攫われた損得勘定
瞬時に誤解と噂は広まった。
お姫様の正体は演劇部の堀部長の彼女である、と。
なんじゃそりゃ。
正体バレてないじゃん、ラッキー、と思ったけれど、堀くんが私の右手になる宣言を有言実行しているせいで、周りの視線は堀くん伝いに私に向くのだ。勘弁して欲しい。
私の原稿は普通にできているのだけれど、堀くんが事あるごとに締切を聞いてくるのが辛い。大丈夫だと言っても聞いちゃいない。今の世の中音声入力というものがある以上、手が死んだとしてもネームが手描きできないくらいで、最悪何とかなるものだ。というか、みんなに言ってなかった気がする。野崎が言っている可能性も薄い。
「あのね、堀くん聞いて。私、作画担当してなくて、原作担当なの。だから私の原稿にはあんまり手は関係ないの。」
「原…作…。『水瀬悠』か!?」
あ、原作ってだけで誰かバレるのか。
原作と作画別々の作家って他にいなかったっけと記憶を探るも、他誌は知らないから早々にやめた。
「うん。私は水瀬悠、だけど誰にも言わないでね。一応編集部と野崎くらいしか知らないことだから。」
お願い、と手を合わせれば堀くんはあぁ、とだけ返した。
「作画の方の…青砥先生には手の事は言ったのか?」
「アシ業サボるために言った。」
正直に言うと私としては万々歳な状況なのだ。これを機にアシさんを増やせば私の仕事量が減って恒常的に私の睡眠時間が増やせる。是非とも雇ってくれ。前にアシさんから『水瀬先生がアシスタントの仕事しちゃうと私たちの仕事なくなってしまう』と愚痴られたと青砥から聞いたことがある。私をアシとして使ってるのはその青砥なのだけれど、私が責められる必要性が分からない。是非とも同じ空間にいる青砥を責めてくださいアシスタントの皆さん。
「いつも締切ヤバいって言ってんのは作画の方なのか?」
「大体はそうかな。」
堀くんはへぇ、と自分で聞いたくせにどうでも良さそうに呟いた。恐らく締切ヤバいという言葉の割りに焦ってない普段の私を思い出しているのだろう。
「堀くん、くれぐれも他言無用だよ。バラしたらいくら堀くんでも嫌いになるからね。」
人差し指を立ててシー、なんてこんなことするのいつぶりだろうか。幼稚園とか、そのくらいまで遡りそうだ。
まるで漫画のワンシーンだ。それも、普段は恋愛漫画じゃないヤツの安っぽい恋愛描写。
堀くんはあぁ、とだけ気の抜けた返事をした。堀くんなら大丈夫だろうけど、できることなら正体は言いたくはなかったなぁ。
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