menu
top    about    main

僕の名前を呼んで


 よく晴れた日曜日の夕方。暑くなってきたとはいえ、夜は少し肌寒く、まだまだ夏と言えるほど日も長くはない。
 それでも、ボールが見えないほど暗い夕方でもなかった。
 昼間の騒がしさも捌けた人気の無い公園は静かで、その中でも更に奥にあるテニスコートは、周りから隔離された空間のように思えた。

 ぐ、と。吐きそうになる溜め息を堪え、心の中で呟く。
 ──どうしてこうなった……。


「Which?」

 目の前で揺れる、オレンジだか黄色だかわからないユニフォームと、すらりと伸びた指先ーーが示す、ラケットのエンドマークを見つめる。
 Which? つまり、"どっち?"。
 テニスの試合において、どちらが先にサーブを打つか、どのコートを取るかを決める、いわばコイントスのようなものだ。
 思わず白けた視線を送る。

「……スムース」
「ん」

 くるくる、からん。私の宣言を聞いたあと回されたラケットは、すぐに地面に倒れた。
 拾い上げられ、見せられたエンドマークにはやる気がないながらも少し残念に思うものの、素直に答える。

「ラフですね」
「そんじゃ、レシーブがええの」
「じゃあ自販機側のコートもらいます」
「……ああ」

 つい。つり上がった口角の意味はわからないし、何を考えてるのか予想したくもない。
 私がとった自販機側のコートは、反対側からしたら逆光になる。夕暮れは案外眩しい。相手からしたら、打ちにくいと思うんだけど……笑うとか、変な人なんだな。

 ボールをポケットから一つ取りだし、ポン、ポン、と地面に突く。
 ──この試合は、不本意だ。
 不本意な上に、実力も正直わかりきっている。あの芥子色のようなユニフォームがどこのものなのか、私はよく知っている。

 それでも。
 結果がどうなるかは、やってみないとわからないものだし。
 何より、負けることを恐れるくらいなら、はじめからテニスなんてしてないんだ。こんな姿で、こんな後ろめたい状態で、テニスに向き合うなんてしてない。

 すぅ、と息を吸う。

「ザベストオブワンセットマッチ。朝加トゥサービスプレイ」

 やるからには、せめて一泡ふかせたい。
 夕日に照らされたボールが、真っ直ぐ空へ舞い上がった。
- 2 -