大抵泊まっているホテルは決まっているし、事前の下調べでもアメリアがこのホテルの最上階に部屋をとっていることは分かっていた。
8人が乗ってもまだ余裕のあるホテル奥のエレベーターを使い、最上階まで上がる。
今回は呼ばれた訳ではない。
だから連絡を入れるつもりもなかった。
「イイご身分だぜ」
肩を竦めたホルマジオをチラリと見て正面の分厚いドアに向き直る。
随分とセキュリティがしっかりとしている。
氷漬けのボディガードたちはスタンドの前では無力だったが。
軽くノックをしたが寝ているのか返事はない。
メタリカでチタン製の錠を解き、ドアを開けた。
途端に香る酒の匂いにまたかと静かにため息をつく。
アメリアの悪癖を見るのはこれで三度目だが、前回にも増して酒瓶の量が増えている。
「うへーいい酒ばっか!もったいねー!」
「オメーはいっつもビールだろうが。良し悪しなんてわからねぇだろ」
「おい、ホルマジオ、イルーゾォ。遊びじゃねーんだ黙ってろ」
プロシュートの嗜める声に舌打ちを返し沈黙が戻る。
アメリアは予想通りベッドで花を咲かせながら酔い潰れていた。
彼女のいう通り2年大人しくしていた訳だが、この悪癖はどうにもならないのだろうか。
ソルベとジェラートは花を警戒するように蹈鞴を踏んだ。
アメリアの周りに咲く花を割り砕き、それが問題のない自身の記憶であることを確認して仲間を呼び寄せる。
「椅子に固定して目隠しを。ジェラートは準備だ」
「あぁ……」
あまり気乗りしないのかジェラートはソルベにくっついたまま一枚の写真を取り出す。
ホルマジオとペッシがアメリアを拘束するのを見ながら、ジェラートの姿形がブチャラティのものへと変わる。
「あー、どうだ、ソルベ?」
「完璧だ」
眉尻を下げて不安を隠しきれないブチャラティの顔にホルマジオが吹き出した。
アメリアが目覚めてしまうから静かにしろと言葉にする前にイルーゾォが鏡の中へ放り込んだ。
つづいて自身とギアッチョ、メローネ、ペッシを鏡の中に招き入れたイルーゾォに頷き、俺とプロシュートも鏡の中へと身を潜めた。
残るはブチャラティの姿をしたジェラートと不安そうな彼を見つめるソルベだけだ。
「ソルベ」
「分かってる。……ジェラート、大丈夫だ。あの花にさえ触れなければ問題ない」
「……おう」
相棒を部屋に一人残すことに心配そうな顔をしながらも、ソルベはイルーゾォに引き込まれて鏡の世界へときた。
ジェラートは決意を決めるようにぐっと目を瞑るとゆっくりと息を吐きながら目を開けた。
「アメリア・バレッティ」
気つけ薬を嗅がせ、ブチャラティの声で囁く。
アメリアはびくりと顔を上げ、酷く混乱した様子でありながらも即座に花弁を消し、押し殺すように沈黙を守った。
「アメリア・バレッティ。俺が何者か分かるか?」
「声で人を判断できるほど有能じゃないわ。でもよかった。あなたの顔を見てしまえば、私はあなたを殺さざるをえないもの」
「大丈夫だ、そうはならない」
目隠しを取ると、アメリアは今度こそあからさまにうろたえた。
アメリアとブチャラティの間に面識はない。
それは事前に調べていた。
ジェラートのスタンドでアメリアに変装し、彼と接触したから間違いない。
「ブローノ・ブチャラティ……」
「ほう、俺を知っているとは光栄だな」
「ネアポリスのギャング。ポルポとの繋がりも深い。あなたのことを知っている人間なんてごまんといるわ」
「そうかな?」
ジェラートは椅子を引き寄せて、アメリアとの距離を保ちながら慎重に瞳を覗き込んだ。
アメリアはブチャラティと知った途端に警戒を残しつつ明らかに安堵した様子で氷の仮面を崩している。
面識はないはずだが、ブチャラティの性格をよく知っているのだろう。
