いつかの両手に花が降る

 あの夏の夜から、4ヶ月がたった。季節は冬を迎え、湿気を含んだ空気から、からりと乾いた冷たい空気に変わっていた。
 ――私は今、ロンドンにいる。
 しかし、赤色灯がチラチラ光るホテルの前で、私は呆然と立ち尽くしていた。
 エントランスには黄色いテープが張られていて、警察官や消防隊員が慌ただしく行き来している。館内で事件があったらしく、現場はパニック状態だった。

「代替ホテルの手配なんて、今は無理です! 後日連絡しますから!」

 支配人らしき人に、早口でそう告げられ、私は夜の街に放り出されてしまった。ホテル側の緊迫感に押しつぶされてしまい、それ以上は何も言えなかった。
 慌ててスマホで近くのホテルを探してみたけれど、どこも「満室」の表示ばかり。途方に暮れてため息をついた、その時、脳内に思い浮かんだのは――千切さんだった。
 時刻は20時。
 こんな時間に連絡したら、迷惑だろうか。
 でも慣れていない外国の土地で、一晩外で過ごすのは抵抗がある。
 数十分連絡をするか悩んだ挙句、海外旅行を予定しているので、オススメのホテルとかあれば教えてください!……という体で連絡してみることにした。

『ロンドンで日付近くても予約取りやすいおすすめの宿とかありますか?』と、メッセージを送ってみると、千切さんからはすぐに返事が返ってきた。

 『なんで?』

 まずい。もう現地にいるなんて話したら、なんだかんだ優しい千切さんは気を利かせてしまうかもしれない。焦りながら、慌てて返した言葉は、『深い意味はありません!』という、誰がどう見ても怪しい一言になってしまった。
 私は、千切さんにだけは上手い嘘がつけない。
 心臓をバクバクさせていると、既読がついた瞬間、スマホからは千切さんからの着信を知らせる音が、無機質に鳴り響く。

「は、はい……」

 悩んだ挙句、恐る恐る出てみると『なに? どういうこと?』と、千切さんは呆れながら問いかけてくる。
 
「う、すみません……。実は予約してたホテルが、急遽宿泊できなくなってしまって」
『何時にこっち着くの?』
「……」
『まさか』
「……い、今もう既にロンドンにいて」

 さすがの千切さんも、現地から宿を求めて電話を寄越しているなんて思っていなかったのか、耳に押し当てたスマホの奥から短いため息が落とされた。申し訳なさから、白目を剥きそうになる。

「す、すみません」
『今どこにいんの?』

 一番危惧してた展開を察知して、サーっと背筋が冷える。言葉を濁していると、千切さんからは追撃するように
『そういうのいいから、さっさと言え!』と怒られた。
 しどろもどろになりながら、目印になりそうな場所を伝える。
 
 『あー、そこならあんま遠くないから、15分くらいで着く。動くなよ、心配だし』

 12月の寒空の下。突然のアクシデントと心細い夜に、千切さんの『心配だし』は、じんと私の心を溶かしていく。情けないし。申し訳ないけれど、それ以上に嬉しくて、垂れそうになる鼻水を、ティッシュで拭った。
 ――それから直ぐに、千切さんは来てくれた。半年ぶりに会う千切さんは、相変わらず遠目から見ても美しかった。舞い落ちる雪に街灯が反射して、千切さんの周りだけキラキラと煌めいている。

「荷物、それだけ?」
「は、はい!」
「そんじゃ、タクシー待たせてるから乗って」
「はい! に、荷物まで! すみません!」
「いいって」

 私の手からキャリーバックを取ると、千切さんはタクシーを顎で指した。慌てて持ち直そうとするけれど、それは阻止されてしまう。
 促されるまま後部座席へ乗り込むと、千切さんも私の隣へ滑り込んでくる。扉が閉まり、タクシーが発車すると、外の冷たい空気と街の喧騒がゆっくりと遠ざかっていく。
 
