「プロシュート、危なくなったら鏡に一旦退くのよ」
「ああ、分かってる」

アメリアに頷き、崩れた体の男に近づく。
断面は蠢くカビのようなもので覆われており、本来であればすでに出血多量で死んでいるはずだが、失われる血がないせいか意識はまだあるようだ。
ジッポでタバコに火をつけ、紫の煙を吐き出した。

「ぅ、う、あ、ぁ……」

男よりも早くカビが老化して死に、男の断面を覆っていた緑のそれがなくなると容赦なく血が吹き出て数秒とたたず死んだ。

「問題、なさそうね」

アメリアは不安を隠しきれない様子で頷き、リゾットの持つカメの中へと戻った。

「対象は向こうの高台だ、いくぞ」
「ああ」

手鏡の中で暇そうにイルーゾォが頷いた。
悪いがお前の出番はなさそうだ。
向こうのチームにつかせてやればよかったものを。
アメリアの采配は未来を見てきたものの采配であるため疑ってはいないが、些か慎重が過ぎる節がある。
あっちは攻に突出したギアッチョ、リゾットのコンビに予備戦闘員として防のペッシも動員する。
亀を持つチームとはいえ、ギアッチョにリゾットは過剰戦力であるし、向こうのほうが重要度は高いのだから鉄壁の防衛にイルーゾォは不可欠だと思うが、アメリアはこちらにイルーゾォを置くと譲らなかった。

「最悪の場合は任務を放棄してでも離脱、か。舐められたもんだぜ、なァ?チョコラータ」
「貴様……なぜカビない……?」

気色の悪いやつだ。
グレイトフル・デッドはすでに全開だ。
あと5分もすれば崩れゆく老人になるだろう。
まあ、その前に手を下すつもりだが。

「アメリアはカビの生態ってやつを入念に調べたみてぇだ。ああ、アメリアってのはうちのボスなんだが、知ってるか?」
「ボス、か。プロシュート、裏切りは重罪だ……お前はもっと利口な奴かと思っていたがな」
「まあちょっと聞いてくれ。お前を殺すのによォ、あいつは色々頭を捻ったみたいなんだ」

距離を取るべきかチョコラータは悩んだ様子でゆっくりとさらに高台へ向かう階段を登る。
俺にカビが生えない仕組みを観察して見つけようとしているようだが、灯台元暗しというか、自分の手先に老いの枯れが現れ始めていることにすらまだ気付いていない。
俺はナイフを取り出し、一歩、また一歩と近づく。

「カビってのは、なかなか強いもんらしいな。氷点下でも死にやしねぇ……アメリアの培養した好冷菌って言う特殊なカビが、ギアッチョの氷点下40度まで耐えやがった。しかも解凍したら元気に繁殖し始めるんだから、気色悪いぜ」
「それ以上近づくんじゃねぇ!」
「んで、ビビったアメリアはこっちのチームからギアッチョを外した。その代わりに俺が入って、カビの試験をした。結果は見ての通りだ」
「近づくなって……言ってるだろうがよぉおおお!」

飛んできた奴の分離した腕を掴み、一気に老化させた。
予めアメリアからチョコラータは自身の体を自切して自由に動かすことができると聞いていたから、新鮮な驚きはない。
すでに、死はそこまで近づいている。

「当たり前だが、カビの寿命ってのは人間よりことごとく短い。さて残念だが、時間切れみたいだな」

沸いては死にゆくカビを踏み砕きながら、その発生源へと近づきナイフで首をかき切った。
血が吹き出してナイフと俺の手を汚す。

「プロシュート、まだだぜ」
「チッ、往生際の悪い……」

死体になればイルーゾォの鏡の中にも現れる。
アメリアから『徹底的に』と指示を受けている以上、油断などしていないが流石に少し驚いた。
おそらく死んだように見せかけるため血を吹き出させたのだろう。
なんて奴だ。

「ヒ、ヒヒ、ゼッゴォ……ごぶぉ……セッコぉおお!殺せぇええ!!」

ごぽりと、地面が脈打った。
これは!

