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「ユイ。起きたか?」
「ん、んん?バッキーさん..……?」
バッキーさんは小さく微笑むと私の髪をよけて優しいキスをした。
穏やかな目覚めに笑顔を返した。
「バッキーさん」
手を伸ばして甘えてみればすぐに抱きしめてくれる。
暖かい。
またまどろみの中に落ちそうになっていると、咳ばらいをされた。
バッキーさんじゃない。
はっと我に返って目を開けるとドアのところに長身の男が立っていた。
「邪魔してすまない」
「えっ、え、あっ!?キャプテンアメリカ!?」
「知っているのか」
バッキーさんは私を放すとベッドに座って膝の間に私を座らせた。
背中越しにバッキーさんを感じる。
「博物館で見たことあるの。えー、初めまして」
「始めまして。僕はスティーブ・ロジャースだ」
「存じ上げております。ユイ・アマミヤです。えっ、待って、キャプテンアメリカって、バッキーさんの友達じゃん」
バッキーさんを振り返れば、彼は小さく首を傾げた。
「そいつもそういっていたが、記憶がないから分からない」
「ごっ、ごめん」
「思い出してもらえるように努力するよ」
ロジャースさんの言葉にバッキーさんは軽くうなずき、話を続けろと促した。
「あ、ああ、起き抜けにすまないが、一緒に来てもらえるか?」
そういえばどうしてここにいるんだっけ、と記憶を振り返って大惨事を思い出した。
これ、任意同行ってやつかな。
大人しくロジャースさんの後ろに付き従いながらパッキーさんの手を握る。
「怖いか?」
首を振ったけれど、バッキーさんは少し強めに握り返してくれた。
それだけで安心してしまうのだから、私もちょろいものだ。
郊外の元職場を思い出す白い廊下を進めば、指令室と書かれた部屋についた。
ロジャースさんの後に続いて部屋に入れば、いかつい眼帯の黒人とラムロウさん、あと何人かが思い思いの場所にいた。
「ラムロウさん」
「よう。ぶっ倒れたから心配した」
「ぶっ倒れた?」
そういえばここのところ何日か寝ていなかったような気がする。
それに加えバグったゾラによるラブ&ピース軍から逃げてきたのだからぶっ倒れても不思議はない。
「寝不足だったかな。今はもう大丈夫ですよ」
ラムロウさんはうなずいてよかった、と返してくれる。
「座ってくれ」
眼帯の人が正面の椅子を指した。
「座るな」
バッキーさんが私の手を引いて引き留めた。
な、なななんだこの状況!
敵地か!?
ここは敵地なのか!?
「バッキー、警戒しているのかもしれないが、大丈夫だ。彼女に危害を加えたりはしない」
「ラブソルジャー、渡すなよ」
うわあ、まだ言ってるのかそれ。
ロジャースさんよりラムロウさんの言葉に頷いたバッキーさんは、私を右手で抱き上げた。
あれ、私の意志はないのかな?
友達にシカトされたロジャースさんはあからさまにへこんでいた。
かわいそう。
「私はニコラス・J・フューリー。ロジャース、バートン、ロマノフだ。経緯はラムロウから聞いたがシベリア基地で何があったのか教えてくれ」
私はこのままでいいんですか。
フューリーさんは見えてないのか気にしていないのか、バッキーさんの腕に子供抱きされる私を気にせず話し始めた。
「あの、まず、アーニム・ゾラっていう人工知能がいて」
「ラムロウから聞いた。そいつがヒドラを水面下でシールドに潜り込ませていたこともな」
ヒドラ?
あれ、ヒドラってキャプテンアメリカが倒した悪の秘密結社みたいなやつ?
