すぐに帰って来るよ
腹拵えも済んだことだし、もう一仕事をするかな。よし、と意気込んで立ち上がろうとすれば、不意に光忠に声を掛けられる。顔を上げれば、光忠は笑顔を浮かべながらお盆を持っていて、すんすんと鼻を動かせば、油揚げの匂いが鼻を擽る。きつねうどんか、仕事が早いな。催促したつもりはなかったんだが…人数分作って来たらしく、歌仙と伽羅が皆に配っているのを眺めていれば、光忠は私の目の前にうどんを置く。湯気は出ていない。小さく悲鳴が聞こえ、視線を向けてみれば小狐丸とこんのすけ、あともう1匹の狐が美味しそうに油揚げを粗食していた。…撫でさせて貰えないだろうか、可愛い過ぎる…!
女神が食べないなら俺が、と横取りしようとした鶴丸が貞宗によって沈められたのを横目で見ながら、私はきつねうどんを粗食する。…光忠の視線が気になるからな、穴が開きそうだ。いただきます、は勿論言ったからな。
「どう、かな?これなら食べられそう?」
「…驚いた。光忠は本当に料理上手なんだな。凄く美味い」
「良かった…!つゆは歌仙くんにアドバイスを貰ったんだ、美味しいよね」
「ん、つゆと麺が絡み合ってて美味い。油揚げも程良くつゆを吸っていて良いな。…わさびも使っているか?」
「良く分かったね。隠し味になるかな、と思ったんだけど」
「匂いで分かった。私は辛い物も平気だし、人によってはもう少しわさびを入れても良いかもな」
「そうだね…冷たいきつねうどんも有りだね。皆嬉しそうだし、作った甲斐があったよ」
「私も気に入った。有り難うな、光忠」
笑みを零しながら礼を言えば、光忠は嬉しそうに笑う。やはり顔が整っている奴は笑顔が美しいな。そう言えば、光忠は少しポカンとした後、まるでリンゴのように顔を赤くしていた。なかなか絵になるな、羨ましいくらいだ。くすくす笑っていれば光忠にジト目で睨まれるが、それも可愛いだけなんだがなぁ…
照れつつ怒る光忠を貞宗に押し付け、私はある場所に向かって歩いていく。そこに居た人物は私に気付くと驚いたように目を見開いた。
「女神様…!?」
「ちょっと聞きたいことがあってな、今大丈夫か?」
「は、はい!」
「そんなに緊張するな。…お前達の主を誑かした奴は蜂を使っていなかったか?」
「…っ…!?…何故、それを…?」
「…やはりか。こっちまで来ているとは知らなかった。何、少し知り合いでな…無論味方ではないから安心しろ」
「…女神様があんな奴の味方だとは思っていませんよ。女神様が味方でしたら、皆を助けてくれたりはしないでしょう」
「はは、有り難うな。…お前が此処から動かないのは蜂を飛ばさない為だろう?」
「ーーっ!?」
「…また1人で抱え込むのか。周りを頼れと言ったはずだが?」
長谷部。叱るように名前を言えば、ビクッと肩を揺らし、私から視線を逸らす長谷部に対し、私は小さく溜息を付く。人を誑かす、嫌になるほどの邪気、御神刀と謳われる石切丸を真っ先に手中に収めた慎重さ…そして、この嗅ぎ慣れた匂い。そこまでの手掛かりがあって、勘付かない私ではない。
「…奈落が迷惑を掛けたな。辛い思いもさせてしまった、本当に済まない」
「…っ…別に、女神様が謝ることでは…!!」
「責任感の強いお前のことだ。此処には人を近寄らせないようにしてるんだろう?三日月が飛んで来た際、血相を変えて追い出してたからな」
「…そこまで見られてましたか。あの蜂は獰猛です、毒も持っています。ーーどうかお下がりください。あの蜂は俺が居れば飛びませんので」
「知っているよ。だから来たんだ」
「…は…?」
「長谷部、お前を解放してやろう。……それに、奴はもう死んだのにお前達が生きているのは不公平だろう?主を追って逝け、最猛勝」
長谷部の肩を掴み、力一杯投げ飛ばす。驚いた長谷部は抵抗も出来ずに吹っ飛ぶ。まあ、様子見していた伽羅辺りが受け止めてくれるだろう。長谷部が居なくなり、飛び立とうとした最猛勝を蒼葉で一刀両断する。奈落が私を恐れ、近寄らないようにしていたのは最猛勝を一撃で仕留められるからだ。毒を浴びせる隙すら与えずに、な。さて、そろそろ本格的に皆を解放して貰おうか。この本丸にーーお前達は不要だ。
次々に飛び立とうとする最猛勝を一刀両断し、最期に巣穴に刃を突き立てる。耳を劈くような聞くに堪えん断末魔を上げながら巣穴が消え、辺りに漂っていた妖気が消える。…匂いまでは消えないか。
「めがみさまっ、さっきのだんまつまはなんですか!?」
「今剣。此処に毒を持った生き物が巣を作っていてな、それを殺したんだ」
「どく……長谷部はぼくたちをまもるためにここにいたのですか…?」
