▽ 二話:友の本丸、私の本丸


久しぶりの平成遠征だ。
私は監視官とは違い、政府や他の審神者に要請されてあらゆるところに飛ぶ所謂、遊撃隊である。
それ故に一所に留まるよりは大戦時と変わらず本丸にいることが多かった。
安奈が平成拠点として使っていた神社に、私も同じように部屋を借りた。
政府から話は通されているらしい。
主要な神社仏閣、特に神社には我々側の政府が介入し審神者の活動が阻害されないように便宜を図ることがあるとは聞いていたが、名も知らぬこのような神社にまで政府の手が伸びているというのは少しばかり驚く。
開かずの襖を、左に秋田くん、右手に桐の箱を抱えて開いた。
これは本丸に続く襖だが、今はまだ私の本丸ではなく安奈の本丸に繋がっている。
襖の向こうには、綺麗に整頓された執務室がぽつんと存在している。
当たり前だが、人の気配はない。
審神者の霊力や刀剣たちの残された神気だけで保っている。
この本丸も、もう長くはないだろう。
私の心を読んだように、右手に抱えた大倶利伽羅から僅かながらに神気が漏れた。

「本丸を残したいなら、担当に掛け合ってみようか?」

担当にでも言っておけば定期的に本丸維持の為に誰かが派遣されるだろう。
そんなに霊力を使うわけでもないし、それに何よりこの本丸の刀がまだいるから承認されるだろうと思う。
しかし大倶利伽羅はそれ以上何も反応しなかった。
神気を渡したということは、未練がないわけじゃないと思うのだけれど。
彼がどういう心境でいるのか分からないが、ひとまず私の霊力を強めに流し込んでしばらくは持つように結界を強化する。
今時空っぽの本丸に襲撃なんて無いと思うが念のためだ。

「行こうか、秋田くん」
「はい……」
「どうかした?」

元気のない返事に、足を止めて目を合わせるためにしゃがみ込んだ。
秋田くんは少しだけ考え込むように黙り、縋るように私を仰いだ。

「安奈様の本丸にも、いち兄や兄弟たちがいました……みんな、優しくて……」

くしゃりと歪んだ顔に抱きしめようと手を伸ばせば途端に涙が零れ落ちていった。
安奈の本丸とは少なくない縁があった。
大戦の時も、共に戦った。
あちらの秋田藤四郎が折れたとき、安奈も、安奈の一期一振も揃って泣いて、どうか生きてと私の秋田くんを抱きしめていた。
記憶に同調するように、私もその小さい体を抱きしめる。

「皆、いい刀たちだったね」
「はい……!」

仲間の死は、何度味わっても慣れない。
短い黙とうを彼らに捧げ、秋田くんを抱きかかえて立ちあがった。
それなりに重いが、秋田くんがしがみついてくれているので抱いて歩けないほどでは無かった。
秋田くんがこうも甘えてくるのは珍しい
よほど堪えたのだろう。
ぽんぽん、と緩やかなリズムで背を叩き、ぐずる秋田くんを宥めつつ廊下に続く障子を引いた。

「あぁ、見て、秋田くん」

桜だ。
涙でぐしゃぐしゃな顔を袖で拭い、障子の向こうを見せてあげた。
立派な桜の木が、霊気の薄くなった今でも少しも霞むことなく咲き誇っている。
そこから感じる幾つかの神気に、きっと彼らが折れる前に神気を込めていったのだろうと察することが出来た。
無人の本丸であるのに、桜の葉擦れの音のせいか、死の気配やら静寂の寂しさというものは感じられない。
まるで──。

「笑っているみたい、です」
「……そうだね」

どうして、笑うのだろう。
主を奪われ、絶望して折れたのではないのだろうか。
私も秋田くんも、困惑したまま桜を見上げる。
美しく笑う桜の真実を、唯一知っているであろう刀は、桐の箱の中で何を言うでもなく黙したままだ。
少しの間、そうして桜を見ていたが、やるべきことがあると視線をそらした。
執務室から出て本丸奥の審神者部屋へと向かった。
審神者の部屋は襲撃に備えて厳重な結界が張られているため、時空をつなぐ座標の設定などもそこで行われる。
最悪、審神者一人でも安全なところへ逃げられるようにと非常時用の転移ポートもそこにある。
部屋の前に着くと、普段は強固に張られているはずの結界が跡形もなく消えていた。
おそらくだが政府が本丸調査の際に解いたのだろう。

「安奈様の気配がとても強く残っています」

未だにぐすりと涙を流しながら秋田くんがぽつりと漏らした。

「審神者の部屋には刀剣男士も中々入れないからねー」

サーバールームのような機械室に入り、時空の接続設定を変える。
現世との接続を切って、コンタクトの許可を私の本丸か政府からに限定した。
これでよし、と。
あとは私の本丸から座標を指定してあの神社の襖に接続するだけだ。
がらんとした安奈の本丸を、なるべく見ないように早足で進む。
本丸から他の本丸へは座標を指定しなくても正門から行き来できる。
やっと落ち着いてきた秋田くんを正門の前で降ろし、機器を操作して私の本丸に繋げた。
秋田くんと手を繋ぎ、正門を潜ろうとしたその時、半透明の桜が散った。
私と秋田くんの間をひらりと舞うそれにつられて後ろを振り返れば、一瞬だけ大倶利伽羅の姿が見えた。
桜吹雪ですぐに掻き消されてしまったが、確かにそこに顕現した。
桜の木を見ていたのか、後ろ姿しか捉えられなかった為に彼がどんな顔で現れたのかは分からない。