「えっ、でもラムロウさん、シールドの基地って……」
「そいつはシールドに潜入してたヒドラのスパイってことよ。彼女を拾ったのも悪事に協力させるのが目的だったんでしょ」
赤毛の女性が口をはさんだ。
彼女がロマノフさんだろうか。
ラムロウは肩をすくめるとテーブルの下に隠していた手を上げて手錠を見せた。
悪人面だとは思っていたけれど、本当に悪人だとは思ったことがなかった。
話を聞いた今でさえ悪い人だとは思えなかった。
「騙していて悪かった」
「……直接被害被ったわけじゃないし、ラムロウさんは仕事をくれた人だから、私は、どっちでもいいです」
バッキーさんが撫でてくれた。
慰めてくれているのは分かるのだが、いかんせん抱き上げられているのも相まって子供をなだめているようにしか見えない。
「話がそれた。続けてくれ」
「あ、はい、えっと、そのゾラっていう人工知能が結構難解な独自言語で書かれていて、それの解析をしてたんですけど……ちょっと、その、分からな過ぎて、目的意識の部分を、たぶん全部、ラブ&ピースで置き変えちゃったのが、その、原因です。そしたらバグっちゃって、気づいたら、基地がラブ&ピースの状態に………」
「おいナット、笑っていいところじゃないぞ」
壁際で立っていた男の人、おそらくバートンさんがテーブルに顔を伏せて震えるロマノフさんに声をかけた。
そんな爆笑してんの!?
たしかに私も他人事だったら爆笑するけども!
「ほ、本当にヤバいんですよ!あのピンクのガスにはナノマシンが含まれてて、吸入するだけで人格が崩壊します!ラムロウさんみたいに!ナノマシンの摘出は現実的じゃないですし、外側から停止させたとしても感情はもう二度と戻ってこなくなります。本当に……」
ラムロウさんと目が合った。
「ごめんなさい.……こんなことに、なるなんて.……」
ロマノフさんが真面目な顔で机から顔を上げ、取りなすように一つ駅払いをした。
「笑って悪かったわ。対策を考えましょ」
「まずは古代の遺物を黙らせる必要がある。専門家を呼んでおいた」
フューリーが指令室の自動ドアを開くと笑い転げているおじさんがいた。
立ち上がってなお後ろを向いて盛大に笑っている。
2分まって振り返ったおっさんはまだ口元に笑いの余韻を残しながら部屋に入ってきた。
「いや、ふ、なかなか、愉快なことになっているな。最古の人工知能をバグらせた結果ラブ&ピースを掲げるテロリストに変わったとは、ぶふっ」
「あー、性格に難はあるが、工学の天才で軍事兵器にも詳しいから呼んだ。スターク、ゾラを止めることはできるか?」
「ハードは?」
「データラックは磁気テープです。ポートはUSBとCDがあります。制御かシャットダウンプログラムを入れるって話ならUSBが安全だと思います」
スタークさんは額いた。
話が早いな。
軍事兵器とか物騒な言葉出てきたけどエンジニアなのかな。
「言語は?」
「分からないんです。私も解析していたんですが、01コードを解析したらロシア語の文章になって、それが暗号化されていたので複合してみたら、最終的にドイツ語になったので……」
「なるほど。コードが全く分からないというわけか。それのシャットダウンをしろと。あわよくば制御プログラムを?無理な話だ」
「ですよね……でも、どうにかしてゾラを破壊する前にマシンを止めてラブクラックに地雷がないか調べないと、バッキーさんもラムロウさんも、最悪脳が破壊されて死んじゃいます」
「スターク、お前にも不可能なのか」
「いいや。僕は天才だからな。高々コードが見えない程度で躓きはしないさ。明日のランチには間に合わせよう」
「えっ!?いや、えっ!?コードが分からないのに制御プログラムがかけるんですか!?」
「崇め称えろ凡人。僕は1000年に一度の天才だぞ」
「ま、まじか……」
人命がかかっているというのに爆笑した精神はいただけないが、思いがけない天才との遭遇に感動した。
バッキーさんに下ろしてほしいと手をたたいてスタークさんに駆け寄る。
「ユイ・アマミヤです。今回騒動の原因になったシステムのコーダーです。お会いできて光栄です。良ければコーディング作業を見学させていただけないでしょうか?」
「フッ、殊勝で何より。いいとも、僕の天才的コーディングを──」
「いや、君は作戦に加わってもらうから見学はできない」
「えっ」
フューリーさんの言葉に勢いよく振り返った。
もう用はすんだだろうとバッキーさんに抱きあげられる。
私は子供か?
「シベリア基地の図面、侵入経路、敵総数。話すことは山ほどある」
「……見学したかった」
「今度ぼくのタワーに招待しよう。世界最高の人工知能を見せてやる」
「えっ楽しみがすぎる」