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声がするんだ


「お前さん、バックハンドのテイクバックがいつも遅れるな。ワンテンポ早められんか」
「えっ、もっ……もう一度お願いします!」
「クロス十球、ストレート十球、フォアでストレートを打ってからバックでクロスを十球」
「はい!」

 ──なんだかんだ、男の子との『肩慣らし』は毎週に及んだ。
 始めは試合形式でもするのかなと思ったものだけど、やってることは基礎練習に近い。根本的なフォームのチェックからスイートスポットへ当てる練習。スプリットステップのタイミングの確認に、軽い打ち合いとラリー。時々ボレーの練習があって、あとは今までやってた練習方法や課題の雑談をしたり……といったところだろうか。
 比喩ではなくて、本当に肩慣らしというか、準備運動に付き合わされている。いや……これも正確ではなくて、寧ろ付き合ってくれているのは男の子の方なんじゃないだろうかとも思える。それくらい、男の子が私に割く時間は多い。
 指導みたいなことをしてくれるのは、意味がわからないけど。自分より強い人が教えてくれる練習は、すごくためになる。
 地元でテニスが出来なくなってからは、基礎的な練習も家でこっそりやるくらいになっていた。久々にじっくり向き合ってみれば鈍ってることを痛感したし、今では改めて基盤を固め直してる感覚になってきた。
 何より──この人とテニスが出来るのは楽しい。

「ん……もう時間じゃな」

 えっ、と言いかけた口をはっとして抑えた。惜しんで良い立場ではないことは十分わかっている。
 普段無表情な男の子には珍しく、くつりと笑った。

「そう落ち込みなさんな。来週もやるけえの」
「本当に!?」
「ああ。お前さんに電車代があるんなら」
「賞金が貯まってるから大丈夫!」
「……おーおー、流石大会荒らしは言うことが違う」

 うん?
 ラケットを仕舞いながら軽く柔軟する男の子に私も倣いながら、首を傾げる。

「私、……僕よりあなたの方が、成績残してそうなのに」
「そうでもなかよ。俺は部活以外での試合にはあんまり出ちょらん」
「そうなの? テニスは立海に入ってから?」
「さあ、どうかのう」

 なんでそこはぐらかすんだ。この男の子は時々よくわからないところで秘密にしたがる。
 こういう時は深く聞かない。私も知られたくないことだらけだから。
 代わりに、未来の話をふる。

「じゃあ、これからは?」
「ん?」
「これから先、部活以外の試合も出たりする?」

 どくどく。鼓動が早まる。
 願わくばこの人の試合を見てみたい。そしてもっと願うなら──私はその相対するコートで、またこの人と試合したい。

「うわっ!? ちょ、ちょっと!」
「そんな期待されてもな。俺は手一杯ぜよ」
「うっそだあ、……あいたたた!」
「この肘おきはちょうどいい高さじゃなー」
「やめっ、縮んだらどうするの!」

 ぺしん! 頭に重りをかけられていた腕を払いのける。さっきまで動いていたとは思えないほど、汗をかいてなかった。きっと本当に軽い運動だったんだろう。これだけのじゃれあいでそんな差までわかって、少し悔しい。

「まぁ、大会なんざ出なくても試合は出きるじゃろ。草試合はそう何度もしてやれんがな」
「……? どういうこと?」
「プリっ」

 ああはいはい、答える気はないんだな。それでもいいよ、別に。

 ──満たされてた。 
 責められる覚悟を、潮時だと辞める覚悟をしていたって、やっぱりテニスをやれることは嬉しい。
 テニスが大好きだ。どんな形でも、どんな場所でも、夢中になれるくらい。
 性別や名前のことがバレないよう気負う必要もない。記録が残らないようにと手加減する必要もない。私が私のままいられる時間。私はこの不意に訪れた習慣に、満足していた。

「……何やってんだ、あの一年」

 こちらを見ている人がいることさえも、気づかないほどに。
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