」


私の愛しい神様。手をするりと撫で、そんなことを付け足しながら言えば、明石はぽかんとした後ーーボンっ!と顔を真っ赤に染め上げ、姫さんは人が悪い…とか呟きながら積んであった書類を強引に持ってやり始める。…これは良いな、なかなかにイイ。見目が良い男が真剣な表情をしているのは心が躍る。かっこいいじゃないか。そんな明石を呆れたように眺めていた愛染と蛍丸は私の視線に気付き、面白くなさそうな表情を浮かべながら口を開く。


「ーー国行だけなの?愛しいの。俺達はだめ?」
「オレ達は薺さんのこと大好きだし愛しいと思ってるんだけどなー?」
「案ずるな。ーー私の家族に愛しくない奴は居らんよ」
「…えへへ、分かってたけど言われるの嬉しいね!国行ばっかに良い顔させられないし、俺達もやろ?」
「へへ、勿論!頑張ればまた褒めてくれよな!」
「…主、少し安売りしすぎではないですか?」
「何だ、長谷部は困るか?」
「そんな!…ただ、その…その内、飽きてしまうのではないかと…申し訳ありません、臣下としてこんなことを考えてはいけないとは思ってはいるのですが…」
「…大丈夫だよ、長谷部。お前は実に愛いなあ」
「あ、主…?」

「私は愛をナメないでくれ。もう嫌だって言われるまでーー溺れさせるから、な」


独占欲、強い方なんだぞ?そう付け足せば、長谷部は顔を真っ赤に染めながら嬉しそうにはにかみ、存じてます。と呟く。可愛いなあ…くすくすと笑いながら綺麗な髪をそっと撫でれば、これまた幸せそうに笑う。こんなに素直で可愛い刀を下げ渡せる訳ないだろうに…もっと愛を囁かなければ彼に分かっては貰えないのかも知れんな。…もっともっと、私が彼等に向けている愛を口にしよう。少し気恥ずかしい気もするがーー…愛情に飢えている彼等には丁度良いかも知れ……ん?


「…秋紀から連絡とは珍しいな。何か予定でも入っていたか?」
「いいえ、俺は何も聞いていませんが…こんのすけも全く姿を現しませんし、何かあったのかも知れませんね…」
「担当はん?…さあ、自分も何も聞いとりませんなあ…」
「…あの人ってこんのすけを仲介してからじゃないと薺に連絡出来ないんじゃなかったっけ?」
「…わざわざ厳重に保管してある直通ので連絡してるってことか?」

「ーー何はともあれ、出てみるしかないな」


不穏な気配しかしないがな。そっと通話ボタンを押してから耳に当てる。……足音、か?何かに追われているような音が聞こえる。また厄介な案件に首を突っ込んでいるのだろう。秋紀は自分を守る術を持っていないのにも関わらず、困っている人を放っておけない心優しい人の子だ。修羅場に飛び込んでいっては殴られたり蹴られたりしながらも、守れたから良かった。と笑顔でそんなことを言う。…担当にも護身に誰かしらを付けて欲しいものだな。八代に進言するか…小さく溜息を付き、私は静かに口を開く。


「ーーこんのすけ、お前に渡している札で秋紀と一緒に帰って来い。蛍丸、お茶の用意を任せて良いか?」
「はいはーい。美味しいお菓子あるか見てくるね!」
「任せた。…確証はないんだが嫌な予感がするのでな、愛染には手入れ札を一枚持って来て貰えるか」
「主さんの嫌な予感は大体当たるんだよなあ…おう、任せろ!」
「自分は何をしまひょ」
「明石は資材の確認だな。博多がこの執務室や手合わせ部屋でも手入れが出来るようにネットワークを繋いでくれたからな、指定された分だけ引いといてくれ」
「…また厄介な案件ですか?あの担当は本当に引きが悪いですね」