「ああ。猛毒だからな、耐性がないとすぐにくたばってしまう。お前達のような短刀は苦しむだろう。…礼を言って来い、そうすれば長谷部は救われる」
「っ…はいっ!!長谷部っ、長谷部っ!ありがとうございますーっ!!」
「うわっ…!?」
「…女神、平気か?」
「伽羅、長谷部を受け止めてくれて有り難うな。そうでもしないと彼奴は動かなそうだからな…私は平気だ」
「…耳も尻尾も力がないように見えるがそれは俺の気のせいか?」
「目敏いな……まあ、案ずるな。少々瘴気に当てられただけだ。鼻が効くとなかなか厄介でな、すぐに戻るさ」
心配そうな伽羅の頭を撫で、何か言いたげの伽羅には悪いが、私は地面を軽く蹴り、その場を移動する。…すまないな、伽羅。心配されるのは慣れていないんだ。気持ちは有り難く受け取るからな。
唐突に現れたにも関わらず、まるで来るのが分かっていたかのように微笑む五虎退に思わず苦笑し、じゃれ付いて来た五虎退を抱き上げる。
「五虎退、楽しいか?」
「はいっ!女神様は楽しいですか?」
「勿論楽しいよ」
「良かったです!!僕に何か御用でしたか?」
「あー…言い難いんだがな、そろそろ帰ろうと思ってな…」
「……え……」
「そんな顔をするな。また来るから。…心配してる子が居るんだ、その子を安全な場所まで送ったらもう一度来るから」
「…ふぇ…」
「五虎退、女神様を困らせてはいけませんぞ。女神様、どうぞ行って下さい」
「一期、すまないな」
「いいえ、お気になさらず。女神様が待たせて居る方も五虎退のような感じなんでしょう。だとしたら送り出さないはずがありませんよ」
「はは、助かる。帰って来たら一期の弟達のことも教えてくれ」
「勿論ですとも」
「有り難う、五虎退行って来るよ」
一期に抱き上げられている五虎退に声を掛けたが、拗ねているのかうんともすんとも言ってくれない。一期と顔を見合わせ、互いに苦笑いを浮かべてから私は帰ろうと地面を蹴ろうとしてーーやめることになった。クイクイと服の裾を掴まれたからだ。2回目だな、これ。ちらりと視線を向ければ、やはり彼が居た。
「……帰るの?」
「ん、ちょっと待ち人が居るからな。戻らなかったら人を呼ぶように言ってあるんだ、だから戻らないと面倒なことになる」
「…そう。また、帰って来てくれる?」
「勿論。まだ君の名前も知らないからな」
「…じゃあ、まだ教えない。帰って来てくれなかったら困るから…五虎退も今剣も泣くと思う」
「あー…泣かせるのは困るな。早めに帰って来ることにしよう。…帰って来たら君のお兄さんのことも教えてくれ」
「うん、勿論」
「ーー何だ、帰るのか女神よ。またすぐに来るんだろうな?」
「まだやり残したことがあるからな、当然だ。岩融、今剣を頼むな」
「はっはっは!!彼奴もまだまだ子供だからなぁ!なあに心配は要らん。さっさと行ってさっさと帰って来い。神隠しを忘れるなよ。帰って来なければ…そうだなぁ、三日月に女神の名を知らせるか」
「…よりによって一番嫌な奴だな。まあ、すぐに戻る」
三日月は一番効果が強そうだ。思わず顔が引き攣る。そんな私に岩融は愉快そうに笑っているので、軽く額を小突いてから、私はその場で一回転しーー本来の姿である、白虎の姿になる。これが一番速いからな。色んな場所から悲鳴が上がるのを聞きながら私は地面を蹴る。悲鳴で気付いたんだろう、必死で呼び止める今剣の声を聞きながら私は地面を更に蹴って行く。…振り返ればきっと揺らいでしまう。すぐに戻るから、ごめんな。
祠まで戻って来た私はその場で一回転し、人間の姿になってから祠に飛び込む。りんを驚かせたくないからな…一瞬で周りが真っ白になり、景色が変わった。
「…薺様…?」
「ただいま、りん。土産話でもするか?」
「…ふえ…薺様〜〜っ!!」
「よしよし。ちょっと楓に用があるから村まで一緒に行こうな」
「うん…!!怪我はない?」
「ああ、勿論。美味いご飯をご馳走になった」
「わあ、良いなぁ!」
「もう少ししたら邪気もなくなるだろう。安全になったら遊びに行こうか、話を通しておくよ」
「うん!!」
「よしよし、行こうか」
嬉しそうに笑うりんの頭を撫で、りんと一緒に歩いて洞窟を真っ直ぐ進んで行く。何があったの?とワクワクした顔を隠さずに聞いてくるりんの無邪気さに癒されながら、掻い摘みながら話せば、りんは更に楽しそうに笑う。…早く安全にしなければな。りんなら短刀達と良い友人になれるだろう。その為にも、早く奈落が居たと言う痕跡を消さないとな…と小さく溜息を付いてから、楓に会う為に村へと向かって行ったーー…
(まさかこんなことになるとは思っていなかった)
(面倒なことをしてくれるなぁ…)
7/7
prev next 戻る