本日も寝不足なり


自分のため息がドサりと落ちた。予想以上のかなり深いため息に自分でも驚いたし、当然のようにそれを聞いた友人もめちゃくちゃ心配してきた。これといって理由もないのだけれど、ただなんとなく、なんとなくため息を吐きたい気分だったのだ。

なんだろう、多分早く帰って寝たいんだと思う。
連日の徹夜のせいで疲れているのだろう。前よりはその頻度が減ったのに、前よりも徹夜が辛くなってきている。高校入りたての頃の私の若さが恋しい。
というか、通学に2時間かかるのが辛い。バスケ部の活動が終わってから帰って、の段階で22時を過ぎるというのに、その後に締切に追われているのだからもう部活辞めたい。辞めよう。


思い立ったが吉日。部長にサクッとその事を伝えて、退部届けを出した。部長にはもっと早く帰れる文化部にでも入り直せば、と言われたけれど3年から入るのはおかしいだろう、と聞き流した。私は自分で豪語するくらいには学校から遠いところに住んでいて、それは部長も知っていたし、ここ数日の私を見ているのだから退部理由を簡単に納得した。締切諸々は言ってないけれど。

締切、というのは原稿の、だ。自分のもだし、他人のも、だ。他人の、というのも自分のを書いてる傍らで、勉強がてらアシスタントもしている。最初は話作りの仕方を学びに行ったのだけれど、それだけじゃ申し訳ないからと私から言い出した事だ。しかし、今になってそれも私にはきつくなってきた。部活をやめて余裕ができても、相変わらず自分の原稿はあるし、元々アシスタントの方はその量が減っていたのだ。私の原稿の精度が上がるだけできっと睡眠時間は誤差程度しか変わらないだろう。
考えると虚しいからやめよう。

アシをしている作家に会いに行こう。奴なら私の愚痴からさえネタにしそうだから、もうそのくらいでしかこの深い思考をとっぱらえない。




*




「野崎ー。差し入れ持ってきたー。」


帰宅部だし、どうせ居るだろうと連絡もせずに来た。勝手知ったるこのマンションの1室をチャイムも鳴らさずに入れば、当然野崎はいたけれど、野崎以外もいた。


「あぁ、瀬名さん。ありがとうございます。」


野崎は私が来るのは驚かないだろうが、その他が全員こちらをガン見してきている。テーブルの上に広がる原稿から見るに、彼らがいつか野崎の言ってた最近増えたアシスタントなのだろう。


「…あれ、堀くん?堀くんが野崎のアシスタントだったの?」


よくよく見れば、そこにはクラスで見る顔がいて、驚きしかない。野崎と堀くんってどこをどうすれば繋がりができるんだ。


「瀬名は何でここに…?」

「えー…野崎に会いに?」


私の発言にガタガタ、と女の子が崩れた。あ、この子野崎が好きなのね。漫画もビックリの動揺の仕方にいっそ感心する。


「これ原稿用の。消しゴムかけだけ終わってないけど許してね。」

「いつもありがとうございます。瀬名さんの方は大丈夫ですか?」

「多分今日の夜からうちも同じ感じかな。」

「あ、あの…こちらはどちら様でしょうか、野崎くん。」


痺れを切らした様に、女の子が口を挟んで来た。
できればさっさと野崎との用件を終わらせて帰りたいのだけれど、そうもいかないみたいだ。


「あぁ、会うのは初めてか。彼女は瀬名さん、ロマンスとは別の雑誌とウェブに連載を計3本持ってる売れっ子だ。理由あって俺のアシスタントもしている。前に言ったもう1人のアシスタントだ。」


できれば私の説明は後半部だけに留めて欲しかった。


「連載3本にアシスタントって…締切間に合ってるのか?」

「え?うん。一応毎回余裕持って上げてる。」


堀くんはお母さんなのかな?私はいままで原稿を落とした事はない。余裕だ。そんな心配は不要だ。
しかしまぁ、そう言えば今日も徹夜明けだっけ。なんか今すごく内心のテンションが高い気がしてくる。今朝の陰鬱としたため息は忘れかけていた。


「マネージャー辞めたから時間の余裕もできるしね、だから今の時間ここにいる訳だし。」

「瀬名さん辞めたんですか?若松は何か言いませんでした?」

「え?あー。若松に言ってないからなー。明日何か言われるかも。」

「覚悟しといた方いいですよ。」

「えー、嫌だ。明日野崎ん所逃げていい?ってか隠れに行くわ。」


さて。原稿も届けたし、私の用件はここにはもう本格的にない。
さっさと帰って寝たい。寝よう。電車の時間的にも丁度いいし、野崎に帰ると宣言してマンションを出た。

野崎のアシスタント全員うちの学校かよ。
有り得ないほど手近で済ませていて驚きしかない。剣さんは知っているのだろうか。というか、手近な人間でそれだけの技術を持つ人間が居るということがすごいわ。
寧ろそれだけ才能ある人間は本当はもっと居るという事だろう。やらないだけで、やってみたら案外出来ることの方が多いのだ。
…うん、これネタに新しいの書こう。
才能なんてそんなもの。ラノベっぽいタイトルは没を食らうだろうけれど、初期案としてはスルーされるだろう。あぁ、どうしよう、結局私は書かないと居られない人間なんだ。どんなに不満を垂れようと、どうしたって書きたくなってしまう。
野崎の家なんかに行くんじゃなかった。いつまでもため息を吐いていた方が要らないことを考えないで済んだのかも知れないのに。

結局今日も寝不足だ。

- 1 -

prev | next


page:
/24


back
top