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四月馬鹿


「すきっていってください」

 主さまの部屋の中、正座してしゅんと項垂れる今剣くんを前に、主さまが顔をしかめたのがわかった。今剣くんの隣では、隊長がぼやあっとした顔で、背筋を伸ばして座っていた。

 ――うわあ……ボク、変なタイミングで来ちゃったかも。

 主さまの部屋の手前、障子の影に写らない程度の位置で立ち止まってしまったボクは、すごく気まずい。
 引き返そうにも、歩き出す最初の一歩というのは結構重くて。床が軋んでしまうと思うと、動けそうになかった。

 参ったなあ、と吐き出しそうになる息をこらえて、何の特徴もない床を眺める。日の光がきらきら反射して、眩しい。
 ちらりと障子の隙間から室内を覗き見ても、すぐに後ろめたさがわき出て視線を逸らしてしまう。どうやらボクは、ここで空気になるしかないみたいだ。

「……なんで」

 嫌そうな音を含んで、主さまが言う。今日も主さまは優しさがない。

「いってくれるだけで、いいんです」
「なんで?」
「きもちはなくても、いいんです。うそでいいんです」
「だからなんで」
「だって、きょうは、」

 一瞬、声が震えていた。


「うそをついても……いいひなんでしょう?」


 ――ぴた、り。
 身体の全部の機能が、止まった気がした。
 四月一日。その日はボク達に馴染みのない、現代での楽しみがあることは知っていた。体感したことはない。物であり神であり妖であるボク達にとって、『嘘』は遠い場所にあるから。

 (ああ、そうか――今剣くんは、)

 きゅっと唇を噛む。ボク達の隊の隊長副隊長であり、ボク達の本丸を支える、二本柱。
 最初からずっと本丸の全てを見てきた二口だから。同じ隊にいても、ボクは並べない。
 ましてや弱みなんて。……ボク達に、見せたことなんてないくらいなのに。

「――うそで、いいんです」

 おねがいします。


 胸の内から競り上がりそうな何かを感じながら、それが溢れてしまわないよう口を押さえる。呼吸すら、煩わしい。
 主さま、言ってあげて。
 主さま、言わないで。
 相反する気持ちが、ぶつかる。どくどくと、血が身体中を駆け巡る。

「……嘘は、好きじゃないんですけど……」
「……しってます」
「……そうですか。まあ……エイプリルフールって、ことで」
「はい」

 はあ、と分かりやすく息を吐かれる。お腹のあたりが、ひんやりした気がした。


「ごめん――好きじゃないよ、今剣」


 えっ。
 がたん!主さまが何かを床に置き、立ち上がる音が聞こえた。
 思わずびくりとはね上がった肩を動かないよう両手で抱えこんで、そっと中の様子を伺う。呆気に取られたように口をわずかに開けている今剣くんと、ぱちりと目を丸くさせている隊長。いま、多分ボクも同じような顔をしていると思うけど。
 床に置いた救急箱ほどの大きさの木箱を主さまはごそごそと漁り、それから「どうぞ」と現代で売られている飴を取り出した。恐る恐る手を出した今剣くんの手のひらに、ちんまりと乗せられる。

「食べる?」
「……れもん味」
「ん。いつもより酸っぱいよ」

 ほんのり動揺したままの隊長の手にも飴を転がし、主さまも自分の分の飴を口に含んだ。……おいしそう、だ。主さまが触れるものは、ぜんぶきらきらして見える。

「エイプリルフールって言っても、嘘は疲れる。もうつかせないでください」
「……あるじ、さま」
「主呼びやめてください」
「あの、……いまの」

 ぐっと握りしめた今剣くんの拳から、かさりと音がする。

「いいん、ですか。ぼくたちは……きたいして」

 ころり、からり。
 飴玉が舌の上を滑る音が響き、風がそよそよと木々を揺らす音を奏でる。
 吹き抜ける風に、かみがさらわれる。
 ――もう、本当に、


「あなた方がめんどくさいのは、変わりませんけど」


 主さまは――優しくない。

 するりと隙間越しに噛み合った視線が、どこか柔くて。
 ふふ、と室内からもれた息と、「いちごあじがだいすきになりそうです」と続けられた言葉に呼応するように。

 色付く春に、微笑む。

 そんな、嘘が訪れる日のこと。
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