▽ 01
始まりはいつだって突然だ。
いつもと同じ学校へと向かう道に、虹色のひび割れがあった。
最近ニュースで話題になっていたそれに、私は危機感もなく近づいた。
虹が現れたところは区画封鎖されてしまうのでこんな近くで見たのは初めてだ。
端末で写真を撮り、警察に通報しようと思った時、ひびが空へと昇り、私の視界を真っ二つにした。
やばい、と思う間もなく虹のひび割れは世界全体を覆い尽くし、私の世界は終わった。
そして気づけば私は、この世界にいた。
虹のひび割れを持つ私を珍しく思い拾ったのは、ヒドラだった。
「標的クリア。どうぞ、ウィンターソルジャー」
スコープ越しに兵士を追う。
黒髪黒目は、この異国ではどこか懐かしい感じすらする。
ひび割れがあるだけで、これと言った取り柄のない私は、唯一狙撃の腕だけは優れていた。
もちろん、歴戦の兵士に比べれば劣るけれど、私は必死だった。
たとえそれが人道を外れることと頭では分かっていても、ヒドラに見捨てられたら、私は生きていけない。
ヒドラもそれを理解したのか、最初こそ首輪が付いていたが、今はもう私の狙撃を補助するスポッターを一人つけるだけだ。
「警察が来た。レーナ」
「はい」
スポッターの男に促され、兵士を追っていたスコープを建物外の警察に向ける。
罪悪感を感じないのかと言われれば、最初の一年ですでに失ってしまった。
人間誰しも、自分の身が一番可愛いのだ。
「ファイア」
引き金を引き、次の弾丸を装填する。
「ソルジャー、警察が来てます。急いでください」
『任務完了。退け』
「了解です」
バイクが無事現場から去っていくのを眺めながら、私も仕事道具を片付ける。
車に乗り込み、スポッターの運転で現場を離れる。
兵士はバイクで先行している。
「ウィンターソルジャー、その先で回収します。後ろについてください」
『ああ』
「後ろ開けます」
「どーぞ」
兵士が後ろについたのを確認して車の後ろを開ける。
バイクを積み込むための折りたたみスロープを引っ掛け、車止めを置いて兵士に手を振った。
すぐにバイクは細いスロープを上り、バンの中で止まった。
黒い装いの兵士は私が用意したスロープを鋼の腕で回収して後ろのドアをしっかりと閉める。
「ウィンターソルジャーを回収。基地に戻ります」
本部から了解の声が聞こえた。
兵士は備え付けの椅子に座り、小さく息を吐き出した。
彼は洗脳されている。
自分が誰かも、過去何していたかも分からぬまま、ただヒドラの命じるまま従順に人を殺す。
ミネラルウォーターを彼に渡し、装備を少しずつ外していく。
彼は大人しくされるがままだ。
せめて洗脳されていたら、私もいくらか楽に慣れただろうに。
本気ではない。
虚ろな目で私を見る兵士に、内心で首を振った。
「顔、拭きますね」
答えはないが、一応声をかけて彼の頬にウェットティッシュを当てる。
血を拭い、それが彼のものではないことに僅かに安堵した。
端正な顔立ち。
なぜ彼がヒドラに捕まってしまったのかは分からないが、きっとこうなる以前は恵まれた生活をしていたのではないだろうか。
「レーナ、あんまり入れ込むんじゃねーぞ」
「入れ込んでません」
ウェットティッシュを捨てて、私も席に座る。
「母性ってやつか?甲斐甲斐しく世話してよ」
スポッターの軽口には何も返さなかった。
反応するだけ無駄だ。
車が基地に戻り、兵士は報告に、私は報告書を作成するために別々の廊下へと進んだ。
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