「そういう星の元で生まれたのだろうな。…聞こえたな?早く帰っておいで」


お前の居場所は、此処だろう?そう言えば、端末の向こう側から感極まったような声が聞こえたが、無事に帰って来たからそうして貰いたいものだな。…まあ、帰って来れないとは思っていないが。こんのすけに渡した札は、私と楓とかごめで作った最高傑作。どんな場所に居ようとも、強く願いながら帰らせてくれと言えばすぐに帰って来れるという代物だ。政府をあまり信用していないからな、これくらいの保険は必要だろう?パタパタと足音を立てながら入って来た蛍丸と愛染とほぼ同じタイミングで、ふわりと一陣の風が吹き、嗅ぎ慣れた鉄の匂いが鼻を掠める。…やはり、な。


「審神者様、申し訳ありません!!助かりました!あの、手入れをお願いしても良いでしょうか!!」
「元よりそのつもりだ。秋紀、君は平気か?」
「だいじょ、「大丈夫ではありませんよ!私が見付けるまでにお腹を重点的に蹴られておりました!」ちょ、こんのすけ!?」
「蛍丸」
「はいはーい、薬研呼べば良いんでしょ?さっき見掛けたから大丈夫だよ」
「任せる。愛染」
「おう、布団なら此処に2つ敷いたぜ!秋紀さん、こっちで寝てて良いからな」
「…見たことない顔やなあ」
「そう、だな。ただ…似てるな」

「…刀剣破壊一歩手前、と言った感じか。間に合いそうで良かった」


私は血塗れの刀剣に手入れ札を一枚使用する。…資材はちゃんと減ったな、流石は博多だ。明石が言うには、資材の量から推測してこの刀剣男士は打刀らしい。すやすやと寝息が聞こえる。せめて此処では良い夢が見れたら良いのだがな。…それにしても、似ているな。色違いの切国、と言ったところか。彼に関わりがある刀なのかも知れないな。長船っぽい気もするが…ううん、光忠にも聞いてみる必要があるか…?


「ーー大将、担当は無事か?」
「ああ、待っていたよ薬研。腹を蹴られたらしい」
「分かった。さぁて、素直に服を捲ってくれよな」
「うう…ごめんなさい」
「ーー綺麗な刀だね、何か切国さんみたい」
「色違いって感じだよなあー、こんな綺麗な刀が実装されてたんだな」
「…もしや、前に切国はんが言っとった本科…?」
「成程、確かにそれなら俺達が知らないのも頷けるな。…どうなんだ?」
「ーーその方は、山姥切長義様です。明石様が言った通り、写しである山姥切国広様の本科様で、っ…す」
「…こりゃ酷えな、どんな場面に出会したらこうなるんだ?」
「…その、…山姥切長義様は、写しである山姥切国広様に当たりが強くて…最近山姥切国広様と恋仲になった役人が腹を立てて…」
「…恋をした女が怖いとは良く言うからな。腹以外は蹴られてないか?薬研、頬とかはどうだ」
「頬?…秋紀さん、あーん。……出血してるな、何本か歯が折れてる。平手打ちでも喰らったのか?」
「…その役人、所謂戦える人なので…」

「あ〜…成程、察した」


全力でフルスイングされたんだろうな。まだ弥勒が珊瑚一筋になっていなかった時のことを思い出す。そりゃあボコボコにされるのも仕方がないかも知れん。誰だって惚れた人の悪口を言われて冷静に出来るとは思わんしな。…まあ、やり過ぎ感は否めないが。チラッと手当てされている秋紀と少し汚れているこんのすけと寝息を立てている本科を見る。…本科をこのまま政府にまた戻すのはあまり良い考えではないな。役人だと言っていたし、きっとまだ血眼になって探しているだろう。こんのすけはまだ平気かも知れんが、秋紀もなかなかにまずい立ち位置に居るだろう。何せ顔を見られている訳だからな。…せっかく秋紀もこの本丸に馴染んで来たのに、訳も分からない奴に邪魔をされてたまるものか。


