「来たぜ」

イルーゾォの言葉に、ソルベとリゾットが腰を上げた。
納骨堂に置いた鏡に、ボスは気付かなかった。
そして、ソルベの仕込んだ影にも。
正確な日付は分からなかったが、康一くんの渡航予定にアクセスして、このサン・ジョルジョ・マジョーレ島での決戦日を逆算した。
そして、1週間前からここで準備をしていた。
自分の意思でここに決めたボスには、想定のしようもないことだ。
運命の車輪ですら一度も進んだことのない道が、今切り開かれようとしているのだから。

「気を付けて、リゾット、ソルベ」
「Aye、シニョリーナ」

気負いすら感じさせずウィンクして見せたソルベと、そっと黙したまま頷いたリゾットはスッと姿を消した。
言い知れぬ不安はあるが、ここにはみんながいる。
イタリア1の暗殺者たちが。

「リーダー、ソルベ、お前らが鏡から出ることを許可するぜ」

納骨堂に、ボスがおりてきた。
片腕を失ったトリッシュを抱えながら。
彼女には悪いが、運命は私の知る通りに動いている。
ボスとトリッシュ、ボスを追いかけて納骨堂にジッパーで先に降りてきたブチャラティ、そして誰よりも先に闇に潜む二人の暗殺者。
鏡の向こうを食い入るように見つめる。

「そのまま帰った方がいい……ブローノブチャラティ」
「ペッシ、焦るなよ」
「り、了解ですぜ……プロシュート兄ィ……」

ペッシの釣り針がソルベの影に導かれてゆっくりと進んでいく。
見えなければ、知覚できないというのが、私たちの答えだ。
リゾットの透明化はエピタフによって見破られてしまうが、ソルベの影で暗闇を覆い、その下を通せば、エピタフが岩の向こうを見通せないように、影の下も見通せないはずなのだ。

「その柱から出たら……お前は死ぬことになる」
「スティッキィ・フィンガァー!!」

ボスはトリッシュを落とし、ブチャラティの腕をつかんだ。

「いま!!」

私の声とほぼ同時に、ペッシはビーチ・ボーイでトリッシュに釣り針をかけ、影の下へと引きずり込んだ。
ブチャラティとボスの驚く声がする。
たとえ時を飛ばされても、ボスにはこのイルーゾォの鏡の中に入る術などない。
トリッシュが鏡に映る位置まで引きずられ、そして鏡の中へとやってきた。
や、やった!
意識のないトリッシュを受け止めて、タイミングを奪ったせいで止血できていない腕から流れる血をギアッチョに止めてもらう。
すごい、これで、喜んだ瞬間、時が跳んだ。

「え……」

トリッシュを抱えたまま、私は目を見開き、血を吐きだすブチャラティを見てしまった。
そんな。
一瞬にして絶望のビジョンが過った私の手を、ジェラートが握った。

「まだ、不測の事態じゃない!!」

ボスが血とカミソリを吐いた。
ブチャラティの流血はメタリカによって止められ、ビーチボーイの針先が彼を捕らえる。
イルーゾォの射程に入ったブチャラティは即座に鏡の中へと引き摺り込まれる。

「ギアッチョお願い!止血を!!」
「リーダーがやってる!それに、よく見ろ、そんな重傷じゃねえだろうが」
「え……!?」

トリッシュをプロシュートに預けてブチャラティに駆け寄る。
腰のあたりから脇腹へと酷い傷があるけれど、死ぬほどじゃない。
意識も、ある。
ソルベの影がきっと守ってくれたのだ。
鏡にやや張り付いている影がきっとその証拠。

「よ、よかった……」
「きみは、一体……トリッシュは……」
「トリッシュは無事よ。あなたも、すぐにジョルノに治してもらえるわ」

体が震える。
この腕の中に、失われるはずだった魂が残っているのだ。
何年も、何十年も、望んだ未来をいま、手に入れているのだ。

「リーダー!!」

イルーゾォが叫んだ。
嫌な、予感がした。
何度も時が跳んだ。
リゾット……?

