指令


学院から出された指示は簡単だった。転校生のサポートただそれだけ。テストケースとして一人、右も左も分からないような女の子を夢ノ咲学院アイドル科にプロデューサーとして入れるらしい。元々姉妹校である君咲学院からの交換留学生の予定だった子が急遽転校になったらしく、それならばとプロデュース科への転校生として迎え入れるつもりらしい。その子の転校と同時に生徒会長である天祥院英智の推薦した、芸能界について右も左も、根底までもを知り尽くした私も入れようということらしい。私としては転科なんてしたくはないけれど、この学院において逆らうことは現状不可能だろう。アイドル科に行っても今は英智は不在だというのに、何を考えているのだろうか。


その日が来るのはあっという間だった。初めて職員室で対面した転校生は本当に何も知らない女の子だった。私がいて心強いと、あまり表情の変わらない笑顔でそう言った。私は曖昧に笑って、こんないい子がこの学院に来てしまったことが悔やまれた。よりによって、夢ノ咲学院のアイドル科なんて場所に来てしまうなんて。





「やっほう!きみたちが噂の転校生だな!俺、明星スバル!」

転校生と一緒に2人で教室に入ると、真っ先に声をかけられて驚いた。

「クラスメイトになるんだし、折角だから仲良くしよう!友達になろう!よろしくっ!」

やたらと高いテンションに私だけじゃなく、隣の転校生も目が点だ。太陽のように明るく目立つオレンジ髪に、水色の瞳、いつかどこかで会ったことがあるのではないかと思うくらい懐かしい感覚。

「突然すぎるだろう。転校生と……、転科生も戸惑っているぞ。」

ホントにね、と後から来た黒髪くんに心の中で同意する。次々とされる自己紹介を全て覚えられる気がしない。とりあえず眼鏡の子が言った『頼みたい事』というのが気がかりだ。目の前のコントのようなやりとりを真剣に見つめる転校生は、きっとすぐにこの学院のことを知る事になるのだろう。彼らが全てを教えてくれるだろう。

「ところで、どっちが転校生でどっちが転科生?」

明星くんが言ったことは尤もだろう。一方的に自己紹介していてはこちらのことなど分かるわけが無い。転校生は自分が転校生だと告げて、付け加えるように名前を言った。あんず、と。私は自分の制服をつまんで転科生であると示した。普通科の制服は転校生の制服よりもずっとこの空間で浮いている。少なくとも転科生は歓迎されていないのだと悟った。

「そろそろHRの時間だな。話の続きは昼休みにしたい。2人とも予定をあけておいてくれ。初日から振り回してしまって申し訳ないが、俺たちは2人に頼みたい事がある。そんな義理はないだろうが、どうか俺たちのために、時間を割いてほしい。よろしく頼む、転校生に転科生。」

氷鷹くんの言葉に笑って返したけれど、昼休みは多分直ぐに教室を出ることになる。アイドル科に来たからには会わなければいけない人がいるからだ。わざわざ私から出向かなくても来てくれそうではあるけれど、表立って敬人…生徒会の人と会うのは不味いだろう。恐らく氷鷹くんたちは生徒会を良く思っていない。そんな気がするから。


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