「おいおい!!あっちは何やってんだ!?」
「プロシュート!」

即座に鏡から伸ばされたイルーゾォの腕に捕まり鏡の中に引き摺り込まれる。
その直後、俺がいたところを高速の拳が殴り、そして凍りついた。
が、割り逃れると地中に腕が消えた。

「見ろよ、プロシュート。ギアッチョだ。あいつ取り逃したのか?」
「それよりチョコラータの始末を……」

俺が言いかけた途端、なぜか血まみれのセッコの拳が残骸にも似たチョコラータの朽ちかけた顔を打ち砕いた。
死体と化したそれが鏡の世界に現れる。
仲間を、殺したのか?
ゆっくりと地中から現れたセッコは全身から血を吹き出しながらもしっかりと立ちチョコラータの肉塊を見下ろす。

「ぼろ、ボロ、じゃ、ねーかよ、チョコラータァ……負けちまってよぉ……そんなカス、全然好きじゃ……ねぇえええぜ!!」

弾丸の速度すら超えた氷の礫がセッコの肩を貫く。
心臓を捉える軌道だったが、とっさに反応したのか肩のみの負傷だ。

「クソがァ……避けやがってよォ……逃げ回ってんじゃねぇぞ!」
「あァ?」

凍てつきが地上に出ていたセッコを襲うが、奴は即座に地中へと消えた。
まずい、このままだと逃げられる。

「イルーゾォ、次やつが鏡に写ったら本体だけ引き摺り込め」
「ああ、そのつもりだ」

とぷん、と釣り針が地中に落ちた。
ペッシのビーチ・ボーイだろう。
針先を追うように微かに見える糸をギアッチョが追いかけた。
イルーゾォの鏡から出ると、泣きそうな顔でペッシが駆け寄ってきた。
リゾットの姿はない。
代わりにブチャラティが亀を持って傍らに立っていた。

「兄貴ぃ!」
「おい、リゾットはどうした」
「アメリアが、アメリアが殴られてよぉ……!」
「死んだのか?」

反射的にブチャラティの持つ亀を見たが、中には心配するなというように手を振るアメリアがいる。
自分でもあからさまなほどにほっとしたのを感じて気を引き締める。
たった数か月のうちに随分ほだされて仲間意識が強くなったものだ。
アメリアが亀の中から出てくるのに手を貸して引き上げてやると、開口一番に殴られてないわ、といった。
現状を理解しきれていない俺たちをそのままにアメリアは近くの死体から車のキーを取り出し運転席に乗り込むとさっさと乗って、とドアを開けた。
運転席にいるアメリアを助手席に押しやり、ブチャラティたちが乗ったのを確認してアクセルを踏み込んだ。

「セッコに話を持ち掛けようとしたんだけど、殴られかけたの。とっさにリゾットが体を引かせてくれたから大した怪我はないんだけど」
「アメリア、報告は正確に行うべきだ。拳はよけたが奴の放った礫が彼女の目を抉った。ジョルノが治さなければ頭を打ちぬいたそれで死んでいただろう」
「Grazie、ブチャラティ。読めたぜ」

深くため息をついてビーチ・ボーイの針先を追う。
アクセルベタ踏みで直線を走れば、すぐにギアッチョの後ろ姿がしばらく先に見えた。

「大方姿消して追ってるのか先回りしてるんだろ。……で、リゾットは冷静だったのか?」
「冷静とは、言えないかもしれない。素人の私でも分かるほどにすごい殺気だったから」
「うん……お、オイラちびるかと思ったぜ」
「すぐにブチャラティとジョルノが庇うように出てきてくれたからよかったものの、あのままだったら気を失ってたわ」
「……おめーよ、自覚しろよ、本当に。お前が死んだらリゾットが暴走するって分かってんだろ」

助手席で困ったように眉尻を下げるアメリアの髪をかき混ぜる。
アメリアは答えない。
知っている。
何かを隠すように、握りしめるように、アメリアは手元を見つめた。

「なんだそれ?」
「聞かないほうがいいわ……私も、あまり言いたくない。というか、持ちたくない……」

一瞬、そこから感じる確かな気配に嫌な想像をして詮索をやめた。
世の中には知らないほうがいいことが確かにあるのだ。

「……それよりな、おいおめーら!アメリアのボディーガード受けもっといて何してたんだ!ホルマジオ、メローネ、ソルベ、ジェラート!遊んでんじゃねぇぞ!」

ぎゃあぎゃあと亀の中から反論が聞こえたが無視してアメリアを押しやると亀の中から迎えのように影が伸びて引きずり込んでいった。
カメの中にさえいりゃあジョルノもうちの役立たずどもも守ってくれるのだからアメリアには外に出ないでもらいたい。
正直、ブチ切れているリゾットの気持ちも分かるし、俺だってその場にいたならブチャラティだの作戦だの投げ捨てて殺しに走っただろうが、だからこそアメリアは自覚すべきなのだ。

「イルーゾォ、お前もアメリアにつけ」

車内ミラーに映ったイルーゾォがひらりと片手を振って消える。

「や、やべえ!止まれプロシュート!!」

先を走っていたギアッチョが氷塊で車をスリップさせた。
即座にブレーキを踏むと、タイヤがロックされてギアッチョの作り出した低い氷壁に沿って止まる。

「おい、なんーーー」

無数のメスが上空から勢いをつけて降り注いだ。
リゾットだ。