「…あの、審神者様。保護して手当てまでして戴いてる身でこんなことを願うのはダメだと自分でも分かっていますが…その、山姥切長義様をこのまま暫く置いて頂けないでしょうか…?」
「元よりそのつもりだ。秋紀、お前もだがな」
「えっ、いや、俺は大丈夫ですよ!?」
「薬研」
「この体で仕事するのは無理だろうな。本科の旦那を此処まで連れて来られたのがまるで奇跡だ」
「役人なんやろ?せやったら戻らへん方がええで。きっとまだ探しとる」
「女の人ってね、恋をしたら盲目な人が多いんだってさ。だからそう簡単には怒りは収まらないんじゃない?」
「そーそー!やっと信用しても良いかも、みたいな担当に会えたのにさー!此処までされて黙ってる訳ないだろ!」
「…使ってない部屋は幾つかあるからな、ゆっくり休養してからでも遅くはないだろう」
「…宜しい、のですか?」
「八代には私から伝えておく。…秋紀、この際だから言っておくが君はもうこの本丸の一員であり、私の護りたい存在だ。あまり無茶をしてくれるなよ」
「…っ…そんな、勿体ないお言葉です…!」
「今はゆっくり休め。こんのすけ、お前もだぞ?隈が隠し切れてない、どれだけ追い掛け回されてたんだ?」
「あう…審神者様には敵いませんね…ざっと2日間くらいでしょうか…」
「…こっわ、良く捕まらんかったな」
「その、俺は小さい頃から政府には出入りしてたので…抜け道とか…」
「その身体で良く出来たな…ま、取り敢えず今は休養してくれ。俺の許可が降りるまでは仕事させないからな?」
「…暫く薬研には秋紀の専属になって貰うか」
「俺は構わないぜ、たーいしょ。獅子王の旦那とかにも声掛けるか?」

「…獅子王なら声を掛けなくても来そうだがな」


パタパタと焦ったような足取りでこっちに近付いてくる足音を聞きながらくすりと笑みを零せば、薬研達は不思議そうに首を一度傾げた後、察したのか聞こえたのか苦笑いを浮かべる。普段なら廊下を走るなと一喝している長谷部だが、今回は見逃すらしい。未だに理解出来ていないのか、不思議そうな顔をしている秋紀に、君は愛されてるな。と声を掛けたその数秒後、ガラッと襖が開きーー…


「秋紀が怪我したって本当か!?」
「えっ、獅子王様!?」
「秋紀!薬研、秋紀は大丈夫なのか!?」
「落ち着け、獅子王の旦那。安静にしてれば大丈夫だ、凄い怪我だけどな」
「うっっわ、紫じゃん!?秋紀〜、お前は普通の人間なんだから無理しちゃダメだろ〜?」
「秋紀さんね、この刀剣男士を庇ったんだってさ。んで、その相手が役人だから暫くは本丸に泊まらせるって今決まったんだよ」
「薬研が専属になるみたいだけど、獅子王さんはどーする?」
「主!俺もやる!」
「はいはい、明石」
「は〜…明日の段取りまた考え直さな…長谷部はん、知恵貸してくれへん?」
「…まあ、良いだろう。主、秋紀の世話役は薬研と獅子王……後は光忠ですかね」
「ああ、光忠も確かに加わりそうだな…気に入ってるからな」
「…燭台切様が…?」

「秋紀、君を気に入ってない刀はこの本丸には居ないよ。信頼を勝ち取ったんだ、ーー良く頑張ってくれた」


辛かっただろう、苦しかっただろう。自分は全く関係ないのに、前任のせいで睨まれるのは嫌だっただろう。それでも、君はめげずにやり遂げた。おめでとう、君はもう担当として人としてこの本丸に認められた。これからはこんのすけを介さずに連絡して来てくれて構わないし、刀達と好きに交流してくれて構わないからな。それと、私の真名は薺だ。そんなことを捲し立てるように告げれば、秋紀はコロコロと表情を変える。真っ青になったり真っ赤になったり。こんなに表情豊かだったのだなあ…


「これからも宜しくな、私達の大切な担当さん」


まずは、君をこんなに痛め付けた役人の特定から入ろうか。国広と恋仲の役人なら絞られて来る筈だからな。そんなことを告げながら、私は八代に連絡を入れる為にパソコンに向き合う。…もしかしたらまた政府に行かねばならないかも知れないな。ちらりと安らかな寝息を立てている刀剣男士の顔を見ながら、私はそっと溜息を付く。政府の刀になるのだろうし、まずは勝手に保護したことから入るべきかな…謝罪は不慣れだが、まあ…大切な秋紀の為ならやるしかないな。
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