▽ 六話:行動開始



「昨日はどうもありがとう!いい気分転換になった!」

報告を受けるために本丸の広間に、今回の調査に関わった面々を集めた。
彼らは口々にそれはよかった、とかどういたしましてと微笑む。うちの刀剣良い子ばっかだな。
よし、今日はちゃんと仕事しよう。
テーブルに鯰尾と信濃、にっかりから提出された数枚のA4用紙を並べて、さて、と口を開いた

「まずはにっかりと御手杵、二人ともご苦労さま。報告書見た限りでは大きな時空の歪みはないとのことだけど」
「うん。ざっと米花町を見て回ったけど歪みはまるでなかったね」
「まあ、強いていうなら主が剥がして固定しなおした神社周辺がちょっと緩くなってるくらいだなぁ」
「それはいずれ安定するだろうけど、そっか……」
「一応、残党も探ってみたけど痕跡ひとつ見つからなかったよ。ふふ、もしも残党がいるとしたら相当な手練れだね」

ちら、と赤い瞳が見えた。
うちの青江派なんか好戦的過ぎるんだよなぁ。
どうどう、とにっかりを軽く諌めて御手杵からもそれ以上の報告がないことを確認する。
報告を聞く限りでは遡行軍の線は薄いかな……。
だとすると、安奈を、それと公安の男性を殺したのは人間、か。

「了解、次は信濃。偵察の報告を」

報告書にはあの簡素なアパートの間取りが書かれている。
荒らされた形跡はなく、犯人は殺害が目的だったと思われる、か。
安奈と男の位置はとても近い。
何ならゼロ距離だ。
死体は当たり前だがすでに運ばれた後。
現場から推察するに一人が殺されて駆け寄った、もしくは庇おうとして近づいたか、だろう。
刺し違えた可能性もなくはないが血の飛び散り方から見ておそらくこれは拳銃によるもの。
安奈が相手を殺そうとするなら刀を使うだろうし、現場検証後の部屋を見る限り当の凶器は鑑識にもまだ見つけられていないようだ。
安奈と男以外の第三者がいたことはまず間違いない。
にしても、この日本で拳銃沙汰ね……。

「俺たちからの報告はそこにある通り。あとは壁に弾痕が二箇所。写真撮って来たから政府に解析してもらって」
「おーけー、他は?」

薬研が手を挙げたので指をさして促した。

「俺と乱が外を警戒していたんだが、怪しい連中が何人かアパートに近づいて来たな。俺たちや中を漁ってたことは気づかれてないはずだ」
「公安かな……?」
「そこまでは分からんがな」

薬研に頷き信濃の部隊を見回す。
他には無いようだ。

「信濃、薬研、乱、厚、後藤、5人ともご苦労様。また後で話聞くかもしれないからよろしくね。鯰尾と骨喰も部隊統括ご苦労様」

それぞれが頷いた。
さて、今日はどうしようか。
公安が絡んでいる以上動きづらいし、正直切った張ったを得意とする相模統括の私が聞き込みを上手く出来るかというのも疑問だ。
そういう面でいうなら安奈は優秀だった。
だからきっと現世の監視員に任命されたのだろう。

「よし、鯰尾と骨喰は引き続き部隊統括をお願い。現世の本部として機能して」
「はーい」
「了解した」
「にっかり隊長、御手杵も引き続き歪みの調査。信濃部隊はアパート付近の警戒。怪しい奴がいたら部隊を分けて可能な限り追跡」

みんな揃って返事を返してくれる。
質問やら意見がないようなので各隊の編制はそれで終了だ。
あとは、私かぁ。

「私の護衛に二振り。んー、秋田くんと打刀か太刀から一振り」

源氏兄弟とか?
どう見ても成人はしているが、大学生でも通りそうだ。

「んー……獅子王!」

何振りかと悩んで結局は獅子王に決めた。
男子高校生感は否めないけど獅子王のほうが相手を警戒させない気がする。

「決まり?」
「決まり!質問がなければこれで解散!行動開始!」

私が手を叩けば各々自分の部隊長のもとに集まり作戦を立て始めた。
よし、私も。
広間の外で遊んでいた短刀たちに声をかけて秋田くんと獅子王を呼んで来るよう頼んだ。
刀袋から出していた大倶利伽羅を回収して一足先に神社へ戻る。
部屋から出ると、この神社の神様が面白そうに私を見下ろしていた。

「あの」
「なあに?好きな人がいるの?叶えてあげるわ、特別よ!誰と添い遂げたいの?だあれ?」

やっぱり面倒くさいタイプ!!
嬉々として寄って来た神様に慌てて首を振る。

「そうではなく!お聞きしたいことがあるんですけど!」
「なあに?恋の必勝法?惚れ薬の作り方?仕方がないわね、教えてあげるわ!」
「そうでもなく!私の前にも審神者がいましたよね、刀の付喪神を連れ歩く女の人間です」

