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何がどうなったのかは分からないが、私の愛車が暴走トラックと正面衝突したのは記憶にある。
安月給をはたいて新古車で買った白のRX-7が無残にもつぶされ、そしてトラックのヘッドライトを浴びながら衝撃を受けたところまでは覚えているが、そこまでだ。
トラックと正面衝突した次の瞬間には、助手席に置いていたカバンを持ち、コートを羽織り、最新の端末を片手になぜか私はニューヨークの博物館で棒立ちしていた。
映画のフィルムを切って別のシーンに張ったような奇妙な感覚に、まさか夢か走馬灯か天国かと考えたが、そのどれでもなくおそらく異世界なのだろうと思考を止め、ヒーローが描かれたポスターを眺めた。
何だすーぱーそるじゃーって。
明らかに盛りに盛られた文言を読みながらキャプテンアメリカと呼ばれるスティーブ・ロジャース氏の偉業にケチをつけていく。
暇なのかと問われれば暇だと答えよう。
異世界トリップって迎えに来てくれる人とか偶然会う人とかがイケメンで人生イージーモードに突入するボーナスステージだと思ってるんだけど認識間違ってる?
お決まりのトラックトリップというやつに該当するはずなのだが、かれこれ1時間博物館の中で放置されている。
というか、ニューヨークって。
異世界でも地球である以上仕事場だとばかりに現在地を示してくれるGoogle先生に、それ本当ですかと聞きたいところだが、周りの人たちが見慣れた黄色人種ではなく色彩豊かな外国人ばかりのため正直疑いようもない。
外国語が飛び交う中でも何となく話している内容が分かるのは、決してスピードラーニングのおかげでもトリップ特典などでもなく、単純に私が桔み重ねた努力の成果だ。
よく聞張った私。
偉いぞ。
誰もほめてくれないどころか知り合いは全員圏外になってしまっているのでひとまず自分でほめておく。
「キャプテンアメリカがお好きなんですね」
「えっ」
英語で話しかけられた。
けど、聞き取れた。
これでも高校の英語は5段階評価3である。
微妙だけどいい方っていう意味だ笑うんじゃない。
私が恵まれていたのは大学でバイリンガルなアイルランド人の友人ができたことだ。
お勉強英語は苦手だったが、会話をするうち徐々に話せるようになった。
閉話休題。
何の話だっけ。
「失礼、熱心に見ておられるようでしたので、つい……」
初老の男性は少しうれしそうに言った。
ああ、これあれだ。
ファンの中でも自分と同じ熱量の人を見つけて嬉しくなっちゃうやつだ。
私もオタクだから経険はある。
そんな人に巡り合えるとオタ活が豊かになる。
まあここで残念なのは私がキャプテンアメリカのファンではないという点だ。
「アメリカに住んでいるわけではないので、少し物珍しくて。すみません」
「そ、そうだったんですね。いえ、こちらこそ.……」
男性は少し残念そうにしながらも、それでも博物館をしっかり見て回っているという点が嬉しいのか、よければご案内しますよ、と申し出てくれた。
これはもしかして異世界トリップの導入というやつだろうか。
この初老の男性が?
であれば特に興味はないが暇だしお言葉に乗ろうと頷いた。
フィル・コールソンと名乗った男はたっぷり2時間かけて博物館を案内すると最後にキャプテンアメリカのシールをくれた。
そして現地解散である。
3時間かけて博物館を回ったが、キャプテンアメリカに詳しくなっただけで、私の人生がイージーモードになった気配はない。
むしろこれからのことを考えるとハードモードだ。
おかしいな、想定と違うぞ。
まずは大使館に行けばいいのだろうか。
それとも両替所?
キャプテンアメリカのシールを片手に、すでに沈みかけている夕日をにらんだ。
おい待てお前。
私がどこに行くか決めるまでまだ沈むんじゃない。
アメリカは夜出歩くと危ないって聞いたぞ。
私はシールを片手にため息をついた。
「……ホテルかな」