「またか……」
リゾットは酒気が漂うホテルの一室で短く呟いた。
しかし今回はこちらの問題だ。
ベッドで眠るアメリアの側にガラスのような花が咲いているのを見て少し躊躇い握りつぶした。
アメリアは自身から咲く花はあまり見せたくないらしく、以前触れようとした時はひどく焦った様子でスタンドを全て解除してしまっていた。
それほどまでに見られたくはない記憶とは一体何だったのだろうか。
握りつぶした花の記憶は普段金の受け渡しの際に使われるものだった。
金と性欲で結ばれているアメリアとの関係だが、寝ている彼女を起こしてまでしたいと思うわけではない。
おそらく彼女は寝てしまうと察して花を咲かせたのだろうが、対価として何も渡さずにこの花を受け取ってもいいものだろうか。
迷った挙句、リゾットは上半身だけ脱いでアメリアのすぐそばに横になった。
2人分の体重を受け止めても上質なベッドは僅かに沈む程度で軋む音すら立てない。
涙の痕跡があるアメリアの頬を撫で、そっと抱きしめた。
胸に抱けばそのあまりに細い華奢な体が、乱暴に扱えば壊れてしまうのだと諭してくる。
アメリアはリゾットの体温に安堵したのか鍛えられた胸板に頬をすり寄せた。
最中に涙を落とした時も抱きしめてやると安心した様子で縋り付いてくることが多かった、とリゾットは観察と思考をのんびり行いながら久しくなかった微睡みを楽しんだ。
思い返せば辛そうに泣く姿はここ最近、いや、一年ほど前から徐々に増えていた。
悩んでいるなら相談くらいには乗るし、それが自身の得意分野で解決できることなら何人でも始末してやるつもりはあったが、アメリアは何も言わずただ苦しみを享受していた。
「ん、ん……?」
薄ぼんやりと目を開いたアメリアを少し離してやり、眠るのか起きるのか見守る。
「……りぞ……?」
「ああ」
アメリアはリゾットの声にへらりと表情を崩した。
彼女のこんな無垢な笑顔は、初めて見た。
「わたしね、あなたがいちばんすき」
まるで幼い子供のように舌ったらずに言うアメリアは、愛でるようにリゾットの髪を撫で、頬を撫で、そして温もりを求めるようにリゾットの手を取って胸に抱いた。
「でもね、ほんとはみんなすきだから、ぶちゃらてぃも、ならんちゃも、あばっきおも……みんな、しんでほしくない……」
握りしめたリゾットの腕に祈るようにして額をつけた。
また泣いているのか。
少しだけ知った名前が出てきたが、一体どんな接点があったのだろう。
「……わたしは、すべてしっているのに……」
アメリアが嘆くようにため息をついた瞬間、無数の花が彼女の体から、そしてリゾットの体から咲いた。
ベッドを、部屋を埋め尽くさんばかりに咲いては割れる。
リゾットはあまりに多い花を前にこれはまずいと花を割らないように細心の注意を払いながらアメリアの肩を掴んだ。
「アメリア、起きろ。……アメリア!」
アメリアは我に返るようにハッと息を吸い込んで目を見開いた。
視界に花の群生を見つけるとすぐに全てを消した。
この世の終わりだとでもいうかのように絶望した顔でリゾットを振り向き、消え入りそうな声で「見た、の?」と短く問うた。
「見てない。見るつもりならお前を起こしてはいない」
「は、はは、律儀ね、助かった、けど……」
震えの止まらないアメリアの肩を抱き、ブランケットで優しく包んでやれば躊躇うように言葉を選びながらもう一度問いかけてくる。
「私は、その、何か、寝言を……言っていた?」
「俺が一番好きだと言っていた」
合わせていた視線を勢いよく外し、顔を後ろに背けたアメリアを宥めるように肩を撫でてやった。
小さく自分を罵る声がぼそぼそと漏れ出ている。
「……それで、ほかには?」
「お前は全てを知っていると」
苦虫を噛み潰したような、けれどどこかホッとしたような顔でアメリアは何か言いたげにリゾットを見る。
何度か口を開いては閉じを繰り返し、結局は秘密を守るように口を閉じた。
アメリアの『知っている』ことはきっとスタンドの力で手に入れたのだろう。
おそらくボスの正体も。
「……聞かないの」
「聞けば答えるのか?」
アメリアは自分でも分からないと首を振った。
咲散らした花を見た時のあの顔をさせるくらいなら、聞かなくてもいい。
リゾットはベッドから降りて冷蔵庫からミネラルウォーターを取るとキャップを開けてアメリアに渡した。
「悪かった」
「え?なに?」
「ソルベとジェラートのことだ」