「千切さん、お久しぶりです」
「うん、久しぶり。……てかさー、言えよ。来るなら」
「だって、言っちゃうと千切さんに会いに来たみたいでキモイじゃないですか」
「別にキモくねぇよ。それとも、俺に会いたい気持ちは欠片もなかったわけ?」
「うっ、いや!その、いきなり決めちゃったから、悪いかなって」
「なんで。俺は帰国する時、絶対あんたに会いたいと思って帰ってるけど。それもキモイ?」
「……それは、キモくないです。ズルいです。」
「ふは、なんだよそれ」

 千切さんはケタケタ笑う。
 普段どちらかと言うとクールな表情が多い千切さんだけど、何かにツボっている時、意外と大きく口を開けて笑う。密かに好きなところの一つである。
 ……なんだか直視出来なくなって、窓の景色を見るふりをして、顔を背けた。
 窓の外では、白い雪が街灯に照らされながら静かに舞っている。濡れた道路に赤や白のライトが滲んで、見慣れないロンドンの夜景が流れていく。
 
「あのさ、やっぱりいきなりだったから良いホテルは取れなかった」
「全然いいですよ、寝られたらどこでも」
「良かった。んじゃ、俺ん家ね」
「…………え」
「前にこっちの俺の家気になるって言ってたじゃん? 丁度いいしさ」

 確かに、それなら一石二鳥ですね!――と、なるわけが無い。いくら千切さんといえど、いや、寧ろ千切さんだからこそ、私が一晩共に過ごすなんて、考えただけでも致死量の緊張が走る。

「ダメです! あの、あれです。パジャマ持ってきてないから」
「心配そこ? いいよ、なんか適当にジャージでも貸すし」
「私が匂いフェチの変態だったらどうするんですか!? 嗅ぎ回しますよ!?」
「はあ? 遠慮しなくていいってば」
「……」

 千切さんの匂いが好きなのは本当なので、少しだけ罪悪感を抱いたのは内緒である。
 その後もそれっぽい理由をつけてやんわり断ってみても、上手く交わされてしまい、最終的に「……嫌なの?」と聞かれ、嘘は付けなかった。
 口で千切さんに勝てるわけもなく、私は完全に敗北してしまったのだ。
 しばらくすると、タクシーは大通りを離れ、静かな通りへ入っていく。雪の積もった歩道、整然と並んだ街灯、夜でもどこか上品な雰囲気の建物が続いていて、窓から見える景色だけでも、ここが私の暮らしている日本とはまるで違う場所なのだと実感する。
 やがてタクシーが速度を落とし、大きな建物の前で停まった。

「着いた」
「……え」
 
 そこには、周囲の建物よりひときわ目を引く、洗練された高層マンションが建っていた。
 エントランスには明るい照明が灯り、ガラス張りの扉の向こうには、まるでホテルのようなロビーが見える。
  千切さんがロンドンで暮らしていることも、プロサッカー選手としてそれなりに成功していることも、知ってはいたけれど、それでも実際に目の前にすると、なんというか。

「デカ……」
「そう?」
「はっ! お、大きいですね」
「……お前ってさ、意外と口悪いよな」
「う、」
「かわい」

 ぼん!と顔が熱くなった。
 頬を撫でる夜の風は冷たいはずなのに、内側からじわりと熱が拡がっていく感覚がする。
 私は、この人のこういう飾らない言葉に、弱い。

「行こ」

 私が千切さんの家に圧倒されている間に料金を支払われてしまった。せめてタクシー代だけでも!と財布を取り出そうとした手は、千切さんの右手に捕まって、そのまま指を絡められてしまった。
 千切さんは空いた反対の手で私のキャリーケースを受け取ると、何でもないことのように引いていく。
 
「う、うう、なにかお礼をさせてくださいね! このご恩は忘れません」
「大袈裟すぎ」
「……なんか緊張してきました」
「今さら?」
「今さらです」
「ふはっ、大丈夫。取って食ったりしないから」
「……」
「何、その顔」

