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刺さる糸を追ってる
そわそわ、そわそわ。
早朝六時三十分という、どう考えたって小学生が出歩く時間じゃない時刻に、改札前を行ったり来たりして早十分。
「どうしよう……早すぎ……? や、でも初めて来る場所だったから……迷子になる想定だったし……スムーズに来れちゃっただけだし……」
うろうろ。右に十歩。左に十歩。電車から降りて改札を抜けるサラリーマンが現れた時はピタリと立ち止まって、誰もいない時はまた同じ場所を行ったりきたりして。誰かと目が合えば戸惑ってなんかいなかったかのように携帯を見て、人が過ぎ去ればほっと一息吐く。
……なんだこれ。自分で言うのも変だけど、何してるんだ、私。
駅の前にある柱時計を確認して、ううっ、と唸る。
だって、
仕方ないじゃん──楽しみだったんだよッ!
誰に言うでもない言い訳を頭の中で広げて、背負っていたリュックタイプのラケットバッグを前にまわして抱え直す。ぎゅうと抱き締めていれば落ち着くような気がしたけど大した差はなかった。
ばくばくばく。心臓は馬鹿みたいに五月蝿く鳴っている。早朝で涼しいはずの気温なのに手汗までかいている。まだ何も起きていないのに、私は何を緊張しているんだろう。
ちらり、と時計をもう一度確認する。短い針が六、長い針が八を指している。六時四十分。時間は全然進んじゃいない。
でも、とりあえずは十分進んだわけだし。そろそろコンビニに向かっていいだろうか。遅刻厳禁って言ってたから、きっとあの人も早く来るはずだ。早く着きすぎて楽しみだったことがバレるのも嫌だけど、だからといって遅刻になるのは私の信用に関わる。うん、まぁ……そういうことにして。いったい何が起こるかはわからないけど、念のためだ。念のため。
「はぁ……」
我ながら、本当に、馬鹿らしい……。
リュックを正しく背負い直して靴をトントンと地面に叩くと、目的地までの一歩を踏み出した。
「ここからコンビニまで、大人の足で十五分……私の歩幅だと二十分として……」
──準備をしろというから、今朝は早く起きた。昨日はなかなか眠れなかったけど、睡眠不足というほどじゃない。
いつ動いてもいいように、軽く体操もした。柔軟もばっちり。
そうなれば、残るあと一つの準備は。
「──走って六分以内!」
腕時計のストップウォッチモードを押し込むとダッシュを切る。準備運動の最後は、ランニングにしないと始まらない。
地図は頭に入ってる。試合で各地に忍び込んでいた私は、移動には自信があった。五日前くらいから何度も想定した道が頭に浮かんでは、実際に見える景色と照らし合わさっていく。
(ああもうっ……そうだよ、わくわくしてるよ!)
何度目かの言い訳をして、海が見える景色を走り抜けていった。
時刻は集合時間二十分前。あの強かった男の子に会えるまで、あと二十分。
***
「おぉ、忘れずにきたか」
「……そっちが強制してきたんでしょ」
「そうじゃな。じゃ、さっそく始めるとするかの」
ぜえぜえと、まだ息を整えたいのをぐっと堪えて普通ぶる私に反して、あの男の子は清々しいくらい調子が良さそうな様子で自分のラケットを引き抜いた。
始めると言って視線で促された場所を見る。集合場所であるコンビニが建っている脇の階段下。小さな公園が見えた。
「サイズとしちゃあ狭くてな。周りの壁がちょうどシングルスラインあたりじゃき、壁に当たったら即アウト。ベースラインを想定して打ち合うのは無理なんじゃが、まぁ狭いなら狭いでコントロールの練習にもなる」
言われて改めて公園を見る。確かにコートの外側のラインとほぼ一緒のサイズだと思う。……これを、コートに見立ててるということだろうか。公園には小さい敷地だからか遊具は無いし、ベンチすら置いていない。階段があるところ以外の三方は壁で囲まれていて、小さな箱のようで狭いけど、初心者じゃない私と彼の実力なら打ち合えなくも無い。
──いや、というか、待って。確かに期待をしたうちの一つではあるけど、でも、こんなに私に都合が良い話があるだろうか。
この人と話してから一週間。どこかで私が男装して試合に出ていたことがバレているんじゃないかとか、これから男装をネタに脅されるんじゃないかとか、悪い方向にたくさん色々考えた。
