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ナノマシン用の防護スーツに身を包んだ私は、ふとピンクの煙に包まれた時のことを思い出した。
バッキーさんと仲直りしたあの時、どうして私はナノマシンに汚染されなかったのだろう。
たまたま?
それともゾラが人を識別するように作り替えたのだろうか。
一度ナノマシンに汚染されたものは、再び吸い込んだところで破壊する先がないのでまた呼気とともに排出される。
だけど私は汚染されていないのに、ナノマシンの影響を受けない。
どうしてだろう。
「どうした?」
防護スーツのいらないバッキーさんはいつもの黒い装いで私の頬に触れた。
「私、なんで無事だったんだろう」
「……特別だからだ」
ごまかされたのだろうか。
キスに応えながら、無事だった理由を考えたけれど、明確な答えは出なかった。
「不安か」
「戦闘なんて初めてだから……それに、全部自分が引き起こしたことだと思うと、怖くて」
「お前のせいじゃない」
先ほどよりも深いキスに思考が奪われていく。
「ま、だめ.……!」
防護スーツを脱がそうとする手を止め、さすがにダメだと首を振った。
バッキーさんも止められるとわかっていてやったのか、大人しく引き下がった。
「帰ったら続きをしたい」
「い、いいんだけど、いいんだけどさ!それいま言っちゃうとフラグだから!」
けど、大分気はまぎれた。
脱がされかけた防護スーツを着なおそうとして、止められた。
「それは、必要ない」
「……そっか、わかった」
今更問い返したりはしなかった。
バッキーさんにうなずき、防護スーツを着ていない汚染済みの隊列に向かった。
ラムロウさん率いるラブソルジャーチームだ。
名称には断固反対したが相手にされなかった。
さすがにダサすぎる。
ラブソルジャーの時点で堪えられないのにその言葉をラムロウさんが発していることが致命的だ。
似合わない言葉ナンバーワンだと思う。
ニューヨーク郊外のヒドラ基地、私の元職場は昨日制圧された。
防護スーツの有効性と、落ち着いた状態であれば、汚染された人たちに私からの説得が効くという新しい発見も証明された。
その際に確保した彼らも、今日のラブソル隊に加わっている。
同志の暴走を止めるためならと快く引き受けてくれた。
「ラムロウさん」
「よお。準備はできたか?」
「はい」
防護スーツなしで頷いた私に、ラムロウさんは何も言わず無線に手を当てた。
「ラブソルジャー部隊、全員着任。これより作戦フェーズ1を開始する」
「それ本当に嫌……」
「じゃあ何がいいんだ?」
「ウィンターソルジャー」
ラムロウさんは肩を竦めた。
さすが軍属というべきか、一糸乱れぬ動きで正面の扉につく。
ラムロウさんの部下が静かに扉を開け、流れるように人が入っていく。
汚染されていない人たちについては、緊急時のバックアップとして防護服を着用の上、基地の外で待機する手はずになっている。
ここから先は、私たちだけだ。
『アマミヤ!なぜ防護スーツを着ていない!?』
うわ。
無線に響いたスタークさんの声にびっくりして声を上げそうになった。
構わず進め、と部下にハンドサインを出すラムロウさんの後を、バッキーさんとともに追う。
「必要ない」
私が答える前にバッキーさんが答えた。
数日前に飛び出して以来のシベリア基地だ。
足音を立てないようにラブソル、いや、ストライクチームと進む。
「おかえり、ユイ」
静かすぎる基地内にソラの声が響いた。
「走れ!」
ラムロウさんの号令で部隊が走り出した。
私とバッキーさんは部隊中央にいたが、バッキーさんは私を抱え上げると部隊の正面に躍り出た。
「遅い。先に行く」
「チッ、俺だけ同行する!行け!」
バッキーさんに抱えられたまま、彼の全速力に耐えるために顔を伏せた。
内臓をさぶられる感覚に一瞬吐きそうになったが、何とかこらえた。
バッキーさんが止まりシャッターを開ける音に顔を上げた。
着いた。
マシンの前でバッキーさんの腕から降ろされ、USBポートにスタークさんから預かったUSBを差し込む。
「ゾラ、悪いけど、しばらくさよならだよ」
すべての磁気テープを解析し、問題の部分からシャットダウンしていく様子を祈りを込めて見つめる。
すごい、まるで生きてるみたいにプログラムが要否を判断してはゾラを徐々に落としていっている。
私は現場バックアップのために同行したが、それも必要なかったかもしれない。
私だけが知るバグの原因となったコードの部分についても速度は遅いが解析しようと動いている。
私が手伝えるのはここくらいだ。
過去の行いを後悔しながら、私が置換した部分をピックアップしてスタークさんのブログラムに引き渡す。
「すごい、やっぱりあの人天才だ………!」
「ユイ、約束を破ったな」
「えっ?」
ゾラの声に顔を上げた。
ログを見守りながら、ちらりとモニターを見る。
視線を遮るようにバッキーさんが間に入った。
「私のコードを書き変えただろう」
「ごめん、本当に後悔してるよ」
「だがいい。ウィンターソルジャー。仕事だ、S.H.I.E.L.Dを殺せ」
「俺はお前には従わない」
「さあ、それはどうかな」
ゾラは、ロシア語で何かを唱え始めた。
途端にバッキーさんが頭を抱えて苦しみだす。
「バッキーさん!?」
「洗脳の起動コードだ!聞くな!」
ラムロウさんがモニターを撃つが、ゾラの洗脳はやまず、シャットダウンもまだ終わらない。
バッキーさんは震えながら、足のホルダーから拳銃を抜いた。
そして銃口をこめかみに突き付ける。
「やめて!!」
洗脳のコードが進むにつれ、バッキーさんの目から光が奪われてゆく。
悲しそうに私を抱きしめ、額にキスをした。
「愛してる」
訳も分からぬまま、銃をバッキーさんの腕ごとつかんで抱き込んだ。
死なせたくないと思ったら体が動いていた。
胸のあたりに、衝撃が来て、ゆっくりと地面に倒れる。
不思議だった。
バッキーさんは光を失った目で倒れる私を見て、黙したまま一筋だけ涙を流した。
泣かなくていいのに。
痛みを超えた、焼けるようさな熱さに死を感じた。
「な、なんでだよ!大丈夫なはずだろうが!どうして……!」
ラムコウさんが駆け寄ってきてくれた。
ゾラは、シャットダウンは、ああ、もう終わっている。
良かった。