 真っ赤になっているであろう私の顔を見て、千切さんはまた楽しそうに笑う。そのまま二人で、暖かな光の漏れるエントランスへ足を向ける。
 自動ドアが開くと、暖かな空気に包まれていて、外とは別世界みたいだ。
 広々としたエントランスには、落ち着いた色合いのソファや観葉植物が置かれている。奥のカウンターでは、スタッフらしき男性がこちらに気づいて立ち上がった。
 
「Good evening, Mr. Chigiri.」
「Good evening.」

 千切さんが自然に英語で返す。日本にいる時は、当たり前みたいに日本語で話しているから、こうして海外で英語を使っている姿を見ると、少しだけ新鮮だった。じっとその横顔に見惚れてしまう。

「行こ」
「は、はい」
 
 左手は千切さんと繋がったままだった。
 
 エレベーターに乗り、扉が閉まると、鏡張りの壁に私たち二人の姿が映った。
 半年ぶりに会えたことと、今からこの人の家に行くという事実が重なって、急に現実味が増してくる。
 寒さのせいなのか、緊張のせいなのか、はたまたその両方からなのか、顔も耳も赤みを帯びている。
 ふと、鏡越しに千切さんと視線が重なると、また彼はふっとやさしく笑った。
「なに?」
「え?」
「さっきからそわそわしてる」
「……してません」
「してるじゃん」
「じゃ、じゃあしてます」
「なんだそりゃ」

 千切さんはそれ以上追及せず、口元だけで笑った。
 ソワソワするに決まっている。
 私たちはお付き合いこそしてないものの、お互いに好意を持っていることは伝えているし。
 私は半年経った今でも相変わらず千切さんが好きなままだ。……そして、自惚れでなければ千切さんも同じ形のハートを持ってくれている。
 緊張しないわけがない! 変な意味でなく!
 降り積もる雪よりも真っ白な頭で、ぐるぐると思考をめぐらせていると、いつの間にか一室のドアの前で千切さんの足が止まった。
 ルームキーをかざし、扉を開かれる。カチコチに固まる私を、千切さんは「さっさと入る!」と睨んだ。

「……お邪魔します」
「どうぞ」

 ぱたりと扉が閉まり、ドクドクとうるさい心臓が私の胸元を内側から叩くように鳴る。
 前に見せてもらった日本の部屋とは、当然だけれど全然違う。家具も、窓から見える景色も、壁に置かれた小物も。ここで千切さんが毎日を過ごしているのだと思うと、なんだか不思議な気持ちになった。

「……なんか、変な感じですね」
「何が?」
「千切さんが、ここで生活してるんだなあって」
「まあ、住んでるし」
「それはそうなんですけど……」

 なんだか、千切さんの知らない一面を覗き見しているような気分になる。そんな私を見て、千切さんは小さく笑った。

「とりあえず、荷物そこ置いといて。ベッド、使っていいから」
「な、だめでござんす!私はどこでも寝れます」
「ござんす? いや、さすがに女を床とかソファに寝かすような事はしたくないし」

 女に……。その言い方が、なぜだか引っかかった。
 女の子を部屋にあげたことがある人の言い方だったから。いや、もう大人なのだし、千切さんは引く手あまたなのだから当たり前なわけで、寧ろ私がここにいることの方がイレギュラーだし。
 なんて、自分の中で芽を出しそうな嫉妬心を無理やり枯らした。
 
「基本的に家に人上げないから、来客用の準備とかなくて悪い」
「……イエ!」
「なんだよさっきから。……一緒に寝る?」
 
 千切さんはいたずらっぽく笑うと、ベッドに腰を下ろして、隣に来るようにマットレスを叩いた。
 何言ってるんですか!とノリよく返したいのに、取り除き損ねた嫉妬がまだ残っていて、
「ちゃ、チャラい……」
 と口走ってしまった。

 口にしてすぐ、訪れたのは後悔だった。
 いきなり連絡よこして、家にあげてくれた千切さんに向かって、私はなんて不義理なんだろうか。
 千切さんは割と考えていることが顔に出やすく、ケラケラと笑っていた表情はスッと潮を引くように、静かになった。
 