神様は社の屋根にふわりと座って詰まらなそうに私を見下ろした。
神様がくるりと指を振ると私のすぐそばに安奈の幻が現れる。
惑わしの類を得意とする神様だろうから、こんなことは朝飯前なのだろう。
少し驚きつつ、彼女ですと頷く。
幻がかき消えた。

「しばらくの間ここにいたけれど、刀は連れ歩いてなかったわ。敬意は払ってくれるけど、無愛想な子よ」

無愛想……記憶の中の安奈にはあまり似合わない言葉で内心首をかしげる。
それより、と神様は身を乗り出して私を吟味するように不躾な視線を投げかけて来た。
嫌な感じだ。

「もしあなたに好きな人がいて、私が手伝ってあげるって言ったらどうする?」

ぴり、と空気が張り詰める。
言葉を間違えてはいけない。
嘘をついてもいけない。
きっと安奈にも同じ問いをしたのだろう。

「私は……」

その瞬間、桜色の閃光が走ったかと思うと、私の前に刀を構えた秋田くんが現れた。
ハッ、ハッ、と短く息を吐きだし、即座に息を整える。

「主君、下がってください!!じきに皆が来てくれます!」
「待って、秋田くん」
「でも神気が……」

私は片手を上げて秋田くんを制し、いつの間にか私に伸びてきていた神様の神気を振り払う。

「縁は、自らで結びますので。どうぞ救いを求める者にこそ、そのご威光をお示しください」

ゆっくりと頭を下げると、私の周囲にいくつか刀剣たちが参上した。
そのどれもが私を守るために抜刀しているのを見てか、神様は深くため息をついた。

「ちょっとからかっただけよ。末席の付喪神がそんなに殺気を向けないの。これだから刃物の付喪神だなんて乱暴者は嫌なのよ。貴方も貴方!色恋に興味を持ちなさいよ、まったく。元軍人だなんて名乗る輩は碌なもんじゃない……」

私は顔を上げ、すっかりへそを曲げてしまった神様を仰ぎ見る。
屋根の上で行儀悪く寝転がっているが大丈夫だろうか。
大丈夫じゃなさそうだが、それよりも気になる言葉にそっと手を伸ばしてみる。

「元?私は今も国に仕える軍人ですが」
「ああそう、どっちでもいいわ」

もしかして、安奈がそう言ったのだろうか。
元、だなんて。
まあ、戦争も終わったし現世の時空監視程度なら軍人ではないとも、言える、か?
内心で首をひねって安奈の真意を推し量ろうとするが、本人も神様も協力的では無い今それを知ることは叶わないだろう。
取りあえず。

「皆ごめんね、来てくれてありがとう」

未だに刀を抜いたまま周囲を警戒したり神様を睨みつけている秋田くん、獅子王、小夜くん、信濃隊の8振りに苦笑しつつもう大丈夫だよ、と声をかけた。

「神社だからって油断してた……あの人も僕たちの敵なんだね」
「いや、敵っていうか、ああいう類の神様はああいう感じだから……」
「ねえ主さん!やっぱりもっと護衛つけなきゃダメだよ!そうだ、小夜も連れていきなよ!」

じゃれついてきた乱を受け止めてさらさらの髪の毛を撫でる。
綺麗だなぁ。
私は獅子王と秋田くんがいれば十分だと思うのだが、こんな場面に遭遇しては刀剣たちも心配になるだろう。
特に、今は審神者が一人殺されているし。

「分かったよ。小夜くんはそれで大丈夫?」

小夜はこくりと頷き、もう一度頭上の神様を睨んだ。
やめてやめて。
相手は荒事の専門じゃないから刀の付喪神相手に実害は出せないだろうけど、間借りしてるのはこっちだから!

「じゃあ行こうか」
「おう」

獅子王の姿が現世向けのものに変わり、鵺が影に沈んだ。
私は短刀二人から預かった本体を背に隠し、鳥居をくぐる。
神様はすっかりご機嫌斜めなようだが、どうせすぐに気が変わるだろうから落ち着いたら改めて安奈について聞いてみよう。
獅子王がちらりと神様をみて追いかけて来た。

「あの神様、若いぜ」
「そうなの?」
「主より若いんじゃねぇかなー」
「うわ、心えぐれる」

そう言われてみれば神気がまだ幼く薄い感じがしないでもない。
……私が今五百と数十年だから、平成から遡れば戦国時代とか―――戦国時代?
戦場に身を置いているときは流れゆく時間よりも過去のそれを守ることばかり考えていたから、実年齢なんて頭に無かった、が、考えてみるとこれは相当だぞ。
平成を生きるこの時代の人から見れば私と織田信長ってニアリーイコールなのでは。
い、いや流石にそれは飛躍しすぎだ。うん。

「神様より年上か……」
「じっちゃんよりは年下だぜ?」
「享年で言えば赤子みたいなもんだけどね!」

確かに、と頷く獅子王の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて鬱憤を晴らした。


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