フルーツを使ったケーキは苦手。
チーズケーキもモンブランもティラミスも苦手。
私が食べられるのは、ただ一つ。味になんのアクセントもつけていないチョコレートケーキだけ。
でも、今、目の前に並べられたケーキ達の中にはそれが一つもなかった。
「どうしよ」
好きなものを選んで食べてくれ。
そんなことを言われて出されたものだったが、何一つ美味しく食べられるものがない。不味いなと思いながら無理矢理にでも食べるのは失礼だろうし、わりとピンチだった。
これらのケーキをテーブルに置いていった彼は、今は紅茶を用意してくれている。彼が戻ってくるまでに覚悟を決めなければならない。
「ん? まだ選んでないのか」
「…いっぱいあるから」
うだうだと悩んでいるうちに彼が帰ってきてしまった。動揺を抑えるために出された紅茶を口に含む。ケーキ屋の息子であるトレイ君は、ケーキ作りのみならず紅茶を入れるのも上手いらしい。
艶々と輝くイチゴタルトから目を逸らし、少し小ぶりなモンブランをマークする。
これなら、いけるかもしれない。……いやでもなあ。
「くくっ」
「…うん?」
真剣に悩んでいると、いかにも愉快だと言い出さんばかりの愉悦さが含まれた笑い声が頭上から落ちてきた。口元を手で隠したトレイがこちらを見下ろしている。
口を隠してもその目は雄弁だった。明らかに面白がっている。
その時、天啓が走った。
トレイとは知らない仲ではない。それなりに付き合いはあるし、その性格もある程度把握している。だからこそ分かった。
「知ってたな…? 意地悪な男め」
「なんのことだ? 悪いな、今日はチョコレートケーキは作ってないんだ」
「やっぱりか」
人当たりの良さから善人代表みたいな扱いをされることの多い男だが、実際のところはそれだけじゃない。彼は常に腹に一物を抱えていて、それを他人に悟らせないことができる食えなさがあった。
「まあ、チョコレートケーキしか食べられないと言われるのは少し、な。できるなら、自分のつくるものは全部美味しいって言って欲しいだろう?」
言いながら対面の席に座り、ゆったりと頬杖をついてこちらを見つめて言った彼に、文句を言おうとしていた口をぐっと噤んだ。
「好きな子には、俺のつくるもの全部好きになってもらいたいと思ったのは……駄目だったかな?」
自嘲気味の笑みを零しながら言った男に、彼を好いている私の胸がぎりぎりと軋んだ。
「…降参」
「ははは、これから好きになっていこうな」
敗北宣言をした私にそれはもう嬉しそうな顔をした男に、傷を負っていた胸がほんわかと癒された。そして、その後、覚悟を決めて口に入れたケーキの数々を美味しいと感じた衝撃から、惚れたもん負けという言葉の力を噛み締めた。
とりあえず、モンブランから挑戦しよう。