ーー私達は、貴女のことが大好きなだけだよ!

孫呉の人達による勧誘により、珠華ちゃんも一緒に居てくれるようになるという報せを受け、孫権殿の前なのに思わず霞月ちゃんと抱き合ってしまったのはちょっと忘れたいくらい恥ずかしい、かな。孫権殿はひたすらニコニコしていたけれど、練師殿が困ったように笑いながら肩を落としていたし。…少しは気を付けないとね!…そして、遂にその時がやって来てーー


「ご存知だとは思いますが珠華です、宜しくお願いしま…「「珠華ちゃん!!」」わっ、ちょっと。まだ挨拶の途中なんだけど」
「本当に珠華ちゃんだ〜〜!!会いたかったよ!」
「会いたかっただ〜!!」
「…はいはい、私も会いたかったよ」


またやってしまった。でも、照れ臭そうな表情を浮かべている珠華ちゃんが見れたから満足です!私は陸遜殿や朱然殿に火計についての意見交換をして、霞月ちゃんは魯粛殿と共に畑を耕して、珠華ちゃんは練師殿と共に孫権殿のお手伝いらしい。その指示を聞いて、一瞬だけだけど珠華ちゃんの頬が引き攣った気がしたけれど、陸遜殿と朱然殿に呼ばれたからそっちを優先しようと思う。…大丈夫、だよね?私と一緒で気付いたであろう霞月ちゃんが力強く頷いてくれたし、信じたい。私は後ろ髪引かれるような思いをしながらも、陸遜殿と朱然殿の方に足を向けた。


「成程、確かにそういう時に火計すると良い誘導になりそうですね。勉強になります」
「逃げ惑っている連中を一網打尽出来る可能性が一番高いし、凄い作戦だな。翠青殿は頭がキレるんだな」
「ええと、私が考えた策が一番無難だと思いますけど…?」
「おや、そうなのですか?それは意外でしたね、朱然」
「だな!」
「…お二人は火計のタイミングとか、どう思っているのですか?」
「えっ、それは…燃やせるものが多い時、でしょうか。燃料があればあるほど長く燃えますからね」
「手っ取り早く燃やしてから攻撃に移りたいよな、自分が守ってた筈の砦が燃えてた時って敵の行動が遅くなるし」
「ひえ…」


ニコニコしながら紡がれた言葉に、思わず怯えた声が出てしまう。いやいやいや、笑顔で何を言っているの、この二人は…!そりゃあ動揺するでしょ、燃やすタイミング早すぎるもの…!敵だって「えっ、もう!?」ってなるに決まってるよ…!!まあ、タイミングは置いといて…陸遜殿と朱然殿の知識は素直に凄いと思う。考えすらしてなかった方法がポンポン出て来る。…ただ、そのほとんどが力仕事やら瞬発力やらが必要とされているから私にはちょっと難しいかも知れない。…鍛錬すれば、筋肉くらいは付くかな。珠華ちゃん並みにとは言わないけれど、腹筋割ってみたいよね…


「…おや、あれは珠華殿?一人で居るところを見ると休憩でしょうか」
「…何か窶れてないか?」
「えっ、珠華ちゃん!?どうしたの!!」
「…あ、翠青ちゃん…」
「疲れちゃった?大丈夫?」


陸遜殿と朱然殿の言葉に顔を上げれば、そこにはフラフラしながら歩いている珠華ちゃんが居て思わず駆け寄る。いつもならすぐに気付いてくれるのに、声を掛けた時に肩を跳ねさせていたからびっくりしたらしい。珠華ちゃんらしくない反応に首を傾げつつ、目を合わせるように屈みながら問い掛ければ、珠華ちゃんは力なく頷いてくれた。…本当に疲れてるみたいだ。


「孫権殿と練師殿と何かあった?」
「…何かがあった訳では、ないんだけど…」
「…言いにくい?」
「私達が居たら話し難いのでしたら向こうに行きますよ?」
「ああ、遠慮しなくても良いんだぜ?」
「…そんな訳では……あー…逆に、陸遜殿と朱然殿に聞きたいんですけど…孫権様って、誰に対してもああなんですか…?」
「ああ、とは?」
「あー…褒め殺しにでもあったか?」
「…ちょっとしたミスに気付いただけで凄い凄いと煽てられ、凌統殿と甘寧殿による鍛錬という名の喧嘩で飛んで来た石を苦無で相殺すれば感激されて……偉い目に合った…」
「…珠華ちゃん、そういうの苦手だもんね…練師殿は…?」
「練師殿は練師殿で孫権殿の話に同調して、言い返そうとしたら早口で制されて何も言えなかった…」
「あらら…お疲れ様」


