▽ 09


研究対象としても、狙撃手としても、私のラードゥガという名はヒドラに浸透していたらしい。
ソコヴィア基地に来て、二人の研究対象と出会った。
魔女と、速い男。
双子の彼らは望んでヒドラの研究対象になったらしい。
私とは全く違うのに、同じような道を辿っている。

「ラードゥガ、虹見せてよ」

マキシモフ弟が話しかけて来た。
長身を見上げてシャツを捲り上げる。

「すげー!いつ見ても綺麗だな」
「ちょっとピエトロ、やめなさいよ」
「もうよろしいですか?任務がありますので」
「送ったげようか?」
「いいえ、ご自分の任務をなさってください」
「ちえ」

彼らはよく私に話しかけてくれる。
以前の私ならもう少し仲良くできたかもしれない。
装備を確認して車庫に向かう。
今は、ダメだ。
幸せに暮らす道が残されていたのに、進んで堕ちた彼らとでは、仲良くできる気がしない。
それがたとえ復讐のためだとしても。
スコープ越しに、血が飛び散った。
52人目。
彼らは復讐を果たしたらどうするのだろう。
何事もなかったかのように幸せに過ごすのだろうか。
目を閉じて、想像してみる。
私より少し上の彼ら。
けれど、その精神はまだ幼い。
まるで弟か妹を見ているようだ。
基地へ戻り、報告を済ませた。
ここの研究員は、すでに手詰まり状態の私の虹より、明確な進化の力を持つマキシモフ姉弟に興味があるらしく、最初に一度体を開かれて以来は検診すら行われていない。
それでも私には狙撃手としての需要があった。
そんなある日、私は虹の件で呼び出された。
部屋には、杖がある。

「これは?」
『近づけ』
「はい……」

仰々しいというか、ファンタジックな形のそれに、私は内心で碌なものではないだろうな、と肩をすくめる。
何だろう。
でも、嫌な感じはしない。
死んだら、嫌だな。
あの虹は、多分また私を生き返らせるだろう。
確証はないが、そう直感する。
杖の前まで来たが、特に何も起きない。

『杖に触れろ』
「はい」

硬質な手触り。
虹が反応する様子もなく、杖が反応する様子もない。
何も、起きない。

「あの……?」
『もういい、検査室へ行け』
「はい」

杖から手を離して部屋を出た。
隣の検査室に入り、ドクターの言う通りベッドに横になる。
彼は私のことをラードゥガと呼ぶ。

「異常なしか。行け」
「はい」

虹に触れて、まるで全てを拒否するかのような無機質の手触りにため息を堪える。
これさえなければ。

「よ、ラードゥガ。虹見せてよ」
「こら、ピエトロ」
「構いません」

私は裾を捲り上げた。
彼は満足そうに綺麗だな、と頷く。
綺麗な景色を見るような感覚でこの虹を見ているのだろうか。

「ラードゥガ、ピエトロに見せなくていいのよ。女の子なんだから」
「私は構いませんよ」
「……あなた、ロボットじゃないわよね?」
「人間です」
「感情とかあんの?」
「ありますよ。死ぬのは怖いです。人を殺すのも。生きるために仕方がないからやっているだけで」

双子はぱちくりと目を瞬かせた。
幼い顔。
私の方がそう思われているのだろうけれど。

「でも、あなた、自分で来たじゃない、ここに」
「そうそう!」
「人を、殺したから……」

あ、頭が痛い。
くしゃりと髪ごと頭を抱える。

「今更、お天道様の下は歩けない、でしょ」
「何言ってんだよ、そんなこと言ってたら軍人はみんな人殺しだぜ」
「私は軍人なんかじゃない!普通に暮らしてたのに!!」
「うおっ!?」
「ずっと平和だったのに!この虹が私の世界を壊した!この虹さえなければ!人を望んで殺したことなんて一回もない!でもそうしなきゃ生きていけなかったから!!」
「ご、ごめん!悪かったよ、落ち着けって、ラードゥガ」
「私はラードゥガなんて名前じゃない!この虹が綺麗!?私の世界を、70億人の命と帰り道を丸ごと奪ったこいつが!?」

ああ、止まんない。
ダメだ、こんなこと言っちゃダメだ。
ヒスるな。
彼らは何も知らないだけ。
私が何も話していないだけ。
ダメだ、人にあたるな。

「ごめんなさい、私たち、貴方の名前をそれしか知らないの。よかったら教えて」

ワンダが私に手を伸ばした。
赤い光が、私を落ち着かせようと指先からゆっくりと霞のように伝わってくる。
けれど虹の光がそれを阻んだ。

「え?」
「……すみません、怒鳴って。少し、気が立っていました。私は任務に向かうので、それでは」
「ま、待って……」


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