「そりゃがっつきたくもなるでしょ、好きな女家にあげてんだから」
 
 ――そう吐き捨てるように告げると、仁王立ちをしたまま固まっている私の腕を引いた。
 力強く引き寄せられて、体勢を持ち直すこともできないまま、千切さんの腕の中にぽすんとダイブする。

「……ち、ちぎ、りさ……」
「嫌?」
「……っ、」
「ミョウジって嫌なことは嫌って言えるもんね、ビビりなのに。そういうとこ、結構好き」

 抵抗を見せない私に、千切さんは安堵したように息を落とすと、そうっと背中を撫でた。触れた所から、千切さんの体温が広がっていくのがわかる。くすぐったい様な、なんとも言えない感覚。
 そうっと、千切さんの背中に腕を回してみる。さっきよりももっと距離が近くなった気がして、心音が聞こえてしまいそうだった。

「お迎え、来てくれてありがとうございます」
「うん、どういたしまして」

 千切さんの身体、あったかいなあ。代謝が良くて基礎体温が高いのかなあ。
 温もりに包まれていると、瞼が重くなっていくのがわかった。
 ――やばい、寝てしまいそう。まだお風呂も入ってないし、メイクも落としてないし、寝落ちなんて絶対だめ。千切さんにも久しぶりに会えたんだし、話したいことも聞きたいことも沢山あるのに。

「……千切さん、会いたかった」
「! 俺も」
「千切さん、好きです」
「起きてからも言えよ、それ」

 寝ぼけてぼうっとしていたせいで口元が緩くなってしまった私は、包み隠さない本音を丸出しにしたまま、意識を手放した。千切さんの匂い、落ち着く。大好き。千切さんのこと、大好き。
 
 どれくらい眠ったのか分からない。
 次に目を覚ました時、カーテンの隙間から差し込む淡い光が、見慣れない天井をぼんやり照らしていた。

「……ん……」

 まだ完全には覚醒していない頭で、身体を少し動かす。すると、すぐ隣から規則正しい寝息が聞こえた。

「……あ」

 一気に、昨夜のことが蘇ってくる。ロンドン。ホテル。千切さん。タクシー。そして――抱きしめられたこと。

「…………」

 そっと隣を見ると、千切さんはまだ眠っていた。普段、画面越しや電話越しでしか知らなかった寝起きの姿が、今はすぐそこにある。長い睫毛も、少し乱れた髪も、力の抜けた表情も、いつもの隙のない姿とは全然違って見えた。
 そして、千切さんはやっぱり寝顔も綺麗だった。
 つい数ヶ月前まで、この人は「お客様」だったのに。今では、私の隣で眠っている。その事実が可笑しくて、少しだけ笑ってしまう。
 すると、閉じていた瞼がゆっくり持ち上がった。

「……なに笑ってんの」
「ひっ」

 寝起きの低い声に、思わず肩が跳ねる。

「お、おはようございます……」
「ん。おはよ」

 千切さんは眠そうに目を細めたあと、私の顔をじっと見る。

「……また照れてる」
「いえ……」
「昨日あれだけ好きって言っといて、今更照れる?」

 その瞬間、昨夜のやり取りが走馬灯のように一気に流れ込んでくる。
 
「……わ、忘れてください」
「やだ」
「ね、寝ぼけてましたし……」

 千切さんは身体を起こしてから、気だるげに背伸びをした。その姿は、猫みたいで少し可愛い。

「でも本心だろ」
「…………」

 返す言葉がなくなってしまう私を見て、千切さんは満足そうに笑った。昨夜のことは、思い出す度に恥ずかしくて、穴に埋もれたくなる。けれど、不思議と後悔はなかった。

「……迷惑かけちゃったけど、千切さんに会えて嬉しいです」
「うん、俺も」
「ここに来られて、よかったです。千切さんの部屋も、行きたかったし」
「……そっか」

 ただ、私の頭をぽん、と軽く撫でた。
 千切さんは、時々びっくりするくらい甘い表情をして私を見ることがある。まさに今がそうだった。寝起きでボサボサの髪をした私に向けられるその表情に、胸がいっぱいになる。

