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貴女が未知と言うならば
「みつるぎ、何かあったか?」
とても仲がよくなったとは思えないほど気まずい空気で、彼らは帰還した。今日の出陣は維新の宇都宮というところで、あまり行かせたことはなかったけれど全員無事なようだった。刀装も一つダメになっただけで問題はない。
帰還早々、玄関で出迎えれば口を一文字にしていた乱がぱっと笑顔を見せ、前田がそれを微笑ましそうに見ていた。薬研は「悪い、刀装壊した!」と笑顔で報告し、愛染は可もなく不可もない様子。近寄ってきた四人は明るめだったが、残り二人――今剣と山姥切国広は、笑顔も何もなかった。かといって不機嫌でもない。
底知れない、虚無のような何かだけを、うっすらと感じた。
縁側で一人、思考を巡らせているところにやってきた薬研は、二人分のお茶と饅頭が乗った盆を片手に冒頭の言葉を告げた。お前ほんと饅頭好きだな、と思いながらとりあえず自分の分を受けとる。視線は合わせなかった。
「内番どうしたんですか」
「俺っち、今日は手合わせだぜ。しかも愛染相手。今日初陣だった相手じゃすぐ終わっちまう」
「ああ。そりゃ申し訳ない」
「仕方ねェさ。すぐ終わっちまったが、楽しかったしな」
隣に座りこんでもぐもぐと饅頭を頬張る薬研を普段だったら鬱陶しく思い追い払うんだろうけど、今は割とどうでも良かったので放っておいた。
三人の刀を新しく呼んでからしばらく、初陣までは日が空いてしまった。人の身体を得るというのは慣れるまで結構大変だったようで、いきなり出陣はやめた方が良いんじゃないかという山姥切国広と薬研からの進言を受けてのことだ。しかし新しく来た三人を待つ間、薬研達には相変わらず出陣してもらっていたからレベル差はついてしまったんだろう。それはある意味、意図したところではあるけど。
「大分出陣には慣れてきたんだが、特はまだ遠いな。頻繁に出陣しているわけじゃねぇし」
「ん。山姥切国広も言ってた」
「だろうなあ。隊長、よく考えてるぜ。様になってきてる」
「へえ」
「元からどう考えてもあの刀が隊長なんだけどな。自覚が伴ってきたっていうか」
「へえ」
三つ目の饅頭を手に取った薬研を視界の端で捉えながら、急激に会話がだるくなっていく。喋ることが面倒くさい。聞くことも、面倒くさい。
それでもまだここにいるであろう薬研に何かしら言葉は返しておくか、という気が起きて、重い唇を上げた。最高にめんどくさい。こいつと話していると、もやもやしてくる。言い様のない不快感に襲われるんだ。
――どっか行けばいいのに。
「今日、よく喋るな」
ぽつりと音を絞りだし、口を開いたついでにお茶をちびちび飲む。ひらりと庭に木の葉が落ちるのを見ながら、不快感がじわりじわりと胸の内を占めていくのがわかった。
――慣れないことを、している。さっきの狐といい、今といい。どこか意識が、ぼんやりしているように思う。
薬研の行動も珍しかったし、今日出陣から帰ってきた時の今剣と山姥切国広の様子もいつもと違った。いつもなら――どうしたかな。それをすぐには思い出せないほど彼らのことは曖昧にしか認識していない、けど。場の空気だけは、なんとなく違うと言い切れて。
「……やっぱ何かあったか?大将」
大将じゃねーよ。頭の中で否定を返し、見定めるように、でも少し抜けたきょとんとした顔をして私の顔を覗き込んでくる薬研を見ないようにしながら、ゆっくり瞬きをする。
今日はセンチメンタルな感じなんですかね、と自分を馬鹿にしながら、この感覚はつい最近どこかで味わったなと閃く。なんだっけ、と考えるまでもなく浮かんだ光景に、自分から思い出しておいてため息吐きたくなった。
「……何でもねーよ、放っとけ」
呆れと共に出した言葉だったが薬研は何やら納得したようで、姿勢を元に戻すとまた饅頭を頬張り出した。一体いくつ持ってきたのか、数える気はないが積まれた山を見て思う。
ぱくり。ごくん。何度か咀嚼を繰り返した薬研がお茶を含み、新しい饅頭を手に持ちながら言う。「みつるぎはさ、」何でもないような口調だった。
「俺っち達と違って、人間なんだな」
「……はい?」
「それから、まだ俺っち達の、主にはなれないんだな」
