Walk.65
「私はハーティ!辛い時は私が皆の心を支えます!」
「うーん!安心はヒーローの代名詞よー!!」
俺の個人端末に至急の呼び出しが入った。
メディア対応の授業中ではあったが、ミッドナイトに生徒たちと外部講師で来ていたMt.レディを頼み、駐車場まで走った。
国本の呼び出しだ。
しかも、すでに雄英まで来ている。
嫌な予感がした。
駐車場で車に腰掛け待っていた国本は、俺の姿に気づくと真剣な面持ちで助手席を開いた。
「すみません、校長先生には私の方から一報入れております。乗ってください」
促されたまま助手席に乗り込み、シートベルトを締めた。
十中八九コトハのことだろう。
だがあいつ自身は今安定しているし、管理課についても雄英にいる限りは大丈夫なはずだ。
だとするなら、連合のことだろうか。
「まず、この事はコトハさんには伏せていて欲しいのですが……」
国本は言いつつ、俺に端末を渡した。
動画?
再生して息を呑む。
すぐに止めた。
どうして、いま。
「久地楽コトハさんの養父、久地楽心平の意識が、戻りました」
俺の中を巡る血が、怒りを、そして恐れを全身に巡らせた。
コトハは、今は俺の庇護下にある。
けれど唯一の肉親が目覚めたなら。
虐待の事実はあれど、コトハを物理的に殺すほどの暴行はしていない。
……おそらく奴は刑務所には入らない。
あったとしても、せいぜいアルコール依存のリハビリで病院に拘束されるくらいだ。
それも、治ってしまったなら。
「コトハは……あの契約書は、俺がコトハの後見人になるという宣誓は破棄されるという事ですか」
「相澤さん、違います。その点に関しては大丈夫です。すでに公安内でも、抹消の個性を持つ貴方から離すのは危険、いえ……とにかく、そちらは大丈夫です。これから久地楽心平が何を言おうと、それは変わりません」
であるなら、一体何が問題だというのだ。
俺は、迫り来る何かを恐れ、再び動画を再生することを躊躇し、やっとの思いで、再生した。
『久地楽心平さん』
男がカメラを見る。
『ここは……俺は……』
『ここは病院です。久地楽コトハさんの暴走に巻き込まれたあなたを治療していました』
『コトハ……コトハちゃんは、無事なんですか……?』
『、はい』
男はホッとしたように息を吐き出した。
なぜ。
『よかった……』
怒りと恐れが、綯い交ぜになる。
なぜ。
それではまるで、コトハを案じているようではないか。
酒が抜けて、正気に戻ったのか?
そんな、ことで、コトハを追い詰めていた奴が。
『貴方は、なぜ、コトハさんを』
俺と同じように、国本の動揺した声が問うた。
『……最初は、ちゃんと、育てようとしたんだ。酒もやめて、心次くんと、咲美さんの形見を、大事にしようと思ったんだ』
男は頭を抱え、なのに、と絞り出すように叫んだ。
『あの子は!!』
『落ち着いてください、説明をお願いします。なぜ貴方はコトハさんに暴力を振るうようになったのですか?アルコール依存症の……』
『違う!言っただろ!酒はやめたんだ!あの子が寂しくないように、最大限、俺は……最大限……』
男の目には、僅かな恐怖が映っていた。
やめてくれ。
お前は、お前だけは、最期まで悪人であってくれ。
じゃなきゃ、コトハは。
『コトハちゃんが、うちに来て……気づいたら、家のあちこちに、黒い、心が溜まってた……俺はそれを、どうにかしようとして、それに、触ったんだ……ただ……』
『貴方の個性は共感、同調、いわば人の心を共有する個性のはず……貴方も心が見えるのですか?』
『色が見える。うちは皆そうだ。心次くんも、おそらくコトハちゃんも。俺がその黒い心に触った時、怒りと絶望が湧いた。コトハちゃんは、あの子自身が……死にたがっていた、から、俺は、それに、引っ張られて……』
俺も、男も、同じように俯いた。
コトハを殺そうとするのは、いつだって、コトハ自身だ。
『どうしてその時点で警察なり個性窓口なりに相談しなかったんです。あの子に、同調した牙を向ける前に』
『俺は俺であるだけで精一杯だったんだ……自分自身に個性を使って、毎朝俺を取り戻してた。でも、ずっとは続けられなくて、個性が切れたタイミングで、また心が乗っ取られて、コトハちゃんを……耐えられなくなって、また、酒を飲んで……』
助けを、求められなかったのだろう。
コトハの自傷の心に押しつぶされていた。
この男も戦っていたのだ。
コトハへと伸ばす手が、コトハ自身によって、暴力へと変えられても。
『それでも、あの子を一人にしたらダメだと思った……自己嫌悪なんてレベルじゃない。あの子は、一人にしたら、死んでた……せめて、俺が……分かってる!許されないことは!でも、あの子が自分で自分を殺すよりいいだろ!?俺のせいにして、最悪、俺が……殺した方が……!』
男は涙を落とし、震えた。
- 184 -
*前 | 次#
戻る