「あ、あぁ、いいのよ。彼らが私のところに来たのは僥倖だったわ」
何度かに分けてペットボトルから水を飲むアメリアは少ししてからリゾットにそれを返した。
水を飲んでスッキリしたのか、ふぅ、と息をつく。
「俺がお前を探れと差し向けた」
アメリアは小さく笑った。
「正直なのね。いいの、本当に気にしないで。むしろ彼らの方が心配だわ。少しやり過ぎてしまったもの」
「ここ最近はずっとべったりだが問題はない」
「そう……」
「正直なところ、お前があいつらを出し抜くとは思わなかった」
「彼らのスタンドが近接パワー型でないことは知っていたし、私の秘書エリアはどんな用事でも立ち入り禁止だから、社長に擬態していたジェラートはすぐにわかったわ」
「下調べ不足だな。ソルベはどうした?」
「彼が私を殺しに来ていたら私は死んでいたでしょうね。今でも彼のスタンドが一体何なのか見当もつかないわ」
アメリアは一つ花を咲かせてリゾットに渡す。
握って砕けば、モニターを見つめるアメリアの記憶が見えた。
モニターにソルベが映った瞬間、普段よりずっと脆い花がアメリアから咲き乱れ、風にそよぐこともなく砕けた。
呼吸も荒く慌ててソルベから離れる様子から見るに、おそらく意図して咲かせたわけではないスタンド自律の行動だったのだろう。
ソルベは花を砕いたことでアメリアの記憶を見たのだろうが、まるで何か違う攻撃でも受けたかのようにきつく目を閉じて倒れ込み、次第に大きな悲鳴を叫び始めた。
「お前のスタンドは、記憶を咲かせるだけのはずだろう?」
「ええ」
実体験のような記憶越しに、アメリアが頷いた。
一体どんな記憶を体験させたというのか。
記憶の中のアメリアは疲弊した様子ながら起き上がろうとするソルベに駆け寄り、再び、今度は意図的に花を咲かせた。
また悲鳴が上がる。
目を覆うようにアメリアはソルベの瞼に手のひらを置き、小さく息をついた。
『最低、最低ね……こんな、ことに使うなんて……』
アメリアとソルベの間で美しい花が咲いては砕けるたびに、悲鳴と嗚咽がソルベから溢れ出る。
普段冷静さを欠かないソルベからは想像もつかないほどに取り乱していた。
目の前のアメリアが手を振ってスタンドを解除した。
記憶の映像がぷつりと途切れる。
「呼んでおいて悪いのだけど、今日はいいわ。私はどうにも酒癖が悪いようだし大人しく寝ることにするから」
報酬の花は覚えているでしょう?と続けてアメリアは横になった。
リゾットは一瞬悩み、すぐにベッドに座った。
アメリアは少なからず驚いた様子で子供を宥めるように撫でてくる大きな手を不思議そうに見つめる。
「お前の悩みを、俺が解決することは出来ないのか?」
「え?」
「大抵の悩みは5人殺せば解決する」
「とんだサイコパスの発言ね」
「お前には世話になっているからな。望むなら何人でも始末してやる。言ってみろ」
アメリアはくすくす笑って俺の手を取った。
指を絡ませて遊びながら「そうじゃないの」と呟く。
「2年、たった2年、貴方達が大人しくしていてくれれば、それで解決するわ」
「分かった」
あまりにあっさりと答えたからか、アメリアはパチリと瞬きをしてリゾットを見上げた。
もう何年もこの関係を続けてきたのだそんなに驚くこともないだろう。
「お前の言わんとすることは何となく検討がついている。ボスを探るなということだろう?」
「そう、だけど……」
アメリアは呆気にとられた様子でリゾットの言葉を何回か咀嚼するように考えはじめた。
しばらくして、眉間にしわを寄せながら一つ頷く。
「私から貴方にチームの給与に足るだけの資金を渡すわ。そうすれば誰も待遇に不満を持つこともないしボスを探ろうともしないわよね?」
「今もお前から渡されている金はほぼ全て資金にプールしている。あいつらも今は不満を持っていないようだからこれ以上貰う必要はない」
「ソルベとジェラートは勝手に動くわ」
「いや、今はあの2人が一番慎重派だ。悪夢を見たとかでな」
責めるつもりはなく、むしろその逆のつもりで言ったが、アメリアは気まずそうに視線を落とした。
彼女の中では相当にショッキングな出来事だったのだろう。
何にせよアメリアの不安はその2人だけだったようで、けれどやはりと資金の増額の約束だけをして話を終わらせた。
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