▽ 12話
政府は聴取をと言ったが、山姥切たちが断固としてそれを許さず、私に眠る時間を与えてくれた。
秋田を抱きしめ、大倶利伽羅に後ろから抱きしめられながら眠ったせいか、夢は見なかった。
大倶利伽羅を手入れに行かせる前に彼と秋田を連れて泥のように眠ってしまったので、大倶利伽羅は昨日の血まみれの姿のままだ。
傷は私の体液で治っているものの、私も大倶利伽羅も自分や燭台切の血に濡れて酷い状態だ。
身綺麗な秋田も私の汚れで少し汚れてしまっている。
秋田の髪についた乾いた血をぱらぱらと取っていると、私を仰ぎ見る秋田と目が合った。
「おはようございます、主君。起きられますか?」
「うん。お風呂」
「はい、沸かしてきますね、少し待っていてください」
秋田は外の空気を入れないようにするりと布団から抜け出すと、私の部屋の風呂場へと向かった。
「傷は大丈夫か」
私が枕にしていた大倶利伽羅の腕が、私の頰に触れるか触れないかの位置で止まった。
指が飛んだり内臓が露になったりもしていないただのかすり傷を、彼らは殊更丁重に扱う。
「少し痛いけど平気」
薬研という政府の刀剣男士に手当てされた頰に触れないよう、顎をなぞってまた私を抱きしめた。
今日は政府の刀剣男士が警護の補強増員として何人か配置されているらしい。
この部屋の障子を挟んだ外にも警護の刀剣がいるが、こちらは私が顕現させた者たちが交代でいる。
障子の影が山姥切よりも小さいので、いまは鯰尾だろう。
「手入れ行ってきていいよ」
「あんたが風呂に入るまでいる」
「そ」
私は枕もとの煙草を引き寄せて一本咥えた。
ニコチンで脳みそがゆっくりと回り始める。
審神者になる際、政府からは本丸は安全という前提で話を進められていたはずだ。
私の受けた説明に嘘があったのか、政府側としても異例の事態なのか。
今回、ここの他にも襲われた本丸があるのだろうか?
体を起こして、灰皿に煙草を置いた。
「ストーブつけて」
「ああ」
電気ストーブだ。
ガス臭くないストーブは、私の部屋にあった物とは違う。
ちらりと見て、血まみれの服を脱ぎ捨てた。
「おい、何か羽織ってろ」
「わっ、主君!風邪ひいちゃいますよ!」
まだお湯溜まるのに時間かかりますから、と風呂場から出てきた秋田は箪笥から長襦袢を取り出して私の肩にかけた。
私は煙草を取り、煙を吐き出す。
いや、もう入ろうかな。
そのうち溜まるでしょ。
「お風呂入る。髪洗って」
「はい!」
秋田は嬉しそうに返事をして風呂に入る用意をし始めた。
煙草を灰皿に戻し、羽織らされた長襦袢も落として浴室へ入る。
温かいお湯による熱気が素肌を撫でた。
この本丸のいいところは大浴場だけではなく私の部屋の風呂場にも高級ホテルの客室露天のような広い湯舟があるところだ。
さっと顔と体を洗って、湯船につかる。
頬のテープ部分は洗っていないけれど、石鹸を着けるのは怖いし湯船の中で洗おう。
「主君、髪を洗いますね」
「ん」
頭を預け、秋田の柔らかい手に目を閉じる。
気持ちいい。
けれどふとよぎった赤にハッと目を開いた。
「主君?」
「いや……何でもない……」
昨日のことがトラウマになったらどうしよう。
嫌だな……。
目を閉じないまま、湯気がくゆる天井をぼんやりと見つめる。
「燭台切は元気そうだった?」
「はい、主君に怪我を負わせてしまったと気落ちされてましたけど……」
「そ」
あんな血まみれの部屋でよくやった方だと思うけど。
刀には刀の感性があるのだろう。
頰のテープを剥がして、傷に触れないようにテープの粘着剤を取るように拭った。
「……痛そうです」
「触らなきゃ痛くないよ」
秋田はトリートメントを流しながらも水が跳ねないようにいつもより細心の注意を払ってくれた。
そこまで気にしなくてもいいのに。
「僕が主君の傷を、癒してあげられたらよかったのに……」
ぽつりと呟いた言葉に、私は刀じゃないと思わず笑う。
キスで治るなんて愉快な体だ。
秋田は私の髪の水気を取りタオルでまとめると、真剣な顔をして流し場に膝をついた。
「主君……内緒の、絶対内緒のお話があります」
「ん?」
「僕たちは刀であり、付喪神です。だから、もしも、もしも本当に、どうしても、主君の命が危険になったら、真名を教えてください」
「真名?青葉じゃなくて、政府に取られた方の本名ってこと?」
「政府に、取られているんですか?」
秋田は驚いた様子で息をのんだ。
ああ、そういうことか。
あまり詳しくない私でも、これだけ素材を提示されれば神隠しに思い至る。
刀剣男士に名前を知られることで、神隠しにされる。
それを事故なり故意なり防ぐためにあらかじめ政府で管理しているのだろう。
しかし秋田が言ったのもまた理解できる。
私を神隠しすることでこの本丸から秋田が助けてくれるという話だ。
まあ、それと引き換えにどうなるかは分からないけど。
「ん、分かった。本名はどうにかして取り返しとく。その時は、悪いようにしないでよね」
前 | 次
戻る