「だめだ、あんたはここから出ちゃいけない」
「はなして、メローネ……」

嫌な、予感がしたんだ。
言い知れぬ不安が、腹を食い破って出てきたような錯覚を覚えた。
ブチャラティを助けて、あなたを失うの?
鏡の向こうで、ぐらりと傾ぐリゾットを見た。
あぁ、失敗した。
やっぱり連れてきてはいけなかった。
満足すべきだった。
彼らを助けたつもりになって、欲を出したせいで、最悪の事態が起きてしまった。

「おねがい、はなして……」
「ペッシィ!!」
「う、うぉおおおお!!リーダァアア!!」

ペッシのビーチ・ボーイがリゾットの手を這い上って引き上げた。
リゾットは釣り糸に引きずられながらなおメタリカでボスの鉄分を奪おうとしている。
それは、まだ、生きているということだけど……。
時がとんで、釣り糸が切れた。
イルーゾォの射程範囲外だ。
まるで私の記憶にあるブチャラティのように腹を貫かれたリゾットが、倒れ伏したまま起き上がってこない。

「リゾット!!」

花が、無数の花が咲いた。
半透明で脆く崩れやすいガラスのような花は納骨堂の床を埋め尽くすほどに咲いて、鏡の外の誰もがそれを意図せず壊した。
怯え踏鞴を踏んだソルベも、身動いだリゾットも、一歩踏み出したディアボロも、皆等しく私の悪夢を見た。
まるで実体験のように。
そして、誰も動けなくなった。

「ソルベ!」

ボスが現状を理解するより早く、ソルベが動いた。
影を使ってリゾットを引き寄せ、イルーゾォの伸ばした手を掴んだ。
リゾットたちより多くの花を踏み砕いたのか、未だ微動だにしないボスを捨て置き、全員で鏡の中を走った。
ギアッチョが止血を行ってリゾットを背負い、ジェラートがソルベを、プロシュートがトリッシュを、ホルマジオがブチャラティを抱えて、そしてメローネが私を立たせて手を引き階段を上った。
用意した鏡が、上の礼拝堂にあるのだ。
そこまで行けば、ジョルノ・ジョヴァーナがいるはずだ。

「いた!ジョルノ!リゾットを治して!!」
「ジョルノ・ジョヴァーナ!貴様が入ることを許可する!」

イルーゾォがジョルノを鏡の中に引き込んだ。
ジョルノは引き込まれたことに驚きつつも、意識のないトリッシュと負傷したブチャラティを見て戦闘態勢に入った。

「ブチャラティ!これは一体……?」
「やめろ、ジョルノ……彼らが助けてくれた……彼を、治してやってくれ……」
「お願いジョルノ!早くしないとリゾットが死んでしまう!!」

ジョルノは逡巡したが、すぐにリゾットに駆け寄りゴールド・エクスペリエンスで傷を塞いだ。
リゾット、お願い、死なないで。

「ごめんなさい……私が、分不相応な、欲をかいたばっかりに……お願いよ、死なないで……お願い……」
「大丈夫ですよ、お嬢さん。ほら」

ジョルノに優しく背を撫でられ、彼の声に促されるまま顔を上げると、リゾットがゆっくりと目を開くところだった。
赤い瞳に、涙が溢れ出た。

「……泣くな。悪かった、全てを終わらせられるかと思うと、気が急いた」

文句の一つも言ってやろうと思ったのに、口を開けば嗚咽しか出なかったので、リゾットを抱き抱えたまま顔を伏せた。
本当に、ジョルノが少し遅かったら、リゾットは死んでいたのかもしれない。
後悔が私を指して罵ってくる。
自分のエゴに、他人を巻き込むからこんなことになるんだ。

「ごめんなさい、ごめんなさい……あなたを失うところだった……彼らからあなたを奪ってしまうところだった……私のせいで……」

リゾットは首元で泣きじゃくる私をそのまま抱えて起き上がると穴の空いていた腹部に私の手を当てた。

「俺は生きている。お前の記憶のおかげだ。俺が死にかけたのは、俺が急いたからだ。お前の立てた作戦通り、多少ダメージを与えられた時点ですぐに戻るべきだった」

温かい。
天国へ向かった彼のように冷たい手ではない。
ぎゅ、と手を握れば確かな鼓動が感じられる。

「リゾット……」
「いいな、それ。なあアメリア、俺も生きてるぜ、腹触ってよ」
「空気読め変態ヤローが!!」

ギアッチョとメローネを皮切りに、張り詰めていたような空気が弛緩した。
ふと思い出したようにホルマジオが肩を貸していたブチャラティを地面に下ろす。

「ジョルノ・ジョヴァーナ!こっちも頼むぜ、死にやしねぇが重てぇからよお」
「ええ、すぐに治します。トリッシュに怪我は?そちらの彼も連れてきてください」