心底解せぬ、という顔をした珠華ちゃんの頭をポンポンと撫でれば、珠華ちゃんは少しだけ表情を緩めてから擦り寄ってくれた。か、可愛いっ…!猫さんみたいな反応に癒されつつ、孫権殿と練師殿について考えてみる。…ううん、私もまだそんなに深くは関わってないから詳しいことは言えないけれど、多分一番珠華ちゃんが苦手としてるようなタイプの人間じゃないかな、とは思っていたりする。褒められることとは無縁であろう世界を生き抜いて来た珠華ちゃんは、いくら相手が馬岱殿や馬超殿、劉備殿でさえ褒められた時は困った顔をしているからね…そんなとこも可愛いんだけど、困らせたくて言ってる訳じゃないから難しいよね。


「…あの方々は、すぐに褒めて来ますからね。慣れるまでは大変かも知れませんが、その内慣れると思いますよ」
「まあ、凄いのは事実なんだから素直に受け入れて入れば良いんじゃないのか?難しいかも知れないが…練師殿もそうだが、殿の悲しい顔は耐えられないだろ」
「…そうなんですよねえ…うちの殿と御子息を見てるような気分で居た堪れないです」
「…珠華ちゃんは今まで大変だったんだろうし、すぐに考え方を変えるなんて出来っこないとは思うけど…好意は素直に受け入れた方が珠華ちゃんにとっても良いと思わない?」
「はー…翠青ちゃんの言う通りだね。多少は受け入れられるように頑張るよ」


困ったように笑いつつも、素直に受け入れてくれたことにホッと息を付きつつ、この疲弊度を見るとそう何日も孫権殿に着いて回るのはなかなかに難しい気がする。練師殿が居なければ少しは難易度が下がるかな?って感じだけど、練師殿は制してくれたりもするから…難しいなあ…


「あまり悪くは思わないであげて下さいね。殿も練師殿も珠華殿を孫呉に引き抜きたいと思っているだけなんです」
「まあ、やり過ぎはあまり良くないからな。俺と陸遜からちょっと口出ししとくし、また始まったくらいの気持ちでいてくれると助かる」
「…何故私を?翠青ちゃんは火計という共通点があるから分かりますけど、私は特にないような…寧ろ、恨まれていると思ってましたけど」
「…策を逆手に取られた時は驚きましたし焦りましたけど、珠華殿の打開策には目を見張るものがありましたからね。勉強にさせて頂きました」
「俺も手刀で気絶させられたりもしたが、あれは油断してた俺が悪いんだから恨んでなんかいないさ。寧ろ呂蒙殿に珠華殿がお優しい方で良かったな、って皮肉言われたくらいだしな」
「珠華ちゃんって大の男の人を気絶させられるの?凄い…」
「鍛えてるからね。…孫呉はお優しい人ばかりみたいで助かります」
「‪(あ、照れてるな。可愛い…)‬」


褒められるのが苦手なだけで、評価されること自体は嬉しくない筈がないもんね!顔はそっぽ向いているけど、声はいつもより上擦っているし嬉しそうだ。そんな珠華ちゃんが非常に可愛いらしくて思わずニコニコしてしまう。そんな可愛いさに心撃ち抜かれたのか、朱然殿が破顔しながらわしゃわしゃと珠華ちゃんを撫で回している。その手付きが犬や猫に対するそれだけど、気持ちは分からないでもない、かな。…やり過ぎたら流石に手を出すけどね?


「わっ、ちょ、朱然殿…!?」
「お前は可愛いな〜!!取っ付きにくい感じかと思ってたが、素直じゃないだけで可愛いじゃないか!」
「な、何を言ってるんですか!?」
「霞月も可愛いけど珠華殿も可愛いな。翠青殿は可愛いけどどちらかというと綺麗系だし、撫で難いよな」
「おや、そうですか?結構撫でやすいと思いますけど」
「ひゃ、り、陸遜殿…!?」
「驚かせてしまいましたか?…綺麗でサラサラな髪質ですね。何を使っているのかお伺いしても?」
「か、顔が近いです!!」
「…な?何か…ほら、翠青殿は色気がやばいから…如何わしい気分に、なる俺は間違ってないだろ?」
「…言ってることは分かりますけど……何か夜の店って感じですよね」
「そうそう!いやあ、珠華殿は話が分かるなあ!」
「ちょ、撫で回さないで下さい!!…あ」
「私の大事な友達に何してるだー!!!!」


突然の顔面の暴力に戸惑っていれば、相変わらず撫で回されている珠華ちゃんの何か見付けたような声が聞こえてそちらを向こうとすれば…陸遜殿と朱然殿の姿が消え、私と珠華ちゃんは誰かの腕によって物理的に距離が近くなり、肩と肩がぶつかってしまった。「いっ」「あ、ごめんね翠青ちゃん!」…私がぶつかったの肩だよね?鉄板とかにぶつかったような衝撃だったんだけど…??