「随分と俺のことを嗅ぎ回っているようだな」
「あなたはネアポリス1の美丈夫だとは思うけれど、さすがに自意識過剰よ。私があなたのことを調べて何になるのかしら。幹部でも隠匿されたチームでもない、あなたを」
「俺もそう思うよ。だからこそ知りたい。なぜ君のような女性が俺を嗅ぎ回るのか。まさか、暗殺チームの噂は本当だとでもいうのかい?」
アメリアはひやりとした視線をブチャラティの姿をしたジェラートへ向ける。
怖気付いたのか、ジェラートは視線を逸らした。
「暗殺チーム?何の冗談かしら。そういう物騒な話は聞きたくないわ」
「シラを切るか。俺は構わんが、そんな大したことじゃあないというそぶりを見せられたら、大したことのないあの噂は本当だと口が滑ってしまいそうだ」
「ブチャラティ、あなたは私を殺さない。殺しにも麻薬にも手を出していない善良なただの女である私を、あなたは殺せない。いい、よく聞いて。あなたの怒りを私は知っている。分かるかしら、あなたは決して優位な立場などではないのよ」
アメリアは無数の花を咲かせた。
一瞬早く、ジェラートは逃げるように飛びすさり、明らかな怯えの表情で花とアメリアを睨んだ。
「さすがね、ブローノ・ブチャラティ。まさか避けるなんて思わなかったわ。……ほんとに、あなた、ちゃんと避けてね、私なんかの攻撃はもちろんだけど……」
アメリアは酔いが残っているのか、瞳孔を揺らしてぽたりと涙をおとした。
演技、じゃない。
ジェラートとソルベの襲撃の時も、涙を落としていた。
「行くなよ、リーダー」
「ああ、わかってる」
イルーゾォはちらりと俺を見てまた鏡の向こうに視線を戻した。
アメリアは青ざめた顔で深く息を吐き出した。
「あなた、覚えてる?ローリングストーンズ……ああ、違う、まだだった、そう、まだ。あなた、これから出会うのよ、いいえ、もしかしたら、出会わないかもしれない。出会ったとて、あなたに付き纏うことはないのかも……なんて、都合のいい妄想だけれど、でも、運命はもうすでに変わり始めているの、たしかに」
アメリアは足元から美しい百合の花を咲かせた。
薄く光る半透明の百合は、風にそよぐように無風の部屋で硬質な茎を揺らした。
「攻撃の意思はないわ。あなたを探っているように見えたでしょうけど、本当に違うの。その百合を砕けば分かるはずよ」
ジェラートは逡巡して首を振った。
恐怖を知っているジェラートには砕けないだろう。
「アメリア、暗殺チームについて教えてくれ。君は何を知っている?」
「ブチャラティ、理解して。そのことについては話せないわ。私が自死してもきっとムーディー・ブルースで明かされてしまう。だからお願いしているの。彼らとあなたのチームが敵対することはない。私の人生をかけて誓うわ。あなたなら、信じてくれるでしょう?」
俺は鏡の向こうにいるジェラートに手をあげて見せた。
もういいだろう。
終了だ。
アメリアは俺たちに誠意を見せた。
ジェラートはあからさまにホッとした様子でへたり込んだ。
「俺もう二度とこんなんやりたくねーよ」
「え、ブチャラティ……っ、まさか、ジェラート!?」
「ご明察だ」
ソルベが一足先に鏡から飛び出ると花を避けてジェラートの元へとかけて行った。
スタンドを解いたジェラートは顔面蒼白で深いため息を吐き出す。
「騙すような真似をしてすまなかった」
ブチャラティのために咲かせた花を俺が摘むより早く、アメリアはスタンドを解除した。
「それはブチャラティの記憶よ。あなたにも渡せない」
「そうか」
ナイフでアメリアを拘束する縄を切り、彼女を自由にする。
解放されてなお手をさするだけで立とうとしないアメリアを抱き上げてベッドへと下ろした。
ヘッドの柔らかいクッションに背を預け、アメリアはやっと詰めていた息を吐き出した。