……何言ってるんだ、こいつ。
意図が全く読めないけれど、とりあえずどちらも否定するようなことではなかったので「うん」とだけ言っておく。薬研も「うん」と返してくる。訳がわからない。お前なんでそんな満足気なの。
「このゲームよく知らないけど、友達が言ってたよ。薬研ニキ。お前みたいな短刀がいるかって」
「あれ、アンタに友達がいるとは驚いた。みつるぎは俺のこと、アニキだと思ってくれてるのか?」
「いや全然。訳わかんねぇ子供だなって思ってる」
「ははっ、だろうなあ」
アンタの本丸は特殊だぜ、と笑う薬研に何の皮肉だと眉を顰めながら、お茶を一気に飲み干す。薬研も饅頭にはもう満足したのか、空になった二人分の湯飲みを盆に乗せると、ひょいと持ち上げ立ち上がった。会話はここで終了らしい。
「アンタの本丸は特殊だ。だから、俺っちがアニキってやつでいる必要もないんじゃねェか?」
「知らんわ」
「気ぃ抜いていられるから、俺は好きだぜ、この本丸」
じゃあな、と手をひらひら振る薬研をそこで初めてちゃんと視界に入れた。好きだとかどの口が言うんだ、とか思いながらも、もやもやは今は引っ込んでいった。なんだかなあという呆れでいっぱいだ。
(……なつか、しい)
――うるさく付きまとう声に手を振り、消えていく背中を見送った。ほぅと息を吐き、突然見えない何かに追い詰められた恐怖と不安を感じ指先を冷やした、あの時の感覚。
今日の、このよくわかんない、不快感は――落ち着かなくて、でもとても冷静な――この感覚は。
彼らが初めて出陣した日と、同じだと思った。
「……本丸に一人なの、久々だったからな……」
仕方ねぇ、と呟く。被ってしまった光景を思い出して、その時考えていたことも引っ張り出される。今とほとんど変わっちゃいない。一ヶ月経つか経たないかの記憶。
私は今でも彼らが怖くて、異質に思えて、彼らの弱みは見ないし私も見せない。主でもない。
そのはずなのに。
自分に悪態を吐く。ちくしょう、と吐き捨ててみても変わりない。
どっかのかわいくない狐の言葉ばかりが過って胸中を乱すのは、とてつもなく、腹が立った。
- 13 -
とても仲がよくなったとは思えないほど気まずい空気で、彼らは帰還した。今日の出陣は維新の宇都宮というところで、あまり行かせたことはなかったけれど全員無事なようだった。刀装も一つダメになっただけで問題はない。
帰還早々、玄関で出迎えれば口を一文字にしていた乱がぱっと笑顔を見せ、前田がそれを微笑ましそうに見ていた。薬研は「悪い、刀装壊した!」と笑顔で報告し、愛染は可もなく不可もない様子。近寄ってきた四人は明るめだったが、残り二人――今剣と山姥切国広は、笑顔も何もなかった。かといって不機嫌でもない。
底知れない、虚無のような何かだけを、うっすらと感じた。
縁側で一人、思考を巡らせているところにやってきた薬研は、二人分のお茶と饅頭が乗った盆を片手に冒頭の言葉を告げた。お前ほんと饅頭好きだな、と思いながらとりあえず自分の分を受けとる。視線は合わせなかった。
「内番どうしたんですか」
「俺っち、今日は手合わせだぜ。しかも愛染相手。今日初陣だった相手じゃすぐ終わっちまう」
「ああ。そりゃ申し訳ない」
「仕方ねェさ。すぐ終わっちまったが、楽しかったしな」
隣に座りこんでもぐもぐと饅頭を頬張る薬研を普段だったら鬱陶しく思い追い払うんだろうけど、今は割とどうでも良かったので放っておいた。
三人の刀を新しく呼んでからしばらく、初陣までは日が空いてしまった。人の身体を得るというのは慣れるまで結構大変だったようで、いきなり出陣はやめた方が良いんじゃないかという山姥切国広と薬研からの進言を受けてのことだ。しかし新しく来た三人を待つ間、薬研達には相変わらず出陣してもらっていたからレベル差はついてしまったんだろう。それはある意味、意図したところではあるけど。
「大分出陣には慣れてきたんだが、特はまだ遠いな。頻繁に出陣しているわけじゃねぇし」
「ん。山姥切国広も言ってた」
「だろうなあ。隊長、よく考えてるぜ。様になってきてる」
「へえ」
「元からどう考えてもあの刀が隊長なんだけどな。自覚が伴ってきたっていうか」
「へえ」