「大倶利伽羅……」

桐の箱を撫でて呟く。
どんな思いで安奈の訃報を知ったのだろう。
どんな思いで桜を見つめていたのだろう。
推し量ることもできず、私は何も言わずに今度こそ正門をくぐった。
途端に変わる景色、賑やかな庭。
青々と茂る木々と、軽やかな風鈴の音。
静寂の春から溌剌たる夏へと四季の息吹が緩やかに吹き渡る。
背後で門が閉まった。

「あっ!主!おかえりー!」

特徴的なアホ毛が揺れながら近づいてくる。
秋田もおかえり、と鯰尾が手を振ると、秋田くんも嬉しそうに手を振り返した。

「ただいま、鯰尾。すぐに平成に戻るから君も準備でき次第執務室に」
「秋田から平成遠征を聞いて準備してたよ。編成は?」
「取りあえず鯰尾隊長と信濃、御手杵、にっかりの四振り編成。秋田くん、呼んできてくれる?」
「はい、お任せください!」
「あ、信濃は粟田口部屋、御手杵さんとにっかりさんは畑だと思うよ」
「ありがとうございます、鯰尾兄さん!」

駆けていく秋田くんを見送り、鯰尾を横に連れて執務室に向かう。
鯰尾は私が抱えている桐の箱をちらりと見たけれど、特に何を言うこともなく歩きながら髪を高く括りなおした。

「偵察と隠蔽に長けてる面子だね」
「そうだね」
「……俺は、主に従うけど」
「大丈夫、分かってるよ。そう言うつもりで選んだわけじゃないの」

彼が憂慮しているのは、私が安奈の仇を取ろうとすることだろう。
しかし、平成でそれをしてしまえば、歴史が変わる。
鯰尾は、彼自身がそう言うように私の命令であればそれが政府に反旗を翻すような内容であろうと従ってくれるだろう。
けれどだからこそ、私は道を踏み外すわけにはいかない。
たとえ、安奈の死にどんな真実が隠されていようと。

「そっか!なら良かったー!いや、俺ほんとは他の刀剣たちと戦うの嫌だったんだよねー」
「そんなことにはならないよ。500年も戦ってきたのに、今更裏切ったりしない」

折れていった仲間たちに、死んでいった友人たちに顔向けできないしね
言葉には出来なかったが、まっすぐ前を向いたまま僅かに頷いた鯰尾にはきっと分かっているのだろう。
執務室につくと、既に時空を固定するための装置が設置してあり、その前に衣類やら書類やらが几帳面に積まれている。

「おい」

低い声に振り返ると、左腕に竜を飼う浅黒い肌の男が障子に凭れて立っていた。
大倶利伽羅だ。
だいぶ不機嫌そうな顔をしている。

「そいつを連れていくのか。俺じゃなく」

私の大倶利伽羅が、桐の箱を睥睨して言う。
内番姿であるところを見るに、本気で怒っているわけでは無いらしい。

「なぁに、妬いてるの?」
「そいつは信用できない。あんたの霊気を食ってるくせに顕現すらしていない」
「安奈の刀よ」
「だから何だ?」
「ずいぶん突っかかってくるじゃない。心配してくれるのは嬉しいけど……」
「そうは言ってないだろ……」

やりとりを黙ってみていた鯰尾はくすくすと笑って、腰に下げた本体をこつんと小突いた。

「ま、俺に任せてよ。これでも藤四郎の端くれなんでね」
「鯰尾以外は交代で変えるつもりだから、いずれ伽羅ちゃんも私の隊に入るよ。それより現世用の刀袋貸してくれる?」
「──……チッ、ほらよ」
「え?」
「おっと」

大倶利伽羅が投げ渡してくれた刀袋を鯰尾がキャッチする。
あれ、もしかしてこれを渡すためにわざわざ来てくれたの?
私が口角を上げると、大倶利伽羅は決まりが悪そうに視線をそらして立ち去ってしまった。
鯰尾と顔を合わせて笑う。

「主君、皆さんを……あれ、何かあったんですか?」

皆を連れてきてくれた秋田くんにお礼を言って、なんでもないのだと苦笑した。
取りあえずここにいる四振りに安奈の件と今回の任務について説明をし、秋田くんには残って本丸で皆に説明をしてもらうことにした。

「で、鯰尾は私の護衛、信濃は私が携帯する。御手杵、にっかりは別働してもらう」
「やった!俺大将の懐!?」
「懐、じゃないけど、うん」

苦笑しつつ、意気揚々と差し出してきた信濃藤四郎を受け取る。
信濃はすぐに顕現を解いて姿を消した。
行動速いな。

「私たちは安奈の死因について調べる。御手杵、にっかりは時空の歪みが発生してないか調査」
「分かったよ」
「なぁ、一応隊長がどっちかを決めてくれないか」
「うん、じゃあにっかりが隊長ね」
「おや、僕が隊長でいいのかい?」
「よろしく頼むぜ」

脇差とのツーマンセルなら脇差をサポートにすることが多いが、あからさまに御手杵は安心したようだった。
にっかりは短刀脇差に限らず面倒見がいいから信頼しているし、修行に出てからの彼はとても強い。
隊長として十分に力を発揮してくれるだろう。
御手杵も実力がないわけでは無いのだけれど、あまり自分に自信がないのかもしれない。
大戦時にあれだけ活躍したというのに、まったく。
さて、と手を叩いて注目を集めた。

「皆、安奈を殺したのは人間かも知れないし、残党かもしれない。気を抜かないように」

皆、刀に手を置いてそっと頷く。
よし、行こうか。
現世に繋がる襖を開いた。


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