「珍しいお客様ね」
スピーカーから流れた声にジェラートは足を止めた。
ターゲットの声だ。
S-Bullet社の実質トップであり、知るはずのないことを知っているボスへと続くパンくず。
「歓迎するわ、ジェラート。ソルベはどこ?」
ジェラートは一つ深くため息をついてスタンドを解除する。
バレているなら擬態など意味をなさないし、相手から害意を少しも感じていない。
それに何よりソルベがいる。
カメラを見て指をさした。
「そこだぜ」
スピーカーから僅かに女の悲鳴が漏れた。
まあ殺しの仕事ではないのだからソルベも命までは取っていないだろう。
ジェラートは悠々と監視カメラの前を歩き、ソルベの伸ばした影の糸をたどる。
社長室よりも厳重な警備が敷かれている秘書室へと足を運ぶ。
監視カメラはあるが人の姿はないのが少しばかりきになる。
とことん他者を信用しない性格なのかもしれない。
ふと、影がジェラートの手からすり抜けた。
走っても追いつけないような早さでおそらくソルベへと戻っていく。
「おいおい何だ?ちゃんと道案内してくれよ!」
影を走って追うと、次第に何かが聞こえ始めた。
それが何かを察し、ジェラートはスタンドを発動すると人間よりも足の速い犬に擬態して走り出した。
ソルベの悲鳴だ。
壁越しだからかくぐもって聞こえづらいが、確かに聞こえた。
影は途中で見失ったが、もう必要ない。
ジェラートはオートロックの扉を前に自身の姿へと戻り、乱暴に蹴りつけた。
「ソルベ!どうしたソルベ!!」
悲鳴が止み、嫌な予感に冷や汗を流した瞬間、緊迫した現状に似つかわしくない軽い電子音がしてロックが解除された。
罠だとかソルベがどうして叫んでいたとか考える間も無くジェラートは部屋に飛び込んだ。
「驚いたわ。私は唯一あなた達のスタンドだけを知らないのだもの」
床に横たわるソルベに目立った外傷はない。
色とりどりで半透明な花が女から生えて辺り一面に散らばっている。
ソルベはアレにやられたのか?
女はソルベの傍に座り、子守唄でも聞かせるようにソルベの目元を隠している。
スタンド使いだとは聞いていたが、攻撃性の低いものだったはずだ。
「ソルベから手を離せ」
「そうね」
女は至極あっさりとソルベの目元から手を離し、ジェラートを促すようにその場から離れた。
ソルベの様子がおかしい。
焦点の合わない目を見開き、涙を流しながらはくはくと池の魚のように空気を取り込もうと必死になっている。
罠かもしれないとは思いつつ、ソルベに駆け寄る。
硬質な花を踏み砕き、ソルベへたどり着いた瞬間、悪夢がジェラートを襲った。
ソルベが足の先から輪切りにされ、ジェラートはその様子を見ながらショックで窒息死する。
二度三度同じ光景を体験して、意識を取り戻すように荒い息と共に現実に返る。
今のは何だ。
頬を伝うのは冷や汗かそれとも涙か。
おぞましい光景の記憶に吐き気がこみ上げた。
「ねえ、お願いよ。こんな未来になりたくなかったら私を探って満足して。わざわざ回避できる虎の尾を踏んで無残に殺される必要はないわ」
女は、アメリア・バレッティはそう言って涙を一つこぼした。
あまりに悲しそうな表情に、彼女が詰めた距離にも気付かずジェラートはあっけに取られる。
「私は、忠告しかできない」
アメリアの手がジェラートに、ソルベに触れた。
フラッシュバックする恐怖の記憶にとっさに振り払おうとしたが、それよりも早く花が咲いて砕けた。
脳裏に浮かぶ映像は暗殺チームのただの日常だ。
ホルマジオが猫と遊んでいたり、メローネが猥談をギアッチョに持ちかけてブチ切れられていたり。
入れ替わり立ち替わりチームの面々が現れては消える。
それは殆どがリゾットの視点らしきものばかりだったが、だとするならあの悪夢は一体誰の視点だったのだろう。
ジェラートは次第に落ち着いてくるのを感じながら、ソルベを守るように抱えて思考する。
幸い、アメリアは最初からジェラート達に害意はない。
「仕事があるからもう行くわね。少し休んだらおとなしく帰りなさい」
アメリアが手を振ってスタンドを解除すると日常のフィルムがハサミで切られたかのように突然終わった。
何の未練もなく部屋を出ていくアメリアの背を見送り、ずいぶん疲弊した様子だが意識を取り戻したソルベに良かったと微笑む。
「ジェラート……」
「うん、ソルベ」
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