▽ 一話:友との別れ


2205年より500年にわたる長い戦いが、審神者たちの辛勝という形で幕を閉じた。
時間遡行軍との戦いは苛烈を極め、最後の一年はまさに絶望の消耗戦だった。
遡行軍の大元に刃を突き立て、残ったのはたった数百の審神者とそれぞれが所有する数十の刀剣だけ。
戦果だけを見たなら勝ったとは言えない。
しかし大局を見るなら、数多の犠牲を払いつつも結果的に我々審神者は歴史を守り抜いたのだ。
各本丸から繋がるターミナルで、私は黒い慰霊碑を見上げた。
とてつもなく固い、私には理解の及ばない鋼でできた慰霊碑には私の友達の名も刻まれている。

「あの、主君……」
「うん、もう行くよ」

慰霊碑をそっと撫でると、不思議と脈動しているような感じがして少しだけ気味が悪かった。
私を伺うように見上げる秋田藤四郎はおずおずと手を握ってきた。

「大丈夫だよ、ありがとう」

小さなその手を握り返すだけで、秋田くんは花が咲くように笑った。
踵を返して会議室へ向かう。
大戦後、生き残った審神者たちには選択の自由が与えられた。
記憶を消して普通の日常に戻るもよし、絆を深めた刀剣たちと共に過ごすもよし、このまま政府に協力するもよし。
各審神者の望みは可能な限り叶えられた。
けれど、生き残った審神者たちは、政府に協力する者も少なくなかった。
守り抜いた日本を、今後も守って生きたいとかそういった正義感ではなくて、勿論それもあるのだろうが、500年続いた戦争のせいで、今更手放しで与えられる平和な日常に戻れなくなってしまった者も多い。
私もまたその1人だ。

「相模国 統括審神者、遊川 つゆりです」

中からどうぞという声が聞こえて会議室の扉が開いた。
会議室とはいえ、セキュリティ的な面からか生身の人間は私と端に座す担当の管理官だけだ。
後は数字の降られたモニターがいくつか並ぶばかり。
長いテーブルの末席に立ち、秋田くんと手を握ったまま担当を見る。

「平成で時空監視に当たっていた審神者が何者かによって殺されました」
「えっ……」
「今回の任務は、時空監視代行と殺された上元安奈様の死因調査を行っていただくことです」
「待って、安奈って、大和の……?」
「生前、大和国を統括していらした審神者様です」

上元安奈。
また、知り合いがこの世を去った。
隣で私の手を握ってくれる秋田くんに心を支えられ、私は一度息を吐きだして感情を押し殺した。
戦争の時は、毎日仲間の訃報が届いていた。
もう、無いと思っていたのに。
緩み切っていた心に、友人の訃報は冷たい切っ先を刺し込むようだった。

「なぜ、彼女は……刀剣たちがいるはずでしょ」
「刀剣は現世携帯されておらず、本丸待機であったと」

審神者が……護衛も帯刀もなしで現世に生身で?
古くからの不文律ではあったが、刀剣による武装は当たり前にしているものだと思っていた。
いやしかし、彼女とて私と現世に共同休暇を取った際には刀剣を佩刀していた。
戦争が終わったから?
だから安全だとでも思ったのだろうか。
分からない。
500年張り続けていた緊張の糸が切れてしまったのだろうか。

「安奈の、彼女の刀剣たちは何か言っていた?」
「我々が上元様の本丸に着いた頃にはすでに15振り中14振りは、世話になったと書き置きを残して自ら折れていました」

そんな、刀が、自害でもしたと言うのか。
自ら折れるなんて……。
二の句が継げなくなった私は、秋田くんを抱きしめて少しの間その柔らかい髪に顔を埋めた。
ぽんぽん、と赤子を慰めるような優しい手つきで秋田くんは私を撫でてくれる。
ごめん、情けない主でごめんね。
私の刀たちは良くも悪くも強く、戦場に生きる刀たちであったから、私に次いで死ぬというのは少し想像できない。
しかし、ありとあらゆるものを慈しみ、戦争を苦手としていた彼女の本丸はきっとそうではないのだろう。
耐えられなかったのだ。
秋田くんを放して、ゆっくりと視線を担当に戻した。

