Step.1
珍しく、俺名指しのヒーロー出動要請が来た。
ヴィランの個性によってはそういうこともあるのだろうと、深いため息をついて捕縛武器の下に隠されていたゴーグルをつけた。
「相澤くん、資料を持っていきなさい!」
「はい」
校長に印刷したての紙を渡され、それに目を通しながら現場へと急いだ。
時間がなかったというのもあるのだろうが、荒の目立つ敵情報に頭が痛くなる。
しかしそれよりも俺の目を引いたのは、現在民家で立て籠っていると思われるヴィランの本名だった。
「久地楽 コトハ……?」
十数年前、家が近かったという単純な理由で子供の相手をしていた記憶があるが、あの時の子供はこんな名前では無かっただろうか。
現着してすぐにその異常性に気づく。
ごく普通の一軒屋が丸々黒い何かに覆われているのだ。
さながら、色を抜かれて影だけ残ったかのような異常な光景に自分の呼ばれた意味を知る。
「イレイザーヘッド!応援ありがとうございます。あの黒いやつ、炎も水も試したんですがどれも効いている様子はなく……」
「中にいるのは久地楽 コトハで間違いないんですかね」
「ええ、養父をあの黒いやつで呑み込み、立てこもっています」
「分かりました。全員この場から距離をとってもらえますか」
「了解です。合図を頂ければすぐに援護を!」
あの黒い何かに有効な個性を持っていないヒーローたちは、特に俺の言葉に意見するでもなくここから距離をとった。
記憶の中の少女は天真爛漫でふわふわした光を出すだけの個性だったはずだ。
一体何があったのか。
ぐっとゴーグルの下で目に力を籠め、個性を発動しようとしたとき、すぐ隣に誰かが走って来た。
「HEY!!イレイザー!!お前速すぎだぜ!!」
「マイク……お前何しに来たんだ」
「校長が俺も行けってよ!――やっぱ、コトハなのか……?」
「間違いないみたいだな」
俺が頷いたとき、黒い何かに包まれた家から蛇のようなものが伸び、マイクに襲いかかった。
一撃はとっさに避けたが、枝分かれしてさらに速度を上げたそれはマイクの心臓をめがけて一直線に伸びる。
飛び退いて回避したばかりで体勢の整わないマイクを捕縛布で引き寄せるが、わずかに間に合わずマイクの右足に蛇が噛みついた。
しかし捕縛布で引き寄せた力に負けたのか、蛇は至極あっさりと足を放した。
すぐに肩を貸してその場から離脱しようとしたが、マイクの様子がおかしいことに気がついた。
「おい、どうした?」
「土に還りたい……俺の騒音で世間の皆様に迷惑をかけていると思うともう生きていられない……生まれて来てごめんなさい……もうだめだ……貝になりたい……」
いつもとは逆方向に面倒くさい。
家から伸びる黒い蛇に気を配りながらもマイクの肩を離せば、彼はすぐに地面に手をついてうなだれ始めた。
負傷したはずの右足には何の痕跡もない。
「……個性か?」
思い至り、すぐに俺の個性を発動すると、マイクは我に帰るようにしてハッと自分の現状に気づいたようだった。
「サンキューイレイザー!!あの蛇、コトハの個性だ!!マイナスの感情が溢れこんで来やがって急にネガティブになっちまった!!」
「感情だと……?」
「あの家囲ってる黒いやつが全部マイナスの感情だとしたら……コトハがヤベェな」
「俺が消してもいいが……感情を消してもいいものかどうか。――マイク、お前の声量で中に呼びかけろ」
「OKまかせろ!!」
すぅ、と大きく息を吸い込んだマイクから離れ、耳を両手でふさいだ。
指向性スピーカーとはいえ、うるさいものはうるさい。
「コトハちゃーん!!!あーそびーまーしょー!!YEAAAAHHHH!!」
呼びかけろとは言ったが、なんでそんな掛け声なんだ。
しかし、何かしらの効果はあったらしく蠢いていた蛇が戸惑うようにマイクを見た。
「コトハ、相澤消太だ。覚えているか?」
ゴーグルを取って顔を見せてやれば、今度こそ確かに蛇が反応を返した。
じわりじわりと近づく蛇に、一応いつでも個性を発動できるようにしておく。
「しょーた、おにいちゃん?」
蛇はぷつりと塊を落とすと、それが小さな人の形を取った。
出会ったときの大きさだろうか。
影そのもので表情も何もわからないが、小さいコトハは不思議そうに首を傾げた。
「おお!HEY!!コトハ!ひざしお兄ちゃんだぜ!!」
「マイク、気を抜くなよ」
「分かっ―――もうだめだ、死にたい……生まれてきたことが申し訳ない……地中に埋まりたい……いっそ土になりたい」
黒いコトハに触れられたマイクは予想に漏れず地面に手をついた。
何やってるんだこいつ……遊んでんじゃねぇんだぞ。
黒いコトハは視界に入れないようにしてマイクにかかっている個性を消す。
「お、おお、助かったぜ、イレイザー!しかしそう何度も食らってたら心が疲弊しちまうな!」
「そう何度も食らうな」
まずはコトハと距離をとらせようとしたとき、コトハから黒い淀みがあふれ出した。
一体なんなんだ?