「珠華ちゃん、翠青ちゃん、大丈夫?」
「助かったよ、霞月ちゃん。私は髪を撫で回されてただけだし平気」
「有り難う、霞月ちゃん!私も髪を撫でられてただけだから大丈夫だよ!」
「良かった〜。…朱然殿も陸遜殿も近いんですよ!!私の!大切な友達に軟派な態度で接しないで下さい!」
「イタタタ…霞月、いつの間にそんな弾丸体当たり覚えたんだ…?」
「なかなかに痛い一撃でしたね…鍛錬の成果が出ているんじゃないですか?」
「えっ!って、騙されないだ!!もうその手には引っ掛からねぇだ!」
「ちぇ、ダメか。陸遜、やっぱりダメだったぜ」
「…流石に十回目は無理でしたか」
「…九回は騙されてるんだね、霞月ちゃん…」
「…気付いたのを褒めるべきか、もっと警戒するように言うべきか…判断に困るね」
「私もそう思う」


素直なのは良いことだけど、上手く丸め込まれてしまうのはあまり良いことではないよね。だからと言って、ちゃんと気付けたことに対して何か言わないのはどうかと思うし…助けてくれた訳だし。でも流石に九回は多いよ、霞月ちゃん…うーん、悩ましい。どうやら珠華ちゃんもそう思ったらしく、非常に難しそうな表情を浮かべている。とりあえず助かったし、褒めるのが先かな?そっと手を伸ばせば、察したのか嬉しそうに破顔した霞月ちゃんが頭を傾ける。んん、可愛い…!


「翠青ちゃんに撫でられるの好き…安心するだ」
「かっっっわ…!!お宅の末っ子さん可愛い過ぎません?攫われる前に守らないと…」
「不審者は問答無用で殺らないとね」
「確かに霞月殿は可憐ですが…まあ、大喬殿のお気に入りですからね。そう簡単には手を出されないと思いますよ」
「寧ろ殿達が許さないだろうな。…俺もあまり良い気はしないし」
「!…朱然殿、霞月ちゃんに邪まな好意を寄せていたりしませんよね…?」
「霞月ちゃん、暫く朱然殿には近寄らない方が良いよ。危ないかも」
「だ!?…じゃあ、珠華ちゃんと翠青ちゃんにくっ付いてるだ」
「「っ」」
「おや…ふふ、少し急ぎ過ぎたかも知れませんね、朱然殿」
「なっ、べ、別にそんなんじゃないっ!!」
「翠青ちゃん?珠華ちゃん?何で悶えてるだ…?」
「霞月ちゃんは可愛いなあって思っただけだよ、ね?」
「そうそう!ふふ、癒されるなあ…」


少しばかり朱然殿が気掛かりではあるけれど、今はひたすら可愛い霞月ちゃんを愛でることに徹しようかな。私と珠華ちゃんで霞月ちゃんの頭を撫でれば、霞月ちゃんは心底嬉しそうに目を細める。かっっっわ…何か疲れが吹っ飛ぶわ…精神的に疲弊してるであろう珠華ちゃんの方を見れば、彼女もまた柔らかく笑っていて…私の親友達可愛い過ぎないか??そーきゅーと!…意味合ってるかな?あ、霞月ちゃんを追い掛けて来てた魯粛殿が珠華ちゃんの笑顔で崩れ落ちてる。確かに可愛いけど、そんなんで珠華ちゃんを幸せに出来るのかな?そう簡単にはあげませんよ!


「翠青ちゃん?霞月ちゃんは分かるけど何で私まで庇うようにしてるの?」
「私が霞月ちゃんも珠華ちゃんも獣から守って見せるからね!」
「「獣?」」
「私の親友はそう簡単には渡さないんだから!」


彼女達をちゃーんと幸せに出来るのかしっかり見定めないと…私が保護者な訳だし。とりあえず朱然殿と魯粛殿は要警戒かな。「…可愛いですね」「陸遜?顔が怖いぞ…?」「気のせいではないですか?」そう決意をしていた私は近くでやり取りされていたにも関わらず、そんな不穏なやり取りを気付けなかった上にそう想われているなんて、微塵も思っていなかったーー…

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