「じゃ、そろそろ起きる?」
「はい」

 そう答えた瞬間、私は、次に千切さんに会えたら伝えようと思っていたことを思い出した。
 想定していたより早く会えてしまって、ぶっつけ本番状態ではある。何度も言い直して、何度もシミュレーションした言葉。それでも、いざ本人を目の前にすると、ちゃんと伝えられるか分からない。

 だけど――もう、決めた。

 千切さん、と名前を呼ぶ声は、緊張で少し上擦った。

「私、決めてることがあるんです」
「ん、なに?」
「千切さんも仕事も大切なんです。仕事があったから千切さんに出会えたし、千切さんに出会えたから仕事がもっと好きになったんです」
「うん」
「実は、こっそり転職活動をしてまして」
「……ん?」
「私、こっちの不動産会社に勤務することが決まりました!」
「は、え、」

 言いたいことが、沢山あった。事前に伝える時のシミュレーションを何度もしていたというのに、高揚感が先走ってしまい、上手く言葉が並べられない。
 千切さんは大きな目を見開いて、驚いていた。いや、もしかしたら、あまりの展開の速さに呆れているのかもしれない。

「千切さんも大切な時期なので、事後報告になってしまってごめ――」

 ごめんなさい、と伝える前に、言葉は奪われてしまった。
 あ、と思った頃には、形の綺麗な唇がスローモーションみたいにゆっくり離れていく。
 キスをされたんだ、と実感した瞬間、ぶわりと身体が火傷したみたいに熱くなった。

「……ほんっと、ミョウジさんって心臓に悪い」
「ち、千切さんには負けますよ」

 千切さんは、まだ少し驚いたような顔をしていた。それでも、その目だけは迷っていなかった。出会った頃から変わらない、真っ直ぐな瞳をしている。

「結婚して」

 薄い水の膜で覆われたような千切さんの目が、じっとこちらを見つめていた。今度は、迷うことなく頷く。

「……はい」
「即答?」
「私、もう決めてきたので」
 
 千切さんは一瞬だけ黙って、それから、ふっと柔らかく笑った。私の、大好きなあの表情で。――と、そこでふと我に返った。

「……あ」
「ん?」
「……私が、結婚してくださいって言おうと思ってたのに」
 
 プロポーズの返事を、何度もシミュレーションしたのだ。どうやって切り出すか、どんな言葉ならちゃんと伝わるか。日本にいた頃から、ずっと考えていた。
 
「……先に言われちゃった」

 恨めしそうに呟くと、千切さんは一瞬ぽかんとしたあと、堪えきれないように笑った。

「ふはっ。何それ」
「笑わないでください!」
「だって、ミョウジさんらしいじゃん」
「私、ちゃんとプロポーズするつもりだったんですよ」

 ――帰る場所があると、飛び立てる。
 昔の私が、何気なく口にした言葉。あの時は、それがこんな未来に繋がるなんて思っていなかった。
 たくさんの部屋を見て、たくさんの人の暮らしを想像して。
 そうして辿り着いたのは、きっと一番探すのが難しかった場所だった。
 誰かのための「帰る場所」じゃない。
 私たちが、これから一緒に帰る場所。

「……千切さん、いや、ひょ、豹馬くん」
「はい、なんでしょうナマエちゃん」
「これからも、よろしくお願いします」
「ふ、こちらこそ」
 
 ぎこちなく名前を呼ぶ私を見て、合わせて豹馬くんも私の名前を呼んだ。違和感に耐えきれず、二人で顔を見合わせて笑ってしまった。……なんか今すごく幸せかもしれない。
 ――ああ。
 私も、この人のいる場所を「帰る場所」にしていいんだ。
 プロサッカー選手の千切豹馬に物件を紹介するだけのはずだった。なのに気がつけば、私は彼と一緒に、これからの人生の「帰る場所」を探していた。