けど、一週間ずっとアンテナをはっていても私の周りに変化は無かった。携帯で色んなワードをいれて検索しても、何かが引っ掛かったりはしなかった。
だから、確かに。──期待は、した。
もしかしたら、本当に黙っててくれているのかもとか。じゃあ呼び出した理由はなんだろう、試合出来る準備ってことは試合するのかな、まだテニスが出来るのかな、なんて。良い方に考えなかったわけじゃない。
けど。
いくら仮説を立てたって。期待したって。
それは本人から提示されなきゃ、安心なんか出来るはずもなくて。
「あの……」
「ん」
「何……する気なんですか。というか、私何で呼ばれ、」
「『僕』か『俺』」
「へ?」
「男で『私』は気持ち悪いじゃろ」
ああ、うん……と口ごもって、そうなんだけどそうじゃなくて、と頭の中で切り返す。
その反論をそのまま声に出そうとして、ポン。地面に弾まされたボールに遮られた。
「九時から練習がある」
「はあ……?」
「その前の肩慣らしじゃき」
ん。小さな音とともにボールを投げられ、両手で受け取る。
肩慣らし。言われた言葉を反芻する。
私と待ち合わせた理由は肩慣らしのためだって。そういうことで、いいんだろうか。
それだけの、ため?
ちらり。鋭い視線が刺さる。
「テニスが出来りゃそれでええんじゃろ」
びくり。話しかけられた声が、何故だか真っ直ぐ耳に入った。
男の子はコートに見立てた公園の中で、もう背中越しに私に視線を向けている。身体をコンビニ側──コート外に向けるつもりは、ないらしい。
「……はい!」
テニスが出来ればそれでいい。そう言ったのは私だ。
その言葉に偽りはないんだと、私もコートへ駆け出した。
- 6 -
早朝六時三十分という、どう考えたって小学生が出歩く時間じゃない時刻に、改札前を行ったり来たりして早十分。
「どうしよう……早すぎ……? や、でも初めて来る場所だったから……迷子になる想定だったし……スムーズに来れちゃっただけだし……」
うろうろ。右に十歩。左に十歩。電車から降りて改札を抜けるサラリーマンが現れた時はピタリと立ち止まって、誰もいない時はまた同じ場所を行ったりきたりして。誰かと目が合えば戸惑ってなんかいなかったかのように携帯を見て、人が過ぎ去ればほっと一息吐く。
……なんだこれ。自分で言うのも変だけど、何してるんだ、私。
駅の前にある柱時計を確認して、ううっ、と唸る。
だって、
仕方ないじゃん──楽しみだったんだよッ!
誰に言うでもない言い訳を頭の中で広げて、背負っていたリュックタイプのラケットバッグを前にまわして抱え直す。ぎゅうと抱き締めていれば落ち着くような気がしたけど大した差はなかった。
ばくばくばく。心臓は馬鹿みたいに五月蝿く鳴っている。早朝で涼しいはずの気温なのに手汗までかいている。まだ何も起きていないのに、私は何を緊張しているんだろう。
ちらり、と時計をもう一度確認する。短い針が六、長い針が八を指している。六時四十分。時間は全然進んじゃいない。
でも、とりあえずは十分進んだわけだし。そろそろコンビニに向かっていいだろうか。遅刻厳禁って言ってたから、きっとあの人も早く来るはずだ。早く着きすぎて楽しみだったことがバレるのも嫌だけど、だからといって遅刻になるのは私の信用に関わる。うん、まぁ……そういうことにして。いったい何が起こるかはわからないけど、念のためだ。念のため。
「はぁ……」
我ながら、本当に、馬鹿らしい……。
リュックを正しく背負い直して靴をトントンと地面に叩くと、目的地までの一歩を踏み出した。
「ここからコンビニまで、大人の足で十五分……私の歩幅だと二十分として……」
──準備をしろというから、今朝は早く起きた。昨日はなかなか眠れなかったけど、睡眠不足というほどじゃない。
いつ動いてもいいように、軽く体操もした。柔軟もばっちり。
そうなれば、残るあと一つの準備は。
「──走って六分以内!」
腕時計のストップウォッチモードを押し込むとダッシュを切る。準備運動の最後は、ランニングにしないと始まらない。
地図は頭に入ってる。試合で各地に忍び込んでいた私は、移動には自信があった。五日前くらいから何度も想定した道が頭に浮かんでは、実際に見える景色と照らし合わさっていく。
(ああもうっ……そうだよ、わくわくしてるよ!)
