ぺトリコール
「よっ、美晴さん。」
「よっ、結月。相変わらずふてぶてしいね。」
千代ちゃん経由で知り合った結月は見かける度に私に声をかけてくれる。美人さんに話しかけられるなんて役得過ぎる。
「そうだ、美晴さんは浪漫学園のお姫様って知ってる?」
「王子様ではなくて?」
「お姫様。」
なんだそれ。王子様なら鹿島くんってすぐ分かるけど、お姫様?演劇部の鹿島くんの相手役の子のことだろうか。
「ローレライでもなくて?」
「お姫様って言ってんじゃん。」
「じゃあ知らない。」
うちの学校でお姫様なんて聞いたこともない。鹿島くんの圧倒的王子様力のせいでそのお姫様とやらが霞んでしまっているのだろう。私も会いたいな、お姫様。
「そっか、じゃあいいや。じゃーね、美晴さん。」
「じゃあね。」
鹿島くんで思い出したけれど、前に鹿島くんが堀くんはお姫様願望があるとか言っていたことを思い出した。
もしかして…、堀くんのこと?
思い浮かんだことを内心否定しつつ、やっぱりその考えが留まってしまった。
*
「3年で、黒髪で、髪の長さはこれくらいで、指定のカーディガンを着ていない…。」
そんな人居たか?と首を捻るも全く覚えがない。学校で結月から聞いたお姫様の詳細を野崎の作業場で千代ちゃんが教えてくれた。
「なんで3年って分かったの?」
「青色のリボンだったらしいです。」
「…それって千代ちゃんみたいに自前の付けてれば分かんなくない?」
「そっか、じゃあ3年じゃないかも知れないですね。」
私は話す時は手を止めるタイプだ。今この瞬間ペンは握っていない。私たちが話している傍で堀くんの作業だけが進んでいく。プロか。
「それって、瀬名じゃねえの?」
ふと、思った事を漏らしたような堀くんの言葉に、元々作業をしてなかった私たちは完全に動作が止まる。瀬名?瀬名って私か?
「…何故そのような推理に?」
堀くんも休憩に入るのか、ペンを置いた。
「その噂出たのって最近なんだろ?んで、その出現率は低い。」
「そうみたいですね。時間と曜日が決まってるみたいなんですけど、その出現場所がまちまちとか…?」
「瀬名、体育の後髪下ろしてるし、制服のジャケット着てねぇだろ。」
「え、そんなこと?」
確かに、ブレザーの下は指定のカーディガンではない。体育の後は暑いからブレザーは脱いでるし、運動して乱れるから髪も1度ほどく。
しかしまぁ、堀くんはよくそんなこと覚えているな。
「じゃあ明日その姿で歩いてみましょうよ!そしたら真偽が分かりますよ!」
「えー。絶対違うって。」
「瀬名さんはめんどくさいだけでしょう。」
「うん。野崎、ネタにすんなよ?」
「瀬尾と状況が似てるから今回は大丈夫です。」
今回はって何。前回も次回もない。
もうホント、どうにでもなれと最終的に私は千代ちゃんの提案に首を縦に振ることになった。
*
「堀くんお願い、一緒に来て。」
「お、おう。」
それだけで、堀くんには通じたみたいであるけれど、それを聞いた周りのクラスメイトたちは何やら勘違いしたみたいで、囃し立てているけれど無視だ。
「結局ジャケットは着てるのか。」
「やっぱり脱いだ方いい?」
「先入観ってのもあるしな。」
「そっか。」
今日は寒いからできれば着ていたいんだけどな。
「ほら、貸してみろ。」
「え?」
脱いだブレザーを抱えて持てば、堀くんに回収された。女に荷物は持たせないタイプか。イケメンかよ。
「なぁ瀬名。」
「ん?」
呼ばれて、少し見上げた先の堀くんはやたらと難しい顔をしていて、つられてこちらも表情を固めてしまう。
「…いや、何でもない。」
「そう?」
表情をいつものものに崩して言われてしまえば、こちらは何も言えない。深く追及しても、堀くんはきっと答えてはくれないだろう。
*
「瀬名さんが噂のお姫様だったみたいです…。」
私を待ち受けていた千代ちゃんは残酷にもそう告げた。
何故だかそこには野崎と御子柴くん、鹿島くんまでもがいた。
「なんで堀先輩が美晴先輩と一緒にいるんですか!?ズルいです!」
「え、ごめんね鹿島くん。」
「私も呼んでくださいよ!」
堀くんのことが大好きな鹿島くんは私と堀くんの間に割り込んで、私と堀くんの腕を両腕にそれぞれ絡めた。…ズルいってどっちがなのか若干怪しくなったぞこれは。
「両腕にお姫様…最高だね!」
「俺はお姫様じゃねぇ!」
堀くんは絡んでいた腕を解いて、鹿島くんを蹴り飛ばした。
「いっ…!」
鹿島くんのもう片方の腕は私に絡んでいたわけで、私も鹿島くんに引っ張られ倒れてしまった。
「瀬名!?悪い、大丈夫か?」
「う、うん。」
「…腕、見せてみろ?」
咄嗟に手を床に付けたけど、多分手首をやった気がする。堀くんに手を取られて動かされると割りと痛い。やっちゃったなぁ。転ぶ時は手からではなく腕から転べと言われていたのだけれど。
「堀先輩…、瀬名さんを傷物にした罪はデカいですよ。」
野崎は一体何を言っているのだ。
確かにこれを報告したら担当にはブチギレられそうだけれども。最悪左手もあるし。多少痛くても普通に手は稼動する。
「瀬名。」
「このくらい大丈夫だよ。」
「その手が治るまで俺が瀬名の右手になる。」
「おお…?」
普通に困惑だ。鹿島くんは堀くんに蹴り飛ばされたまま起き上がらないし、何故か御子柴くんはさっきからずっと顔を赤くしたままだし、千代ちゃんは何故か目を輝かせているし、野崎はスケッチしてやがるし、何なんだ、この状況は。
未だ私の右手は堀くんに取られているし、もうどうにでもなれと、昨日と同じく考える事を放棄した。
そして私は失念していたのだ。今私はお姫様なんて呼ばれる姿らしいことを。
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