Walk.66



国本に案内され、俺は病室に足を踏み入れた。
目覚める前より少しやつれた男は、目の下にクマを作っていた。
違う、コトハが悪いわけじゃない。
ただ、誰も、本当は、悪くなかった。
コトハの両親が事故で亡くなり、唯一の肉親である久地楽心平は、形見であるコトハと生きる覚悟を決めていた。
けれど、心に関与する家系ゆえに、きっと他者より深くコトハの絶望に共感し、シンクロし、まるで自傷でもするかのようにコトハを傷つけた。
それでも殺さぬように、跡が残らぬように、目立たぬように、罷り間違っても施設になど連れて行かれ、コトハが自死せぬように、久地楽心平は自身と、コトハの絶望と戦っていた。
今となっては何とでも言える。
警察だとか、個性相談窓口だとか。
しかしそれで、コトハは救われただろうか。
自殺しなかったと本当に言えるだろうか。
状況を知らぬ施設の人間が、心の見えぬ他者が、コトハを救えただろうか。
コトハの憎悪が、自身から養父に向いたことが、果たして、悪果であっただろうか。

「相澤、消太さん」
「……はい」
「お話は、大体……コトハちゃんは、元気ですか」
「はい」

男はやつれた顔で笑った。
安心するような、顔で。
やめてくれ。
もう、俺は、この人を悪人とは見れなかった。

「俺のことはコトハちゃんには言わないでください。あの子がいま幸せならそれでいい」

俺は何も言わず、言えず、ただ頭を下げた。

「かっこいいな、ヒーロー……心次くんと咲美さんが亡くなって、一人でコトハちゃんが残された時、俺は、ヒーローは何やってんだよ、って、思いました。いや、俺だったのか、コトハちゃんだったか、もう思い出せないけど。でも、ちゃんと助けに来てくれるんだもんな」

この人は、これからどうなるのだろうか。
アルコール依存の治療をして、そして。

「どの口でって、思うかもしれないですけど……相澤さん、あの子は、何も悪くないんです。悪いのは、あの子の心に抗えなかった俺の弱さです……コトハちゃんを、どうか、よろしくお願いします」

男の差し出した手を取れば、共感の個性によって、俺が返事をするより早く男は微笑んだ。

「はい、必ず」


******


「久地楽心平は治療を終え次第、顔と名前を変え、地方へと移ることになりました。これは、本人の希望と公安の決定です」
「事実は、表沙汰にはならないんですよね」
「勿論です」

公安の思惑もあるのだろうが、これ以上コトハが傷つく火種が世に出ないと知ってほっと息を吐き出した。
あまりに残酷すぎる。
コトハの親族が悪人ではなかったことを喜ぶべきなのか、コトハを追い詰めていたのがコトハ自身であったことを悲しむべきなのか、分からず、顔を伏せた。

「少し、遠回りで送ります」
「……ありがとうございます」



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