何度目かの言い訳をして、海が見える景色を走り抜けていった。
時刻は集合時間二十分前。あの強かった男の子に会えるまで、あと二十分。
***
「おぉ、忘れずにきたか」
「……そっちが強制してきたんでしょ」
「そうじゃな。じゃ、さっそく始めるとするかの」
ぜえぜえと、まだ息を整えたいのをぐっと堪えて普通ぶる私に反して、あの男の子は清々しいくらい調子が良さそうな様子で自分のラケットを引き抜いた。
始めると言って視線で促された場所を見る。集合場所であるコンビニが建っている脇の階段下。小さな公園が見えた。
「サイズとしちゃあ狭くてな。周りの壁がちょうどシングルスラインあたりじゃき、壁に当たったら即アウト。ベースラインを想定して打ち合うのは無理なんじゃが、まぁ狭いなら狭いでコントロールの練習にもなる」
言われて改めて公園を見る。確かにコートの外側のラインとほぼ一緒のサイズだと思う。……これを、コートに見立ててるということだろうか。公園には小さい敷地だからか遊具は無いし、ベンチすら置いていない。階段があるところ以外の三方は壁で囲まれていて、小さな箱のようで狭いけど、初心者じゃない私と彼の実力なら打ち合えなくも無い。
──いや、というか、待って。確かに期待をしたうちの一つではあるけど、でも、こんなに私に都合が良い話があるだろうか。
この人と話してから一週間。どこかで私が男装して試合に出ていたことがバレているんじゃないかとか、これから男装をネタに脅されるんじゃないかとか、悪い方向にたくさん色々考えた。
けど、一週間ずっとアンテナをはっていても私の周りに変化は無かった。携帯で色んなワードをいれて検索しても、何かが引っ掛かったりはしなかった。
だから、確かに。──期待は、した。
もしかしたら、本当に黙っててくれているのかもとか。じゃあ呼び出した理由はなんだろう、試合出来る準備ってことは試合するのかな、まだテニスが出来るのかな、なんて。良い方に考えなかったわけじゃない。
けど。
いくら仮説を立てたって。期待したって。
それは本人から提示されなきゃ、安心なんか出来るはずもなくて。
「あの……」
「ん」
「何……する気なんですか。というか、私何で呼ばれ、」
「『僕』か『俺』」
「へ?」
「男で『私』は気持ち悪いじゃろ」
ああ、うん……と口ごもって、そうなんだけどそうじゃなくて、と頭の中で切り返す。
その反論をそのまま声に出そうとして、ポン。地面に弾まされたボールに遮られた。
「九時から練習がある」
「はあ……?」
「その前の肩慣らしじゃき」
ん。小さな音とともにボールを投げられ、両手で受け取る。
肩慣らし。言われた言葉を反芻する。
私と待ち合わせた理由は肩慣らしのためだって。そういうことで、いいんだろうか。
それだけの、ため?
ちらり。鋭い視線が刺さる。
「テニスが出来りゃそれでええんじゃろ」
びくり。話しかけられた声が、何故だか真っ直ぐ耳に入った。
男の子はコートに見立てた公園の中で、もう背中越しに私に視線を向けている。身体をコンビニ側──コート外に向けるつもりは、ないらしい。
「……はい!」
テニスが出来ればそれでいい。そう言ったのは私だ。
その言葉に偽りはないんだと、私もコートへ駆け出した。