殺したはずのポルナレフが生きていて焦ったのか、ボスが姿を見せた。
予定よりずっと早い。
ブチャラティを伴わずとも市中で戦う一行を見ていれば行き先を推測することはそう難しくないが、到着早々ポルナレフが襲われるのは想定外だった。
作戦では到着後すぐにジョルノのスタンドをレクイエム化するつもりだったために、リゾットたちにもこの後の展開については詳しく話していない。
念のためにとレクイエムの倒し方は伝えてあるが、シルバーチャリオッツレクイエムがもたらす作用、魂が入れ替わるだとかそう言ったことは私しか知らないのだ。
ああ、まずい、このまま、では……。
必死に起きようとするのに、眠気がーー。
ハッと意識を取り戻した時にはすでに朝日が登り出していた。
「私は、誰と……」
自分を見下ろして、察する。
うそ、でしょ。
笑いがこみ上げてきた。
私が、まさか、ディアボロに乗り移るだなんて。
「はは、ははは……やった!やったわ!なんてこと!運命は私にあなたを殺せと言っている!」
真っ先に目覚めたのが私でよかった。
コロッセオから走り出て車の窓ガラスを割り砕く。
火事場の馬鹿力を発揮した私の力か、それともボスの身体能力なのだろうか。
どちらにしたって愉快でしょうがない。
簡単に割れたその破片を取り上げて首に当てる。
頸動脈の位置なんて知らないが、興奮か緊張か激しく血が通う部分は容易に分かった。
過去、起きたはずの未来でジョルノの体は鉄柵に貫かれ死んだが、実際に死んだのは入っていた魂のナランチャだ。
死んだ肉体に入ったドッピオも死んだ。
レクイエムが終わり、死んだ肉体に戻ったブチャラティも死んだ。
だから、ここで私が死んでも、この肉体さえ死んでしまえば道連れにできるのだ。
ゆっくりと歩くレクイエムが私にぶつかってきたのが不気味だったけれど、無機質な影のようなそれは私に興味を示すこともなく首元に矢の痕跡を連れてさっていく。
一体なんだったのだと思うまもなくコロッセオから見覚えのある自身の肉体が必死な形相で走ってきた。
「や、やめろ貴様ぁああ!!」
「無様ね、私の体の居心地はどうかしら。気に入ってくれると嬉しいわ」
頸動脈にガラスを食い込ませた。
痛みが警鐘を鳴らすが、それこそが私が何年もの間臨み続けたもの。
この奇妙な物語の終幕と、私自身の解放。
これで……終わり。
だと思ったのに、時が消え飛んだ。
流れ出る首の血を止めたのは私の体だった。
「どっちでもいいのよ、私の体が死んでもあなたは死ぬのだから」
私の首を掴んで握り締めれば、貧弱な体はすぐに持ち上がった。
私の肉体では敵わないと思ったのか、キングクリムゾンが逃れさせた。
便利なスタンド。
でも、もう遅い。
ボスには傷を治す力はない。
流れ出るこの血を止める術は、もうない。
焦ったようにキングクリムゾンで私の、いや、彼の肉体から流れる血を止めようと必死に抑えるディアボロを笑う。
「ねぇ、死って案外安らかよ……地獄も天国もない。死んだらきっと全て忘れてすぐに生まれ変わるの」
「戯言を……!」
「死の先達の言うことは……聞くべきよ」
ごぽりと血を吐き出す。
目の前が白く霞む。
もうそろそろ、時間だ。
「なんだかんだ……楽しかったわ……」
コロッセオから出てくる人影に笑う。
あらリゾット、あなたアバッキオと入れ替わったのね。
魂の形が見える。
視覚を失ったブチャラティはきっとこんな感覚だったのだろう。
よかった、彼が生き延びて。
リゾットはメスを浮かせると背後の太陽を切りつけた。
だめ、もう少し待って……!