「それで、その残り一振りは」

白い紙のようなもので顔を隠した側仕えの者が、長細い箱を丁重に私の前のテーブルに置いた。
これが……唯一残った彼女の刀剣。
桐の箱を開けると、紫の上等な布に包まれる美しい拵えが眠るように座していた。

「大倶利伽羅……!」

まさか彼がそこにいるとは思わず、声を漏らした。
秋田くんも背伸びをして桐の箱を覗き込む。
箱の大きさから脇差以上だとは思っていたが、大倶利伽羅だとは。
なぜ彼は残ったのだろう。

「顕現させても?」
「はい」

担当に確認を取り、私は指先に霊気を込めた。
倶利伽羅龍をその身に宿した誇り高い刀剣。
そして、友人の刀。
箱からそっと取り出し、捧げるように両手で持つ。
頭を下げ、刀剣に宿る付喪神を励起する。

「……ん?」

が、刀剣から桜が現れ散ることも、まして付喪神が顕現することもなかった。
刀剣が、大倶利伽羅が私を拒否している。

「政府職員が調書作成のため顕現していただこうとしましたが、叶わずじまいでした」

じゃあ、私だからというわけではないのか。
他の刀剣たちと同じように折れず、刀に戻った理由が、何かあるのだろうか。
大倶利伽羅を箱に戻し、滑らかな肌触りのやはり上等な布をかけ直す。

「これより上元様のいた現世での任務となりますので、そちらの大倶利伽羅様もお連れください。そして何か分かれば仔細報告を」
「なるほど、そういうことですか……」
「今回の任務は先程も申しました通り、時空監視代行と殺された上元安奈様の死因調査。上元様を殺したのがその時代の人間であれば深追いせず、遡行軍の残党に因るものであったのなら即時殲滅を。以上です」

担当が資料を追って送ると言うと、モニターの一つが赤枠で囲まれた。
お偉方の一人が何か言いたいらしい。
上司という存在が苦手な私は少しだけ気後れする。

『相模の』
「はい」
『ゆめゆめ、裏切るなよ』
「無論です」

今更、今更じゃないか。
500年もの間戦い続けたというのに、今更裏切るはずがない。
私は吐き捨てるように、けれど表には出さず内心で上司を罵った。
現場に出ない人間がピーチクパーチク囀るなよ。

「退室してもよろしいですか」

返事も聞かぬまま踵を返そうとすると、別のモニターに赤枠がついた。

『相模統括、人間にこそ気を付けなさい。斬って捨てることが出来ないのですからね』
「重々承知しております」

今度こそ会議室を出た。
大戦以降、審神者の数は減るばかりだ。
だからこそ私のような、まあ、統括ではあるけれど、一審神者のこんな場面をわざわざ見に来たのだろう。
私の身を心配しているだとかそういうことではなくて、単純に手駒の数が減るのを懸念しているのだ。

「秋田くん、本丸に連絡して」
「はい!」

会議室から持ち出した大倶利伽羅が入った桐の箱を抱えなおし、端末で今回の詳しい任務を確認する。
しばらくは『平成』から離れられないようだ。
ターミナルに戻ると、顔を白い紙で隠した小姓たちが黒い慰霊碑に集っていた。
その理由を察して、桐の箱を撫でて近づく。

「いま彫っておられるのは、どなたの名前ですか」
「相模統括様、ご機嫌麗しく」

小姓たちが揃って頭を下げた。
彼らは人間なのだろうか。
それすら分からぬほどに彼らは無機質で、私は政府を信用しきれていない。

「現在彫っているのは大和前統括、上元安奈様です」

ああ、やはり。
審神者は死ぬとその本丸の刀で名を彫られる。
大抵は残った刀剣がその任を受けるのだが、安奈のように誰も残っていない場合、政府付きの小姓たちが折れた刀剣を使って彫ってくれる。

「貴方はいいの……?」

桐の箱に小さく声をかけたが当然のごとく返事はない。
箱を撫でて、小姓たちに仕事に戻ってくれと手を振った。
また来るからね、安奈。


前へ次へ
戻る