▽ 五話:懐古


「相州廣光作、反り浅く、佩き表に倶利伽羅竜。とても美しい刀さ」

晴れた夜空と星屑をちりばめたような静かなバーで、私と大般若さんは今日を締めようとしていた。
カウンターでは落ち着かないので、少し奥まった半個室のような席で大倶利伽羅を刀袋で隠したまま抱えて座った。
酒は分からないが、おそらく度数の高いそれを水のように流し込む大般若さんに私はとりあえず頷く。
肝臓大丈夫かな。
日本号みたいにかぱかぱ開けるタイプでは無いが、かといってその量が少ないとは言えない。
表に出ないから分からないなぁ。
未だシラフでいるような彼を、私は少し火照った顔を覚ましながら見つめる。

「光忠が執着するのも分かるよ」
「そういう執着の仕方じゃないと思うけど……単純に政宗公の繋がりでしょ」
「まあ、種類などというのは些末なことだ」

軽妙な語り口は果たして酔っているのか、それともまだまだ素面なのか分かりやしない。
安奈の本丸に残っていたらしい十四振りの折れた刀剣の名を順に述べれば、その略歴やら美しさやらを博識な彼は語ってくれる。
折れず曲がらず残った一振りの美しさを説いた大般若さんはちらりと私の肩に凭れる刀袋を見た。

「彼のいるところで聞くべきではないのかもしれないが……」
「うん?」
「上元公のご遺体はどうなる?」
「おそらくだけど公安に持っていかれた。しばらくはそのまま保管されるだろうけど、検死が済んでしばらくしたら火葬される」
「……あんたはそれでいいのかい」

その言葉の矛先は、きっと私では無い。
黙して刀をこつん、と小突いたが反応はなかった。

「焼かれる前に、私も何とか忍び込んで安奈の顔を見に行くよ。その時に彼も連れてく。あとは上に従うだけだね」

ことのほか、大般若さんは憐れむように悲しげに私を見た。
え、なぜ、と本気で疑問に思った私に、彼は今度こそおかしそうに笑った。

「上元公のことを聞かせてくれよ」

いったい私の何を憐れんだのかは言わず、はぐらかすように言った。
私は憐れまれるほど惨めな人生を送ってきたつもりはない。
分からぬまま首を傾げて安奈を思いだす。

「月並みな言葉だけど、良い奴だったよ。統括の中であんなに優しいのはあの子ぐらいなものだったね」

くるりと洋酒を回して、彼が頷く。
ぽつりぽつり、大般若さんに促されるまま安奈の人となりを話すうち、体に溜まったアルコールのせいか涙が落ちた。
闇を知らぬほど無垢ではなかったが、けれど悪を憎み哀れむ程度には幼い女だった。
しかしそれ故に刀剣たちに慕われていた。
私よりも手段を選ぶ彼女の本丸は戦争の激化で刀剣の数を半分以下にまで減らしてしまったが、それでいいのだと安奈の刀剣たちは口を揃えて言った。
安奈の心が折れる前に、刀剣たちが全て折れてしまう前に戦争が終わったのは不幸中の幸いであったのだろう。
仕事を仕事として割り切れない彼女は、だからこそ大和の審神者たちにも支持されて半ば押し付けられるように統括まで上り詰めた。
年季は私より少し短いくらいで、実績は私の半分程度しかなかったので、政府から私に面倒を見ろと無言の圧力がかけられたものだ。
空になったグラスを見て大般若さんが新しいカクテルを頼んでくれる。
酒はよく分からないし子供舌であるから大般若さんに促されるまま選んでもらった酒を呷るのが一番だ。
くい、と自分のグラスも空にした彼は先程と同じものを頼んでいた。
だから大丈夫か、肝臓。
運ばれてきたグラスには美しいオレンジが注がれていて、ふわりと優しい柑橘系の香りがした。

「今更だが、献杯を」
「……うん」
「俺は同胞たちに」
「私は安奈に」

献杯の声が重なる。
飲みやすいアルコールを喉の奥まで流し込めば、くらりと酔いが回った気がした。
この一杯で終わりにしよう。
きっと大般若さんもそのつもりで後味の良いこれを選んでくれたのだろう。

「自分の主が命の危機に、助けを請わないというのは───」

顔を窓のほうへと向け、大般若さんは言葉を切った。
銀髪がさらりと流れて、彼の表情を隠す。

「助けを求められなかった刀剣たちというのは、一体どれほどの絶望を味わったのだろうね……」

あぁ……。
彼ら刀剣には、折れていった彼女の刀たちの気持ちが分かるのだろう。
腕の中で沈黙を守る大倶利伽羅をそっと撫でた。
君たちを憐れんでいるわけじゃないんだよ。
瞬きをして、ふと沸いた疑問に、まるで心臓に刃を向けられたような錯覚を覚える。
かつて私は、彼らが私の後を追うことなどないと断言したが、果たしてそうなのだろうか。

「私が死んだら、君たちは、どうするの」
「ははっ、面白い冗談だな。あんたが俺たち刀剣より早く死ぬのか?」

ぱっと私を見た大般若さんは心底おかしそうに笑った。
まあ、確かに。
私は国のために働いているわけだし、刀剣と審神者の命とは比べるべくもない。
私も思わず笑って肩をすくめた。
私は、そうやって500年戦い抜いたのだ。
そんな問いは、いまさら。

「敵がいるのなら俺たちが斬る。病死ならあんたを見送って政府仕えになるだけさ。神の加護を得たあんたに一体どんな病気が勝てるのか興味あるがね」
「私も今更どうやって死ねるのか知りたいよ」
「死なせやしないさ」
「生きとし生けるもの皆いつかは死ぬさだめだよ」

大般若さんは私の言葉にからからと笑った。
確かに、500年以上も生きた人間の言葉ではなかった。
ため息と苦笑を漏らし、ちょうどタイミングよく送られてきた御手杵とにっかり帰還の連絡に「帰ろうか」と大般若さんに声をかけた。

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