どろりどろりと地面に溜まるそれとは対照的に、綺麗な白い光を放つコトハが現れた。
「コトハ……?」
俺が声をかければ、コトハは花が咲くように笑って走り寄ってきた。
触れられることに身構えマイクを盾にするが、足に抱き付かれたマイクも特に心に触れられた様子はない。
「ひざしおにいちゃん!しょーたおにいちゃん!!」
「うわぁああ!またネガティブに……――ならない!!YES!!大丈夫だぜ、イレイザー!!」
「白いほうはプラスの感情ってことか」
「ってかお前!俺を盾にしやがったな!?」
「お前が食らえば俺が消せるだろうが」
ぎゅう、と体を押し付けるようにマイクに抱き付いていたコトハは、今度は俺のほうに両腕を伸ばした。
抱っこをねだるそれに数年ぶりに応えて片手で抱き上げてやる。
「久しぶりだな、コトハ」
「しょーたおにいちゃん……おねえちゃんを、たすけてあげて……」
ぐす、と僅かに泣き声を漏らして俺の肩に顔をうずめた。
「お姉ちゃん?コトハお前、姉ちゃんいたのか?」
「いや、違うだろ」
マイクが吐き出した的外れな言葉に俺は肩をすくめ、薄く光る白いコトハの背を撫でた。
実体があるのか、柔らかく、そして鼓動していた。
「お姉ちゃんってのは……本体の、コトハのことだな?」
白いコトハは何を言うでもなく、小さく頷いてぐりぐりと俺の肩に顔を押し付けた。
何か嫌なことがあった時にする仕草だ。
何年前でも覚えている。
けれど、コトハは強い子だった。
ひとしきり甘えた後は決まって、涙をこらえてぐっと顔を上げ、まるで睨みつけるかのような強い瞳で自分を鼓舞する。
昔構っていた時と何も変わらない小さなコトハは、記憶をなぞるように昔と同じくぐっと顔を上げた。
「おにいちゃん、いっしょに、きてくれる?」
「ああ、行こうか」
「っしゃあ!!イレイザー、コトハは頼むぜ!俺が先頭を行ってやる!!」
「学習しろ馬鹿。お前が先頭でどうする。コトハ、何か策が有んだろ」
ぴょん、と俺の腕の中から飛び出したコトハは危なげなく地面に着地すると、俺とマイクの手を取って家へと迷いなく歩いていく。
「なっ、ヘイヘイヘイ!!WAIT!!ちょーっと待てよ!コトハ!!また黒いやつが……こねぇな」
白いコトハを避けるように、黒い蛇や靄たちが後ずさる。
しかし一定の距離を開けるだけで、コトハにビビっているわけでは無い。
一歩踏み込めばその分奴らも近づいてくる。
白いコトハを中心に、不可視の小さなサークルがあるようで俺とマイクもその恩恵にあずかっていた。
「おねえちゃんが、あいつにまけちゃうの、やだ……」
弱い力ではあるが、その見た目の齢に似合わずコトハは真剣な顔で俺たちの手を握り締めた。
いつの間にか黒をかき分けて家の玄関へとたどり着いていた。
半球状のバリアのおかげで黒に浸食されずに済んでいるが、逆に言えば、びったりとバリアに張りつかれ、少しでもこの半球が崩れようものなら個性を使う間もなく飲まれてしまうだろう。
「負けねえ!大丈夫だぜ、ノープロブレムだ!!あいつが誰かは知らねぇけど、コトハは負けねぇよ!ほら、昔あっただろ、個性持ちの悪ガキをワンパンで伸しちまったっていうサイコーにアツい話が!!あの時、俺はお前の教育方針間違ってなかったって確信したね!!」
「話が長い。それに、お前は別に育ててないだろ」
だがまあ、こいつのこういう底抜けに明るい性格は非常に有用だ。
ニッ、と笑ったマイクをぽかんと見たコトハは、一拍置いて破顔した。
コトハの精神状態に起因しているのか、サークルが強い光を帯びてさらに半径を広げる。
「ひざしおにいちゃん!!」
「おーぅ!よしよし!!」
腕を伸ばしたコトハを抱き上げ、締まりのない顔で自分よりもいくらか小さい頭を撫でまわすマイクは、端的に言って気持ち悪かった。
「おい、遊んでんじゃねぇ。行くぞ」
俺は家のドアに手をかけ、一思いに開いた。
中は想像していた通り黒いものに覆われて、鼓動し蠢いていた。
「うひょー、一面これかよ……もうパーッと消しちまったほうが早いんでねぇの」
「これが全て感情だとするなら、多少はともかく全部消したらまずいことになんだろ。大元の“お姉ちゃん”を何とかする」
「お前お姉ちゃんとか言うのな」
マイクの足を蹴ってからリビングに繋がるドアを開ける。
