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渦中エスケープ(2/2)


「なんや思うてた事実と、ちゃう気がするんやけど」

昼休み終了十分前。提出物を出すために先生を探してたら食事を取る時間が遅れて、まだ半分も食べれてない。それにしたって最近食欲がなくて栄養不足気味だっていうのに、この人は一体なんてことをしてくれるのか。また私は栄養が摂取出来ない。そしてあろうことか、授業をサボることになりそうだ。机の上にお弁当を広げたままという、かなり先生にケンカ売るような状態で。
――やっちまった、なんてのが頭に浮かんだ。白石は明らかに動揺した顔をしてて、これはもう忍足くん伝いで知ったんだろうなぁなんて思ってしまった。見られてたのは知ってる。けどその時点では涙腺はもうどうしようもないほど緩んでて、なんとか誤魔化せるレベルは過ぎてた。けどまさか忍足くんが、そんな蔵ノ介の胸中を抉るようなことをするだなんて思ってなかったから油断してた。完全に、私の失態。

「……思ってた事実って?」
「なまえは……俺のこともう、好きやないんかと思ってた。せやから別れたいなんて言うたんかと、思ってた。けどあん時……お前、俺の問いかけにはなんも言わへんかった」
「無言は肯定って、」
「よく聞くけど。……それが全部に当てはまるとも、限らないやろ?」

追いつめられた。追いつめた。私たちの心境を現したらそんな感じなのだろうか。いや、きっと蔵ノ介は違う。追いつめただとかそんなことはきっと……ううん。絶対思ってない。彼はまたいつもみたいに、清らかな真実と真っ直ぐな心で言ってるだけ。他になんか別れなきゃならない事情があったんじゃないかとか、そんな違う意味で重い内容とでも思ってるんじゃないだろうか。好きなら付き合えるとでも。乗り越えられるとでも、思ってるんじゃないだろうか。

ねぇ、じゃあね、蔵ノ介。私が何で別れたかったかわかる?別にそんな蔵ノ介が思ってるような事情なんてものはないの。けど貴方が言ってるように、私は好きじゃなくなったわけじゃないの。寧ろ好きだよ、大好き。愛してる。蔵ノ介にとってはその答えで満足でしょう?それだけわかってればなんとかなるだとか、思ってるでしょう?うん。そう。それでいいと思うよ。だって中学生なんだもの。それくらいが、調度だと思うよ。私が異常なだけ。全く貴方は悪くない。
だけどね、蔵ノ介。その愛情が原因なんだってこと、貴方に理解出来るかな?好きで好きで仕方なくて、冷めるどころかどんどん重くなっていく愛情。嫉妬?まさかそんな。そんなどうでもいい上に醜い感情に支配されてる気はないよ。だって私、無駄に自信あるもの。貴方に好かれてる自信。信頼だけは、お互いあると思うよ?だってそれだけの年月を過ごしてきたんだもの。嫉妬じゃないとしたら何か?……なんだろうね。私が、知りたいくらいだよ。
蔵ノ介が好き過ぎて、蔵ノ介しか見えなくなった。いつも見ていたくなった。いつも傍にいて欲しくなった。一瞬一瞬が、過ぎていくのが惜しく感じた。二人で一緒に写った写真はたくさん。だけどそれ以上に私が蔵ノ介を単体で撮った写真がたくさん。それはアルバムに収まりきるものではなくて、何冊も増えていくアルバムには嫌気がさして。アルバムから写真が溢れるのと一緒に私の心も溢れて、それがやっぱり収まらなくて壁には貴方の写真がズラリ。飾るなんて、家具の一部みたいな言葉に当てはまらないくらいのそれは、自分でもため息が出るほどの異常さだと思う。蔵ノ介がテニスでインタビューを受ければそれはちゃんと買ってまとめてるし、貰ったものも大事に取ってある。流石に蔵ノ介が使ったものを盗ってコレクションのように集めるなんてことはしないしやろうとも思わないけど、蔵ノ介が使ったものだとか、はたまたどこにでもあるような割りばしでも蔵ノ介が触ったものだと思えば愛しく感じた。貴方の周りの全てが愛しい。テニスでも植物でも、それこそこの空気中にあるはずの見えない酸素にすら。蔵ノ介自身に感じている愛しさに少し、ほんの少し劣るくらいでも愛情を感じてる。物に対してもそんな感じなのに、なら、貴方自身にはどれだけの愛情があると言うの?

「なぁ、俺、やっぱ納得できへん。なまえのこと、めっちゃ好きやから」
「……」
「理由、ちゃんと聞かせて欲しい」

ねぇ、ねぇ。蔵ノ介。貴方は私の言葉を、理解出来ますか?それでも私を好きだと言えますか?貴方と私の好きは、もう違う好きになってる。交差した、好き。こんなドロドロした感情を理解されるなんて思ってないし、このまま付き合ってたらきっといつか、私は貴方にとんでもないことをしてしまう気がする。重すぎる愛情をそのままぶつけてしまう気がする。私は好き過ぎて辛くなるけど、貴方を傷つけたくはないの。絶対に。他はどうしようもなくても、私が貴方を傷つけるなんて、そんなのは嫌。それから貴方に、こんな歪んだ愛情もあるんだってことなんか、知って欲しくない。清いままで、真っ直ぐなままでいて欲しいの。それこそよくいう、聖書のように。

そして何より、こんな私は、貴方に嫌われるんじゃないかって。
それが一番嫌で、怖いの。


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