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石油王と街角でぶつかることも、超絶イケメンにおもしれー女といわれることもなく1日が終わり、一人ぼっちの朝を迎えた。
なるほど、これはイージーな異世界トリップではなさそうだ。
まずは異世界適正のあるGoogle先生に私の会社があるかどうか聞いた。
似たような会社すらなかった。
まあ予想通りである。
マップで実家の住所を調べても森の中だった。
さすがにそこまで田舎ではなかったぞと2秒だけ怒る。
納得は行かないもののおおよそ想像していた通りだ。
鉄板というやつだな、うん。
となると、大使館に行く道は断たれた。
戸籍がないのだから日本人だという証明もできない。
うえに何なら不法入国で捕まりかねない。
就労ビザもないので働けない。
あれ、詰んだな。
ホテルのベッドの上に現時点での全財産を広げてみる。
カバンの中には仕事道具とメイクポーチ、財布くらいしか入っていない。
気になる財布の中身は諭吉が1人寂しそうに入ってるだけだ。
社会人の中身ではないが言い訳しておくと支払いとかいろいろあったのだ。
そういえば昨日チェックインするときにカードを使ったけど何も言われなかったな。
普通に使えたってことは、電子的に向こうの世界と繋がっているのだろうか。
不思議だ。
とにかく、この魔法のカードを使えばしばらくは生きていけるということが分かってほっとした。
けれど、どうにかしてお金を稼がないと。
仕事道具を引っ張り出した。
パーソナルコンピューター、パソコン様である。
電波もないような原始時代トリップではなくてよかった。
戸籍はなくともこのクローバル時代だ、お金は稼げる。
適当なサイトに入ってだめな点をピックアップし、新しいWebイメージと見積書を送り付けた。
レスポンスはほぼないだろうが、数うちゃあたるだ。
日本語の方が分かるからと日本のサイトばかり検索していたが、どうせだからとアメリカのサイトも見てみる。
ふむふむなるほど。
何件かに同様に見積書を送り付け、次のサイトを表示すると、ふと何か違和感を覚えた。
石険会社のホームページだ。
何だろう、レイアウトが、少し気になる。
こういうときって大抵はっきりわかるレベルではないピクセル単位でずれていたりするものだ。
サイトのソースを見て、一目でバックエンドの人間が書いたコードだなと理解した。
これを書いたのはWebデザイナーではなくがっつり開発系メインでやっている人間だろう。
Web系の人員がいなくて仕事が回ってきた、みたいな感じが見て取れる。
仕事がとれそうだ。
見積書を普段より整えて送った。
きっかり12時まで仕事をして、ランチのために外に出た。
アメリカの食事か。
少し不安になり、軽食っぽいダイナーでバスタを注文した。
味は悪くなかった。
けれど客の質は最悪だった。
最初の一口を食べた時、異様な雰囲気の男が入ってきたのだ。
とっさに目を合わせたらヤバいやつだと察してパスタに視線を落とした。
薬中なのだろう。
さすがアメリカ怖すぎる。
「くそ、くそ、くそだ、ぜんぶお前のせいだ・・・・」
男が漏らすFワードもりもりの独り言は、次第に大きくなり、店主の方へと向いた。
ロングコートからサブマシンガンをさらした男はその銃口をも店主に向ける。
最悪、最悪だ!
男が訳の分からない言葉を並べ立てて喚き散らすのと同時に、引き金を引いた。
縦横無尽に動くそれは私にまで銃弾を飛ばした。
反射的に机の下へと隠れる。
こんな時に避難訓練が役立つとは。
震える体を抱きしめて音が終わるのを待った。
早く終われ。
永遠にも感じたが、実時間で見たら数十秒だったのかもしれない。
呻き声、悲鳴、ガラスの割れる音、そして、一瞬の静寂の後、男が自分の頭を撃ち抜く音がした。
床に血とそれ以外が飛び散るのを見てしまった。
「ひっ」
目を逸らした。
見なかったことにしたいのに、脳裏にこびりついている。
「まさか、そんな……」
男の声に顔をあげた。
あるはずもないが、先程のイカれ男かと思って死を覚悟したが、まさかそんなこともなく、見たことも会ったこともないはずの筋肉質な男が私を見て驚いた様子で立っていた。
目があうと、男はハッと我に返り、大丈夫ですか、と私に手を差し出した。
彼の左腕からは血が流れており、私は無傷だ。
手を取らずに立ち上がる。
「あの、あなたの方が重傷ですよ」
「自分は軍にいるのでこれくらいは大丈夫です。それよりお怪我は」
「幸いどこも……」
「本当に、どこも?」
「ええ。奇跡的に無事でした」
「あんなに近かったのに?」
「どういう意味ですか?」
まるで私に怪我がないとおかしいとでも言いたげな口ぶりに眉根を寄せて睨めば、男は取り繕うように首を振った。
何なんだ。
「すみません、本当に心配だったので。気分を悪くされたら謝ります」
気分は悪いが謝られるほどでもないので首を振った。
表にパトカーが止まった。
日本では見慣れない赤と青のランプにそれでも胸を撫で下ろした。
拳銃を構えながら入ってきた警官に失礼な男が、失礼な男と呼ぶのは失礼かもしれないが、とにかく彼が両手を上げながら全て終わった後だと警官に近づいていく。
