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小骨がつかえる


 小さい頃から、テニスが好きだった。
 きっかけはよく覚えていない。いつから始めたかも曖昧だ。けれど、私のこの十二年という人生の中で、テニスに触れていた時間は半分以上だ。と、思う。

 それだけ時間をかけたからか、まだまだ成長期だからかは、わからないけれど。私は十歳までの間に、たくさんの大会に出場し、悪くない結果を残すことが出来ていた。
 シード権を貰ったこともある。優勝したことだってある。
 会場ですれ違った知らない子達に「あ、朝加さんだ」と言われたことだってあるくらいには、名前も顔も知られている方だったと思う。

 十歳までは。




「ぜえ、ぜえ……は、」
「ナイスファイト。飲み物は残っとるか?」
「あり……ま、す……」

 酸素を取り込もうと必死に呼吸をしていると、汗をぽたぽたと滴らせ、それでも呼吸はそこまで乱れていない男の子が手を差し出してきた。
 無駄だとは思いつつ、ズボンに手をあててなんとなく手汗を拭う。試合は握手をするまでが試合だ。僅かな時間手を握ってすぐ離すと、とりあえず水分を取ることを優先させた。

 ぷは。勢いよくペットボトルの中身を飲み干す。ベンチに座りながらタオルで顔の汗を拭き取れば、少し落ち着いてきた。


「結構いけるかと思ったんじゃが、さすがに優勝者は侮れんのぅ。お前さん、逆境に強いタイプだったか」
「逆境っていうか……スロースターター、みたいで。後半の方が調子良いんです」
「そうじゃな。4-0から一気に3ゲーム追い上げは、ちぃと焦ったぜよ」
「……そのあと2ゲーム、余裕そうに見えた……」
「ほぅ。根に持つか。ま、何にせよ公平に試合した結果じゃ。手を抜いたわけでもないじゃろ」
「……」

 ぶすり、と自分でもわかるくらいふて腐れた顔をしていると思う。
 実力差はわかってた。とはいえ、4-3まで追い詰めてからあっさり6-3で負けてしまったというのは、些か惜しい気持ちが残るというか。単純に悔しいというか。
 
 ──だって、あんなやりにくい動きするから……!

 相手には不利と思った逆光。こちらが先攻のサーブ権。自分が油断してたとは思いたくないけど、正直言って最初のゲームはチャンスゲームだと思っていた。テニスはサーブを打つ側が有利なスポーツだから。
 なのに、初っぱなからゲームを落とした。相手に取らせてしまった。
 あんな、フェイントみたいな、誘導して、惑わすようなやり口に。見事に引っ掛かった。慣れるまで4ゲームもかかった。

 ぐもももと、お腹の底から火山が噴火しそうな感情に、無意識に突き出していた唇がどんどん尖っていく。いま、かなり不細工に違いない。

「素直な奴じゃなぁ。機嫌が悪いようじゃけど、まさか約束も反故にされるんかのぅ〜」
「別に、何も言ってませんけど」
「わかったわかった。もうからかわん。お前さんが話せば、俺も黙る」
「……、……だれかに話したりしない?」
「内容次第ぜよ」

 ……はあ。
 心の中でか、現実に漏れ出ちゃったかはわからないけど、諦めて溜め息を吐く。
 一方的に、拒否権の無いまま取り付けられた約束なのに。というのは、もうこの際飲み込むしかない。
 この人に見つかった、私が悪いんだ。

「で、聞かせて貰おうか」

 興味本意なんかで、私の秘密を暴く悪魔。こいつに見つかったせいで。

「なんで、男装して試合に出てた?」

 
 私のテニス人生は、二回目の終わりを迎えようとしていた。

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