予想内でしょ?

 病室から出ていった兄達を見送り、征人は母が眠るベッドの横にあったイスに腰掛けていた。

 今頃、彼らはエジプト行きの飛行機に乗るために車を全力で飛ばしている頃だろう。征人のこれからの処遇についての話し合いが少し長引いたためだ。

 とりあえず、征人は兄達が帰ってくるまでこのスピードワゴン財団が管理している病院で寝泊まりすることになった。生活するのに必要なものは全てスピードワゴン財団が何とかしてくれるらしい。
 なんでも祖父の祖父であり、現在DIOに体を使われてしまっているジョナサン・ジョースターとの縁が理由でこんなにも手厚くサポートしてくれるんだそうだ。感謝しつつも、なんて義理堅すぎる組織かと呆れてしまった。

 そんなことも、征人からすれば実はどうでもよかったりするのだけれど。
 相変わらず苦しそうな母の顔を見つめ、征人はそっと呟いた。

 「出ておいで」

 すると、どこからともなく征人の隣に黒馬に跨った騎士が現れた。猛々しい黒馬がブルルと鳴くのを宥めるように重々しい鎧を纏った騎士がその首を撫でる。
 こんな怪しい姿をした人間が馬と共に征人の傍に現れたのに、この部屋をカメラで監視している財団の人間がここにやってくる気配はない。気づいていないからだ。
 そう、これは征人のスタンドだった。
 スタンド使いの刺客が来るかもしれないのに、兄達がスタンド使いがいない財団へ征人を預けたのはこれが理由だった。

 征人は自分の身を自分で守れる。

 兄と同時期に発現したこのスタンドは強かった。
 征人の意思によらず征人を守るために動くことができる自我のあるスタンドだったのだ。
 その強さはアブドゥルのスタンドの炎を停めたほど。
 そう、『停めた』のだ。

 『兄さん…!?』

 祖父が母に呼ばれて日本にやって来て、頑なに留置所から出ようとしなかった兄が空条家に戻った日であり、DIOという存在を知ったあの日のことだった。

 祖父がアブドゥルに頼んで留置所に閉じこもる兄を出させようと放った炎の威力に、征人は思わず恐怖してしまった。そして、それと同時に怒り狂った。
 視界が真っ赤に染まり、暴力的な衝動だけが浮かび上がる。
 その衝動に任せて征人がアブドゥルに飛びつこうとしたその時、それは起こった。

 ヒュンッ!

 突如としてその場に現れた黒馬に乗った騎士が、その腰に下げていた剣でマジシャンズレッドが出していた炎を切り裂いた。
 その瞬間、炎が『停まった』。
 炎特有の揺らめきが止まり、熱も消えた。驚いたアブドゥルが突然現れた騎士と距離を取ると、その炎も掻き消えた。
 アブドゥルの顔を見やり不機嫌げに『ブルルルッ』と黒馬が鼻を鳴らす。

 ──…スッ。

 それらを意に介さず、その騎士は征人の方へと馬を向けた。剥き身の剣を手にしたままゆっくりと。
 傍にいた祖父が母と征人の前に出て庇ってくれたのと、兄が牢屋を飛び出して自分のスタンドで騎士に殴りかかったのは同時だった。

 『オラァ!』
 『ぅあっ……』
 『ぬう!!?』
 『きゃー!? 征人ーー!?』

 その時、征人は顔が消し飛んだと思った。

 兄のスタンドが騎士を殴ったのと同時に起きた不幸だった。
 突然襲いかかった衝撃に気を失った征人によって、その騎士が征人のスタンドであることが発覚したのである。
 気を失ってからもしばらくの間は消えることのなかったことから、自律型のスタンドであることも分かったのだった。ちなみに、兄のスタンドに殴られたフィードバックによって腫れ上がった顔は、祖父の波紋とかいう不思議な術で今は完全に治療されている。

 「君は強いんだな」

 隣に佇む自らのスタンドにそう言うと、少し怒ったように馬が何度も蹄を床に打ちつける。

 「ああ、ごめん。君達だったね」

 騎士だけでなく、馬も含めて征人のスタンドなのだ。黒い毛並みの見事な馬は征人の謝罪に満足気に鼻を鳴らした。

 「スタンドはその人の分身のようなものだ、っておじいちゃんは言ってたけど、僕の分身とは思えないぐらい君達は強そうだ」

 モノを『停める』能力を持った、自我のあるスタンド。
 騎士は言葉こそ話さないが、征人への忠誠心を心を通して伝えてくる。まさに騎士らしい高潔さで、自分の価値を訴えかけてくるのだ。
 一心同体とも言える彼らだからこそ、今から自分がやろうとしていることを理解しているのだろう。
 黒馬は頭を垂れ、騎士はその背で掌を胸に置き、征人を見つめた。

 「ああ、そうだね。財団の人が来るまでに済ませないと」

 母の手をとり、ぎゅっと握る。

 「いってきます、お母さん」

 冷静に見えるだなんて。
 落ち着いているだなんて。
 兄達の帰りを健気に待ち続けるだなんて。
 ──皆の言うことをちゃんと聞く、迷惑をかけない従順なイイ子だなんて。

 ──そんなの一体、誰がそう言ったの?

 征人は怒っていた。
 ブチ切れていたと言ってもいい。
 DIOとの因縁を聞き、母が倒れ、祖父が嘆き、兄が取り乱したその瞬間、征人の堪忍袋の緒はプッツンしていたのだ。

 兄が真に心配していたのはこれだったのかもしれないなと思いつつ、病室の窓に近づく。征人が窓に手をかけたと同時に騎士が部屋につけられていた監視カメラに剣を振るった。
 真っ二つになるかと思われたカメラは依然としてそこにある。
 騎士達の『モノを停める』能力は、その停める対象を選択できるらしい。今はカメラが映し出す映像、つまり信号を停めている。
 これで少しは時間稼ぎができる。
 窓を開けた征人は迷いなくそこから飛び降りた。病室があったのは五階だったが、心配はいらない。

 何故なら、自分には彼らがいる。

 「フォー・ノー・ワン!!」

 叫んだその言葉の意味を彼らなら理解できただろう。

 ヒュッ!という風きり音。体の中を何かがすり抜けて行ったような気持ちの悪い感覚が過ぎ去ったかと思うと、落下しかけていた体は空中でピタリと停まっていた。

 その体を征人を追って窓から飛び出していた騎士が軽い動作で捕まえる。騎士が触れた途端に落下を思い出した体がまた落ちかけた。
 すかさず騎士が腕で征人の体を抱え込み、落ちる前に自分の前に座らせる。スタンドの力で支えられているので征人の精神エネルギーが切れるまで落馬の危険はないだろう。

 『ブルルルッ』

 背中に重みが増えたことを確認した黒馬が勢いよく『空中』を蹴り上げて空を駆け出す。その蹄で一歩を踏み出すごとに落下を停めて、空中を飛び回る原子分子の動きを停めて踏み台にして走っているのである。
地球の物理法則をこういとも簡単に跳ね除けるスタンドの能力はなんとも凄まじい。

 今この時、征人の全身は、DIOに対する憤怒と、身を貫くような全能感に包まれていた。

 「……君達の名はフォー・ノー・ワン誰のためでもないだ。ただひたすらに、僕のためだけに。僕の意思が赴くままに。そして聞け、僕に従う高潔な兵士達」

 闇夜を照らす月を見上げながら、腹の底から噴き上がる感情に任せて、征人は言った。

 「僕は、DIOを許さない」

 声が、震えた。