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露を掬う気持ちでいる


 小さくてかわいくない狐を見かけた。

 演練をしないのですか?と首を傾げる狐に、まずお前は誰だと問い掛けたくなる気持ちを抑えて頭を回す。こいつには見覚えがある。たぶん、チュートリアルで説明をしてた狐だ。

「なんていったっけ、名前」
「こんのすけです。ですが、私の名前はどうでもいいことです」
「せやな」
「……そうはっきり言われるのも……ちょっと……」

 しゅん、とうなだれる狐にはやはりかわいさを感じなかった。顔の模様が原因かもしれない。残念だ、狐は好きなのに。
 で、君は何の用なの?と、とりあえずその場にしゃがみ込んでみる。私が今いるのは庭で、彼らは出陣中。今剣の『説明』以降、一部の方々はギクシャクしているようで見ているこちらも嫌になってくるのだが、戦場に出たら変わるかなと思って放りだしてみた。まぁ、頑張ってくれ。ダメだったらそれはまたそん時考えるわ。
 目の前の狐は耳をぴんと立て、みつるぎ様!と叫ぶ。お前に名前を教えた覚えもねーわ、と思うけどそれもやっぱり言わない。

「私は、ゲームの案内人です!」
「うん。知ってる」
「分かりやすく言いますと、実在している未来の本丸と、過去のゲームを中継する管理人です!」
「……ちょっとよくわからない」
「ええっ!?分かりやすく言ったのに……!」

 暗に馬鹿と言ってるのだろうか。おこ。
 肌触りが気になって無意識にこんのすけの頭に手が伸びてしまい、抵抗されなかったので撫でた。ふさっとしてる。柴犬の手触りに似てるなと思った。そのまま撫でながら、うーんと唸る。

「……君がこことゲームを繋げてるってこと?」
「なんだ、分かってるじゃないですか!そうです!私は時の政府の役人が呼び出した式神なので!」
「へ、へー。それで?」
「あなたは刀剣男士から既に大まかな事情を聞いているかと思いますが、疑問がたくさんあるはずです。私もお伝えしたいことがあります。なので、遅ればせながら馳せ参じました!」

 こんのすけの頭がちょこんと下がる。頭を撫でていた私の手も当然一緒になって下がり、少しバランスを崩しそうになるも足に力を入れて耐える。
 ゲームと、未来を繋ぐ管理人。
 確かに今さら過ぎる登場ではあるのだけど、その事実を頭の中で反芻すればするほど、鼓動の音が大きくなっていった。じわりじわりと、何かが広がる感覚。
 そして同時に――とても、喜ばしいはずなのに――手の先がとても冷えていく感じが、した。


「ごめん。帰って」


 さあ行きましょう、刀剣男士がいないうちに。と私の部屋がある方向へ進もうとしていたこんのすけは驚いたようにぴたりと固まり、すぐに駆け寄ってくる。その光景をどこか遠くに思いながら、は、と短く息をはく。何言ってんだこいつと驚いたのは私も同じだ。存外冷たくなった声にもびっくりした。
 それでもぼんやりした思考は思う。刀剣男士がいない内に、とはどういうことだろうか。

「みつるぎ様……?」
「……すまないけど、帰ってくれ。ちょっと今、話す気がない」
「えっ、で、でも……!」
「じゃあ一個だけ確認。……いま聞かないと、私に害があるわけ?」

 ――ああ、今きっと、無駄なことをしている。私にそんなつもりはなかったのに。らしくないなあ、そんな人間だったかなあ。冷静な気持ちはそう囁いている。
 でも、口は止まらない。

「それは……ありませんが……」
「わかった。ならまた今度にしてくれ。君みたいな管理人がいるってわかっただけでも大収穫だから」
「よいのですか?……真実が気にならない方なんですね……」
「真実なんて、どこにあるんだよ」

 は、ともう一度短く息を吐いたが、今度のは嘲笑のようだった。出てきた言葉に他意があったわけでもなかったから、自分の発言に自分でも驚く。でも間違ってない。
 真実がどこにあるかなんて、わかりはしない。真実なんてものがあったとしても、私はきっと信じない。ドクドクとうるさい鼓動を落ち着けるように深呼吸をして、ゆっくり瞬きをした。
 いくつか、考えていたことがあるんだ。ずっと不思議に思っていたことがある。
 その一つの答えが、もうすぐ掴めそうな気がしていた。

「……最近新しい刀がいっぱい来て、てんやわんやなんだ。生活リズム掴めないし慣れないから、もうちょっと落ち着いてからにして」
「成る程、タイミングが悪かったのですね。それは申し訳なかったです!」
「いえこちらこそ。なんというかご足労頂いたのに」

 いえいえ、いやいや、と狐相手によくわからない謙遜をして、「ではまた、暫くしてから参りますね」というこんのすけの言葉で会話を終わらせた。何かあったら端末から連絡してこいとのことで、それもうちょっと早く知りたかったわ。
 正門から帰るというこんのすけを見送るために後ろをついていくと、「ですが、驚きました」と急にこんのすけが楽しそうに言った。それを訝しげに見ながら、何がです?と返す。


「みつるぎ様は、思った以上に、審神者なんですね」


 ぱたり、と揺れる尻尾を見ながら、更に続けられた言葉にぐっと息を飲む。どういう意味だとか聞く余裕もなく、突然現れた狐は「ではまた」という挨拶を残し颯爽と門をくぐっていってしまった。
 消えない呪いのような、言葉を残して。


――かみかくしにあって業務をこなすなんて、後にも先にも、あなただけです。


――『後にも先にも』?
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