入り口付近で脳をぶちまける男が犯人だったと気づいた警官はすぐに救急車を手配しているから、とみんなに声をかけて重傷の人に駆け寄った。
「ブロック・ラムロウです」
「えっ?」
「名前を聞いても?」
「あ、はい、ユイ・アマミヤです」
「よろしく。よければ事情聴取の後お送りしますよ」
断りかけて、事情聴取、という言葉にふと止まった。
「事情聴取、ある、んですか?」
「まあ、そんなに長くないでしょうけど。あると思いますよ」
それは、不味いのではないだろうか。
名前とか、住所とか、パスポートとか聞かれるのでは。
そうなれば幽霊の不法入国がバレてしまう。
戸籍もなければビザもない。
「えっと、任意、です?」
ラムロウさん小さく首を傾げた。
「いや、普通は居合わせた全員に聞くものですけど……」
私の渋面を見てか、ラムロウさんはにやりと笑うと少し屈んで割れたガラスを踏み越え店の外に出た。
「おいで」
「えっ」
「早く。事情聴取、嫌なんでしょう?」
迷う暇もなく、差し出された手を取った。
彼は少し歩いて私に鍵を握らせると、向こうの黒いBMWが自分の車だからと言い残してダイナーに戻っていく。
ひとまず駐車区域に停められたラムロウさんの車をラムロウさんのキーで開けて助手席に乗り込んだ。
左ハンドルなので右側だ。
どうしよう。
キーなんか受け取らないで、そのまま帰ってくればよかったではないか。
流石にいまさらトリップ導入だなんだと言うほど夢見る少女ではない。
車のドアは半ドアにしてウィンドウも少し開けておく。
ラムロウさんは、優しげに見えるけど、良い人ではなさそうだ。
であればインキーして逃げてしまってもいいのではないかと思うが私の良心がそうはさせない。
しばらくしてラムロウさんが電話しながら戻ってきた。
車に入る前に電話を切り、運転席に乗り込むと私に微笑んだ。
「お待たせしました」
「あの、お気遣いいただいてありがとうございました。歩いて帰りますので」
キーを渡そうとすると、ラムロウさんはそれを受け取らずにハンドルに両手を預けた。
「もしかして警戒してます?大丈夫ですよ、俺こう見えてS.H.I.E.L.Dですから」
ラムロウさんは社員証のようなセキュリティパスを見せてくれた。
シールドってなんだ。
「あなたの好きなキャプテンアメリカと同じ所属です」
ラムロウさんは私のカバンから除くキャプテンアメリカのシールを指してウインクした。
似合わない仕草だ。
「別に好きじゃないです。ちょっと縁あってもらっただけで。あげます」
「…どうも」
ラムロウさんはものすごく微妙な顔で受け取った。
好きなのかと思ったのに違うのだろうか。
気を取り直すように送らせてください、というラムロウさんに私は少し悩んだ。
シールドってなんだろう。
でもキャプテンアメリカと同じってことは、要するにMI6だとかKGBみたいな公然の秘密組織みたいな感じだろう。
もっと簡単に言うなら警察みたいなもんのはずだ。
昨日からずいぶんキャプテンアメリカづいているなと思いながら、半ドアにしていたドアをしっかり閉めなおしてラムロウさんにキーを渡す。
「なんで良くしてくれるんです?」
「男はみんな美人に弱いモンですよ」
悪い気はしないが、真実ではないだろう。
「どこ行きます?」
ホテル名を応えると、ラムロウさんはうなずいてアクセルを踏んだ。
「良ければ仕事を紹介しましょうか」
「えっ」
「不法入国でしょう?」
図星をつかれて押し黙った。
その通りなんだけど。
どうして警察の立場であるラムロウさんがそれを黙認するというのだろうか。
そして、対価として要求されるものは、どちらにせよ、私に選択肢は用意され
ていない。
「ああ、断ってもらっても大丈夫ですよ。善意ですから」
「善意って、どうして」
「S.H.I.E.L.Dはその特性上、機密情報を取り扱うので。少しばかり弱みのある人と取引したいってだけです。本来は問答無用で連れていきますけど、あなたは危険因子じゃないのでお誘いだけです」
「危険因子……」
「戦闘力もなさそうですし不法入国にしては格安ホテルじゃなく普通の、監視カメラのあるホテルに泊まっていることから犯罪はずぶの素人、裏社会に通じているわけでもなさそうですし、危険性はゼロ、野放しにしたところでさっきの男よりずっと安全だと判断しました」
監視カメラを意識しなかったのは本当に抜けていた。
馬鹿だ。
彼の言う通り、私には犯罪者としての自覚が足りていない。
「職場は郊外ですけど、いまなら宿泊り可能な個室用意できますよ」
「ちなみに、お仕事って……」
「何ができます?事務仕事もありますし、経理、医療、調理、何でも募集中です」
「あの、じゃあ、バックエンドエンジニアとか」
「エンジニアでしたか。大歓迎ですよ。職場見学しますか?」
「え、そんな制度あるんですか」
「俺が仕事さぼる大義名分っていう気持ちも少しあります」
思わず笑った。
悪人面だけどユーモアのある人だ。
車はホテルについてしまったが、全財産は手元にある。
「職場見学、したいです。あの、いまからでも」
ラムロウさんはにやりと口角を上げた。
ああでも、やっぱり悪い顔してる。