譲れない


一目惚れなんて、信じていなかった。
私の両親は互いに一目惚れをしたそうだ。一目見ただけで“この人だ”って思ったんだそう。いつまでもラブラブな両親みたいになりたいなあとは思ってはいたけれど、一目惚れなんて有り得ないと思っていた。一目見ただけで惚れるってどうして?って思っていたし。そんな私に両親はなまえも大人になれば分かるよ、なんて苦笑いしながら教えてくれたっけ。本当に分かるのかな、なんて半信半疑だった私が本当に一目惚れしたのは、父さんの師匠だという人のバトルがきっかけだった。


「マルヤクデ!燃えさかれ!」


凛々しくて何処か熱い力強い声。そんな声に応えるように大きくなるポケモン。そんな関係性に強く目を奪われた。そのバトルはお父さんの師匠ことカブさんの圧勝で、勝ったマルヤクデを褒めつつチャレンジャーを激励するカブさんの優しさに思わずきゅううと胸が締め付けられる。マルヤクデを見る優しい瞳、お父さんに流石ですと言われて自分はまだまだだ、と照れたように笑いながら謙遜するその人に、私は一目で落ちた。…笑顔が可愛いなあ、なんて思っていればカブさんと目が合い、カブさんはきょとりと目を丸くすると、フッと優しく笑いながら腰を下ろし、私と目線を合わせてくれた。


「初めまして。お嬢ちゃんもポケモンバトルに興味あるのかな?」
「は、初めまして…!あの、えっと、バトル凄かったです…!わ、私も貴方みたいに強くなれますか!」
「どうも有り難う。僕?いやいや、僕はまだまだ未熟だからね。でも、君が本気で強くなりたいならもう少し大きくなったらまたおいで。その時は色々教えてあげよう」
「あ、有り難うございます……あの、えっと…」
「うん?」
「…わ、私…貴方に一目惚れしました…恋愛対象には入りますか…!」
「……え、?」


あの時のカブさんのぽかんとした顔は今でも思い出せる。何が何だか分かってないような表情だった。そりゃあそうか、目の前に居るのは弟子の娘でしかも幼女。そんな幼女に一目惚れしたなんて言われたら固まってしまうのも仕方ない。あの時はごめんなさい…でも、どうしても言いたかったんだ。マルヤクデを見る優しい瞳で見て貰いたかったし、凛々しく力強い声で名前を呼ばれたかった。…一目惚れって凄いなあ…


「ーー…なまえ?」
「…えへへ、昔を思い出してました!カブさんは今も昔もきっとこれからもかっこいいままですね!」
「…気持ちは嬉しいけれど、なまえはまだ若いんだから同年代の子と青春しなさい。ホップやマサルなんてどうだい?彼等は良い子だよ」
「…私が好きなのはカブさんだけです」
「…なまえ」
「これだけはカブさんに言われても聞きませんからね!…貴方が好きです」


貴方じゃなきゃ、だめなんです。
どうしても震えてしまう声に、カブさんは困ったように笑いながら頭を撫でてくる。カブさんは優しい、でも、その優しさがたまに苦しい。いっそのこと突き放してくれれば良いのに、カブさんは私がどんなにわがままを言っても赦してくれる。…受け入れてくれる。そんな人を差し置いて他の人に目移りなんて絶対に有り得ない。
すきです、といくら言ってもカブさんが応えてくれることはきっとない。それでも、私はカブさんが好きだし想うのをやめるつもりはない。初恋で一目惚れなんだから当然だよね。…この想いだけは、誰にも渡したりしない。カブさん、大好きです。実らなくても、貴方の側に居させて下さいね…


END.

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