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「何を泣いているんだ、いい歳して」
「うっ、うう、あの看護師さん下手くそです……めちゃくちゃ痛かった……」
「子供みたいな文句を言うな。彼らの仕事は注射を打つ事であって、君の注射嫌いに配慮する事じゃない」

冷たいなぁ、うちの上司冷たいなぁ!
赤い血の滲みを恨めしく睨んでしばらく抑えていろと言われた採血後の腕を抑える。
あの時は全然痛くなかったのに。
あの時?
あの時っていつだっけ?
やっぱり私なんか忘れてるのかな?
大切なこと?
大切なことっていうか、人?

「どうした?どこか痛いか?」
「腕痛いです」
「正常だな。レントゲン行くぞ」
「あのー、ありがたいんですけどなんで降谷さん着いてきてくれるんですか?」
「罪悪感と、念の為の護衛だ。今回君に持たせた機密文書は僕の案件だったからな……」

ひゅっ、と息を呑んだ。
そんなの5000%ヤバすぎ案件じゃんとか、なんで降谷さんの案件私がやってんですかとか、もしかして仮眠室に置いてあった降谷さんのプリン食べたの怒ってますかとか、色々出かけたけど、あまりの衝撃に口を開閉するだけで何も出てこなかった。
そんな私に上司は珍しくすまなそうに笑ってもう一度謝った。

「死んでしまったかと思ったよ。物凄く後悔した。ただの運搬といえど、やはり僕がやるべきだったと」

これまた珍しく殊勝な上司に文句を言いかけた口がまた閉じてしまう。
私の上司殿は多忙に多忙を重ねる超多忙人間だ。
もし上司が私にこの仕事を振らなかったとしても自分から運搬くらいなら、と言い出していたかもしれない。
だから、そんなに気を病む必要はないのだ。

「別にいいですよ、また頼ってもらっても。ゆーて私無傷ですし。降谷さんはもっと私たちを頼ってください」

だがな、と言葉を返そうとした上司を背に、レントゲン室に入った。
口喧嘩は勝てる気がしないので言い逃げだ。
全く。
今回の失敗で全く私たちを頼らなくなってしまったら、いつかあなたの方が死んじゃうじゃないか。
スーパーソルジャーじゃないんだから、あんまり無理しないでほしい。
お医者さんに言われるままでかい機械を抱きしめて、大きく息を吸って止める。
ん?スーパーソルジャーってなんだ?

「はい、もういいですよー」
「スーパーソルジャーって知ってます?」
「はい?」
「あ、いや、すいません。何でもないです」

んん、私やっぱりなんか忘れてるなぁ。
そういうのも頭部X線とかで分かるのかな。
お医者さんに次はあちらですよーと促されてにこやかに応答する上司の後ろをトボトボと歩く。
なんか違う。
身長縮んだ?
いやまさかな。
左腕……いや普通だな。
うーん。

「降谷さん髪切りました?」
「ん?1ヶ月前に切ったが?」
「違うなぁ」
「どうした?」
「んんー……なんか違和感あって……」

上司はベビーフェイスを傾けて可愛い顔、もとい不思議そうな顔をしたが特に興味はないのか前に向き直った。

「今日はスーツを着ていないからじゃないか?本庁に寄るときは大抵スーツだったからな」
「ああ……」

頷いたもののそれも違うような気がして首を傾げた。
もやもやする。
MRI室の前でピアスや金属のついたヘアゴム、時計を外して中に入った。
上司も興味があるのか部屋に入ってきてMRIの機械をまじまじと見ていた。
私より機械に興味あるんですね、そうですよね。
満足したのか出て行こうとして、上司がふと止まった。

「きみ、何握ってるんだ?」
「え?」

左手を指して言われ、何かをずっと握っていたことに気づいた。
固まってしまっていた指を右手で開いてみると、青い石が出てきた。
綺麗だ。
サファイア?
こ、こんなでかい宝石握りしめてたの!?
いくら!?
いくらすんのこれ!?

「さ、サファイア、握ってた……!?」

上司が私の手を覗き込み、サファイアに触れた。
あ、ヤバい、と反射的に思ったが、特に何も起きなかった。
あれ、なんでヤバいと思ったんだ。

「サファイアじゃないな。アクリルやガラスっぽくもないが……とりあえずMRI行ってこい」
「は、はい……」

なんだか冷や汗が止まらないけど促されるままに機械へと横になった。
ほどなくして私以外居なくなった部屋にゴウンゴウンと大きな音が響き渡る。
MRIって初めてだ。
閉所恐怖症じゃないので別に怖くはないが、かといって面白くもなんともない。
真っ白な天井を見つめる。
急に冬の景色が脳裏に映って寂しくなった。
あ、やば、泣く。
なんでだ。
私、なにか、忘れちゃいけないことを忘れてる。
涙は止まらず、嗚咽まで出てきた。
これは流石にまずいとMRIに入る前に握らされたブザーを押す。
機械音が止み、ドーナツから排出された。

「どうした!?」
「っ、う、うぅ、もう、もういいです、本庁に帰りましょ、私、もう、いいです……」
「いや、君の様子はやはりおかしい。精密検査を……」
「明日……検査は明日受けますから!お願いします……」
「……分かった、まだ事故の直後だしな。手続きをしてくるからそこら辺に座って待ってろ」
「す、すみません、ありがとうございます……」