私が死んでいないということは、元の肉体に戻った時ディアボロもまた生きているということ。
「だめ、リゾット……!」
太陽が砕けた。
遠くでレクイエムが消える感覚がした。
生命の流転する進化は私だけに知覚されて何事もなかったように元の形へと還る。
そして、捻れ入れ替わった魂も、元の肉体へと還る。
「なんてことを!早く!ジョルノ!!矢を!!」
ボスは私を殺そうか一瞬悩んだようだけれど、開口一番に矢を手に入れろと叫んだ私を見て得体の知れないそれを追う方を優先したらしくレクイエムの向かった方へ走っていく。
重傷を負い、やがて死ぬとしても、あの矢を手に入れてしまえばどうなるかなんてわからない。
過去の運命では矢に選ばれなかったが、今この現実の中で本当にそうなるのかは誰にも見当がつかないのだ。
リゾットが憑依していたアバッキオはハッと自分の肉体に戻ってきたことを察すると、すぐにブチャラティのもとへと駆けた。
入れ替わりにリゾットが走ってきた。
隣にジョルノもいる。
「ジョルノ!!」
「いいえ」
本来の肉体へと戻ったジョルノは私の首に手を当てて微笑んだ。
「あなたを治すのが先です」
ゴールドエクスペリエンスは私の肉体に現れた真新しい傷を塞ぐ。
違う、そんなことをしている場合じゃないのだ。
「誰かボスを追って!矢を手に入れるのよ!!」
「俺たちのボスはお前だ、アメリア」
「そういう話をしている場合じゃないのよ、リゾット!急がなければ運命は待ってくれない!」
「いいや、運命はお前を掴んだ」
「何を言って……」
リゾットが私の首筋をなぞった。
薄い皮膚の下に、硬質な、手触り。
そんな。
どうして……。
まさか、あの時……レクイエムがぶつかってきたあの時、移ったとでもいうのか?
いや、でも、レクイエムが矢を失ったなら取り戻しにくるはず、なのに……?
「い、いえ、違う、ジョルノ、一思いに取り出して。そしてゴールドエクスペリエンスに突き刺すのよ」
「そんなことは……出来ません。もう良いのでは?ボスは頸動脈を傷つけています。じきに失血で死ぬでしょう?」
「鉄欠乏でもカエルやら人間やらを食べて生き延びる奴よ、確実に殺すまで油断しないで」
ジョルノが出来ないなら、リゾットにやってくれと視線をやるが、無言のまま首を振られた。
あなたたちがやらないなら、私がやるしかない。
首に爪を立てると、矢は逃げるように指先の方へと動き、私の手元に現れた。
握りしめて、初めて気づく。
これは、違う。
形状は完璧に同一のそれだが、簡単に砕けそうで半透明の見た目はよく知るスタンドの花と同じ素材であることを思い知らせる。
そっと、手を握られるような感覚。
滑らかな陶器のような、ガラスのような指先が私の手を握っている。
「記憶は、魂に宿る」
飴細工を握り潰すような、ガラスがゆっくりと割れていくようなそんな音が声になって聞こえた。
あえて分類づけるならなら女性の声にも聞こえる。
不思議と抵抗なく奇妙な声を受け入れ、ええ、と応えた。
そして声も私に応えた。
「私は、魂に宿った記憶を、再現する」
私は矢を握った。
透明度が高く僅かな色彩を溶かしたような薄いそれは、見た目に反して割り砕けるほど脆くはなかった。
シルバーチャリオッツレクイエムが矢に刺された後の魂の具象であるというのなら、私は、私のスタンドは、それを追体験させることができる。
「ジョルノ、ゴールド・エクスペリエンスを」
「……ええ、」
緊張した面持ちでジョルノはゴールド・エクスペリエンスの手を差し出した。
緊張しなくても大丈夫。
あなたは選ばれるもの。
微笑んで矢をジョルノに突き立てた。
私が握っても割れなかったが、ジョルノの肌に触れた瞬間花びらが散るように簡単に砕け散った。
矢に刺された記憶を追体験したジョルノは不思議そうに手を見つめ、ついでゴールド・エクスペリエンスを見た。
サナギから羽化する蝶のように、ゴールド・エクスペリエンスは殻を破り這い出てくる。
物語の終幕を、見た。
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