「すまない。必要なことだった」
「……水を貰える?」
「ああ」
アメリアから離れると、メローネが興味津々といった様子で彼女を質問攻めにするべくジャレついた。
何か考え込むように俯くジェラートはソルベの腕の中で微動だにしない。
対照的な二人を前に仲間達は思い思いの距離感で腰を下ろした。
冷蔵庫で冷えていたミネラルウォーターをアメリアに渡してベッドに座る。
「なあ、俺にも花を生やせるのか?スタンドみたいだけど歩いたり自立思考はしないのか?」
「メローネ、後にしろ。アメリア、相談がある」
「相談?ずいぶん仰々しい真似をして、相談ね」
「俺たちはパッショーネを裏切るつもりだ」
「は!?」
アメリアは弾かれたように俺を見た。
「だ、ダメよ!え!?なんで!?」
「パッショーネの下にいる理由がなくなったからだ」
「え……?」
「俺たち暗殺チームの金はほぼ全てお前から流れているのだから、雇い主が変わるというだけの話だ」
「そっ!ん、そ、そんなこと……?」
アメリアはあっけにとられたように目を泳がせながら声をすぼめた。
考えるアメリアは、冷えたミネラルウォーターを握りしめて眉根を寄せた。
「金の流れが変わっている以上、パッショーネに従い続ける理由もないだろう」
「それは、そう、かもしれない、けど……?」
「そこで相談だ。俺たちを雇わないか」
「相談って、そこに繋がるの……」
少し落ち着かせるべきかと俺はアメリアを眺めながら沈黙した。
隙あらばとばかりにさっそく沈黙を破ろうとしたメローネをイルーゾォの方に投げて沈黙を守る。
アメリアは混乱を嚥み下すようにミネラルウォーターを呷った。
「あの、その話は、とりあえず、置いて、あの……どうして彼らがいるの……?」
「ああ、お前が上司になるかもしれないからな。面通しとお前が裏切らないという保証のためだ」
「裏切るも何も……」
アメリアの言いたいことはわかる。
けれど、俺たちには保証が必要だった。
だからこそ、ブチャラティの姿を使って俺たちのことについて問うたのだ。
アメリアは深く息を吐き出してもう一度水を口に含んだ。
酔いを覚まそうとしているのだろう。
「分からない……あなた達はそれでいいの?」
「得体の知れないボスの下いるよりは気が楽だよなァ」
「なんだギアッチョ、お前ビビってたのかよ!」
ホルマジオのからかうような言葉にギアッチョの青筋が浮き出る。
「ビビってるわけねぇえええだろうが!あァ!?気に入らなかったらいつでもぶっ殺せるって話だろうがよォ!!」
ギアッチョのそれは売り言葉に買い言葉で大した意味は持っていないが、一応引きつった顔のアメリアには気にするなと声をかけた。
「お前の身の安全は俺が保証する」
俺の言葉に肩をすくめたのはプロシュートだった。
比重としてはギアッチョに対する呆れの方が大きいだろうが、俺に向ける視線にもその一部が含まれている。
「俺としては、リゾットが執着するあんたに興味があるってのが大きいがな」
「執着はしていないが……」
「いーやしてるね!何がそんなにいいんだい?セックス?リーダーが執着する女なんて気にならない方がおかしい!なぁ、俺とセックスする気ないか?」
「うるっせえぞメローネ!!」
ギアッチョの爆発的な怒りとは対照的に部屋の一部が凍り付いた。
アメリアはその光景すらも当たり前のように驚きなく眺め、少しして笑った。
その目じりから涙が落ちるのを見て、反射的に拭う。
「話すわ」
部屋の喧騒が、水を打ったように静まり返った。
「あなたたちの、起こらなかった過去と未来の話を」
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