兄達とルートが被ったら絶対に追い返される。
簡単に想像できるその未来を避けるために、聞き分けの良い振りをして先に彼らを出発させ、時間差を作って次の便に乗り込んだ。
パスポートは家を出る前に貴重品を持っていくと言って準備した鞄の中に入れた。小さなボディバッグだが、財布とパスポートさえあればあとは何もいらない。
学校に行く予定だったため中学の学ランのまま来てしまっているが、兄やその友人の花京院も学ランだったし別にいいだろう。
「お客様お一人でのご搭乗でしょうか」
「はい」
征人の姿を見て怪しむ職員には、何便か前に乗った学ランの黒髪の青年が兄で、学校の宿題が終わってから着いてこいと言われたのだと説明する。
流石にあの個性的なメンバーのことを忘れるのは無理だったのか、職員達の記憶にバッチリ残っていたらしい兄のことをしっかり説明し、ついでにパスポートで名字を見せれば戸惑いながらもチケットを発行してくれた。空条なんて名字は珍しいので、確実に信じてくれたはずだ。
そんなことよりも。
「兄さん、おじいちゃん、大丈夫かな…」
飛行機のシートに凭れかかってぽつりと呟く。
チケットをとる前に兄弟だと信じてくれた職員がこっそりと教えてくれたのは、兄達の乗った飛行機が香港沖の海に不時着したという事実だった。
十中八九、DIOの刺客によるものに違いない。
教えてくれた職員に香港行きのチケットに変更するかと聞かれたが、しなかった。乗客はほとんど無事だと言うし、兄たちを信じて着いた先でホテルをとって待つと伝え、目的のカイロ行きの飛行機に乗った。
兄達に出会った時点でゲームオーバーのようなものなのだから、これは逆に都合が良いことだったと考える。
怪我をしていないか非常に心配だが、祖父は波紋とかいう治療もできる術を使えたはずだし大丈夫なはずだ。
「大丈夫だよ…ね」
カイロまで約十四時間。考えても仕方がないと思った征人は、窓の外の星空を見つめて眠ることにした。
どうか兄達が無事であらんことを。
□□□□□
「なんじゃと?! 征人がいなくなった?!」
タワーオブグレーに襲われ、香港沖の海から救出された承太郎達が泊まったホテルでジョセフの声が響き渡った。
香港にいる事情を報告し、サポートを頼むためにスピードワゴン財団に電話をかけたジョセフに伝えられたのは信じられない事実──承太郎の弟であり、ジョセフのもう一人の孫、征人が行方不明になったというものだった。
当然、周りで様子を伺っていた三人の耳にもジョセフの声は届いた。
「おいジジイ、何の話だ。アイツがどうした」
「弟君がどうかしたんですか?」
「ジョースターさん…?」
戦慄くジョセフに承太郎が詰め寄る。ジョセフが持ったままの受話器からは今だに焦ったような声が聞こえてくる。それらを聞き取った承太郎は舌打ちをした。
「やりやがったな」
「あ、ああ。流石、わしの孫だ…。演技力と行動力がピカイチじゃわい」
ははは、と乾いた笑いを漏らしたジョセフに承太郎は冷たい一瞥をくれ、「笑ってる場合か、くそジジイ」と吐き捨てた。舌打ちし、なにも言わず踵を返した承太郎を花京院は戸惑いながらも追った。
彼らを黙って見送ったアブドゥルは財団との通話を終えたジョセフに恐る恐る近づいた。
「あの、日本に残っているお孫さんに何かあったのですか?」
「ああ、アブドゥル。そうなんじゃよ。わしらが日本を発ってすぐ、あの子──征人がホリィの病室から消えてしまったらしい」
「なんですって!?」
その衝撃の事実に、いつも冷静なアブドゥルも息を飲まずにはいられなかった。
□□□□□
「承太郎」
ホテルの部屋に戻ってすぐ、窓の外を見つめて煙草をくゆらせ始めた承太郎の背に花京院が声をかける。
「君の弟に何かあったのかい。いなくなったって聞こえたが…」
「…暴走しやがった」
「え?」
ぼそ、と呟かれた承太郎の低い声に花京院は聞き返す。窓の外から視線を外して花京院を振り返った承太郎の顔は苦虫を噛み潰したように歪んでいた。
「昔からアイツは本当に頭にくることがあるととんでもねぇことをしでかす奴だった」
「…そうなのか? そんな風には見えなかったけどね。僕にはとても落ち着いているように見えた」
「計算してたんだろう。そう見えるようにな」
吐き捨てるようにそう言い放った承太郎は短くなった煙草を部屋に備え付けられてあった灰皿に乱雑に捨てた。
「『上級生が友だちを殴った』」
「え?」
「そう言って、その上級生の肩を外して来たことがある。その上級生のガキは征人にビビって誰にやられたか親に言わなかったらしく問題にはならなかった。だがダチにもビビられたらしくてな。それ以来そいつと一緒にいるところは見た事がねぇ」
「やるね…」
それでこそ承太郎の弟だという感じがする。特にその容赦のなさ加減が。
口には出さなかったが花京院はそう思った。
「他にも山ほどそういう話はあるぜ。旅行先でババアに色目を使ってきた野郎にブチ切れて、そこらにあったでけぇ石をそいつの爪先に叩きつけたりな」
「すぐに手が出るんだな」
「まだ続くんだぜこれが。激痛に叫んだ野郎の膝裏を蹴飛ばして膝を地面につかせた後、倒れねぇようについた手を横からまた蹴飛ばして地面に転がしたんだ」
「本当に容赦ないな…一体何歳の時の話なんだ」
「8歳だな」
「怖いよ、そんな8歳がいたら」
そして、その後も話は続いた。その男は8歳児によって首裏に足を乗せられた挙句、体重をかけられて迂闊に動けなくなったところを通りかかった警備員に取り押さえられたらしい。征人は承太郎がやめろと言ったら素直にやめたのでやり過ぎだよと怒られるだけですんだ。
「最近はそういう話が聞かなくなっていたから落ち着いてきたと思ってたんだがな」
「まあ、三つ子の魂百までって言うしね…」
そういう性格の子なら今回の行方不明騒動が起きたのも頷けるかもしれない。
「毎回そういうことがある度にやり過ぎだと俺やババアに怒られてたからな。隠していただけなのかもしれねぇ」
「ああ、その可能性は高そうだ」
周りの目を掻い潜って失踪した演技力を見るに、ありえない話ではない。
舌打ちをした承太郎はベッドに腰掛け、また窓の外に目をやった。
死ぬんじゃねぇぜ。バカ弟。
消えた弟が向かう先など、承太郎には簡単に想像がついたのだ。
「……何事もなければいいけどね」
どこか落ち着かない承太郎、今は弟の身を案じるただの兄の背中を眺めながら、花京院もそう呟いた。