三つ目の饅頭を手に取った薬研を視界の端で捉えながら、急激に会話がだるくなっていく。喋ることが面倒くさい。聞くことも、面倒くさい。
それでもまだここにいるであろう薬研に何かしら言葉は返しておくか、という気が起きて、重い唇を上げた。最高にめんどくさい。こいつと話していると、もやもやしてくる。言い様のない不快感に襲われるんだ。
――どっか行けばいいのに。
「今日、よく喋るな」
ぽつりと音を絞りだし、口を開いたついでにお茶をちびちび飲む。ひらりと庭に木の葉が落ちるのを見ながら、不快感がじわりじわりと胸の内を占めていくのがわかった。
――慣れないことを、している。さっきの狐といい、今といい。どこか意識が、ぼんやりしているように思う。
薬研の行動も珍しかったし、今日出陣から帰ってきた時の今剣と山姥切国広の様子もいつもと違った。いつもなら――どうしたかな。それをすぐには思い出せないほど彼らのことは曖昧にしか認識していない、けど。場の空気だけは、なんとなく違うと言い切れて。
「……やっぱ何かあったか?大将」
大将じゃねーよ。頭の中で否定を返し、見定めるように、でも少し抜けたきょとんとした顔をして私の顔を覗き込んでくる薬研を見ないようにしながら、ゆっくり瞬きをする。
今日はセンチメンタルな感じなんですかね、と自分を馬鹿にしながら、この感覚はつい最近どこかで味わったなと閃く。なんだっけ、と考えるまでもなく浮かんだ光景に、自分から思い出しておいてため息吐きたくなった。
「……何でもねーよ、放っとけ」
呆れと共に出した言葉だったが薬研は何やら納得したようで、姿勢を元に戻すとまた饅頭を頬張り出した。一体いくつ持ってきたのか、数える気はないが積まれた山を見て思う。
ぱくり。ごくん。何度か咀嚼を繰り返した薬研がお茶を含み、新しい饅頭を手に持ちながら言う。「みつるぎはさ、」何でもないような口調だった。
「俺っち達と違って、人間なんだな」
「……はい?」
「それから、まだ俺っち達の、主にはなれないんだな」
……何言ってるんだ、こいつ。
意図が全く読めないけれど、とりあえずどちらも否定するようなことではなかったので「うん」とだけ言っておく。薬研も「うん」と返してくる。訳がわからない。お前なんでそんな満足気なの。
「このゲームよく知らないけど、友達が言ってたよ。薬研ニキ。お前みたいな短刀がいるかって」
「あれ、アンタに友達がいるとは驚いた。みつるぎは俺のこと、アニキだと思ってくれてるのか?」
「いや全然。訳わかんねぇ子供だなって思ってる」
「ははっ、だろうなあ」
アンタの本丸は特殊だぜ、と笑う薬研に何の皮肉だと眉を顰めながら、お茶を一気に飲み干す。薬研も饅頭にはもう満足したのか、空になった二人分の湯飲みを盆に乗せると、ひょいと持ち上げ立ち上がった。会話はここで終了らしい。
「アンタの本丸は特殊だ。だから、俺っちがアニキってやつでいる必要もないんじゃねェか?」
「知らんわ」
「気ぃ抜いていられるから、俺は好きだぜ、この本丸」
じゃあな、と手をひらひら振る薬研をそこで初めてちゃんと視界に入れた。好きだとかどの口が言うんだ、とか思いながらも、もやもやは今は引っ込んでいった。なんだかなあという呆れでいっぱいだ。
(……なつか、しい)
――うるさく付きまとう声に手を振り、消えていく背中を見送った。ほぅと息を吐き、突然見えない何かに追い詰められた恐怖と不安を感じ指先を冷やした、あの時の感覚。
今日の、このよくわかんない、不快感は――落ち着かなくて、でもとても冷静な――この感覚は。
彼らが初めて出陣した日と、同じだと思った。
「……本丸に一人なの、久々だったからな……」
仕方ねぇ、と呟く。被ってしまった光景を思い出して、その時考えていたことも引っ張り出される。今とほとんど変わっちゃいない。一ヶ月経つか経たないかの記憶。
私は今でも彼らが怖くて、異質に思えて、彼らの弱みは見ないし私も見せない。主でもない。
そのはずなのに。
自分に悪態を吐く。ちくしょう、と吐き捨ててみても変わりない。
どっかのかわいくない狐の言葉ばかりが過って胸中を乱すのは、とてつもなく、腹が立った。
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