黒いものの中から無数の何かがこちらをじっと見つめていた。
何がここまでコトハを追い詰めたのか。
リビングに踏み込んだ瞬間、息をのんだ。
記憶よりもずっと成長したコトハが、けだるげに椅子に凭れて虚ろな目で天井を見つめていた。
黒いセーラー服の下から伸びる白くたおやかな足は半端に浮いて、その指先から黒い雫がとめどなく零れ落ちていた。
しかし零れ落ちた黒い雫が広がることはなく、中心のコトハを照らすような白い光のサークルから外へと逃げだしていく。
人間の感情が全て抜け落ちたような顔をしているが、それもまた人間離れしたような美しさを醸し出していて目を疑った。
何から何まで、余りに綺麗で儚く、美しい。
ゆっくり瞬きをしたコトハはこちらを見もせずに、左手をもたげ、手のひらを向けた。
「だめ、おねえちゃん!!」
マイクの腕の中にいた白いコトハは、目の前の本体と同じように手のひらを向けると、濁流のようにあふれだした黒い波に白い光のバリアで対抗した。
「凄まじいな……」
「おねえちゃんの中から、でてって!!!」
本体のコトハを照らす白いサークルがさらに強くなり、何かがはじけるような音がした。
その直後、おおよそこの黒いものの源流であると思われるコトハの影がサークルの傍に現れる。
本体から零れ落ちていた黒い雫すら今はもう止まり、本当に空っぽな器が、心のない人形が、まるで人間のように椅子に置いてあるばかりとなった。
やはりだ。
この白いコトハは正の感情、目の前の黒いコトハは負の感情の具現化。
つまりこいつらを俺の能力で消してしまえば――コトハは感情を失う。
「出てくのはアンタだよ。もういらないって、私が押しつぶしたんだから」
「ちがうもん!!」
「もういいんだよ、小さい私。希望なんて無い。お母さんとお父さんが死んだとき、もう、全部終わってたんだよ。だから――」
牙のある獣が、黒いコトハの傍に控えた。
「みんな滅茶苦茶にしてあげようね」
獣が走りだしたかと思うと、俺たちを守るように鼓動していた透明な光のバリアに突っ込んできた。
しかし霧散するでもなく、一直線に白いコトハへとその牙を向ける。
「イレイザー!!消せ!」
「無茶言うな!!」
コトハを抱えているせいで個性を使えないマイクは庇うように背を向けて、俺の視界から白いコトハを隠した。
黒いコトハも白いコトハも視界に入れないように個性を発動すれば、獣が消えた。
しかしやはりというべきか、俺の視界に入った黒い靄すべてが消えた。
大元であるコトハを見てしまえば、想像に難くない。
「くそっ……!!」
すぐに瞬きをして万が一にでもコトハを視界に入れないようにする。
「消太、お兄ちゃん……?」
「コトハ……分かるのか」
黒いコトハは、至極嬉しそうに顔を歪めた。
「ひざしお兄ちゃんもいる……私のこと、消しに来たんだ。知ってるよ、ヒーローだもんね、私は、ヴィランなんだ」
黒いコトハが、光のバリアの前で立ち止まった。
いつの間にか、その造形は影などではなく、コトハそのものであるのが分かるほど鮮明になっていた。
これは、拙いんだろう。
でも、と言って、コトハが一歩踏み込んできた。
そのままなだれ込むようにして、俺の首に抱き付く。
「でもね、消太お兄ちゃんは、私のこと消せないって、知ってるんだよ」
触れた瞬間に流れ込んできたのは頭が破裂しそうなほどの感情の波だった。
黒いコトハに引っ張られて辛うじて蹈鞴を踏むが、蛇たちが俺の体を光の外へと導いていく。
マイクが焦ってこちらに手を伸ばすのを、白いコトハが必死に止めているのが視界に映ったが、ただの視覚情報として脳に届くだけで、それを理解することはできなかった。
脳が容量オーバーを告げているからか、眩暈と鼻血が止まらない。
俺は黒いコトハを胸に抱きしめて、本体のコトハがいる光のサークルのほうへと腕を伸ばした。
思考がまとまらず、酷い頭痛と凄絶なほどに負の感情が襲い掛かってくるが、けれどまだ、動ける。
「え、なんで、お兄ちゃん、動けるの……?」
「俺が……」
感情の濁流に呑まれながらも、心の中にある一つの感情を支えに、脳を動かす。
「お前を、助けたいからだ。――……コトハ」
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