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渦中エスケープ(1/2)


かれこれもう付き合って三年目になる彼女は、俺にはもう日常でかかせないと言って良いほど近くに絶対いるような、いなきゃならないような存在やった。愛しくて、好きで仕方ない。別にストーカーみたいに後つけたり、束縛したりだとかDVしたりだとか、そんな好きすぎる好きやなくて、ほんまに純粋に好きやった。好きで好きで大好きで、愛しいひとやった。

「………なぁ、なんで」
「………」
「俺、なまえになんか、した?」
「…ううん」
「せやったら、なんで?………俺のこと、もう、好きやないん…?」

彼女は、なまえは。俯いて黙ったままの状態やった。今日俺を呼び出してからずっと。いや、よくよく考えてみたら、ここ数日ずっと。移動教室の曖昧に見る姿は、友達と笑って楽しそうやのに、俺といる間は目が会わなかった気がする。それがあからさまやなくて、上手く隠してそうなってたようにも感じる。ほな、もう随分前からそうってことなんか。無言は肯定。勘違いや誤解が好きじゃないなまえは、なんか間違うてたら言葉で訂正するはず。たとえ伝わりにくくても、それでもしっかりと伝えようとはする子のはずや。そんなら、今の、俺の問いかけに対する答えは。………聞かんでも、わかる。

「………なら、仕方ないわな」
「………ごめん」
「いや、しゃーないわ……恋愛感情は、コントロール出来るもんでもあらへんしな。このまま無理に付き合うてても、苦しめるだけやろ」
「………」
「けど俺……まだ、なまえのこと好きやから。気が変わったら、言うてな。強制は、せぇへんけど」

ほな。そう言って、出来る限りいつも通りに笑って別れた。文字通り、別れた。彼女と俺のクラスの位置も真逆で、おんなじ道を歩くこともない。道も、別れた。そんだけで、色んなもんがもう彼女と切り離された気がしてならへんかった。未練がましいこと言うたなぁ、我ながら。大人びたようなこと言って受け止めたフリして、それなのにまだ好きやなんて言うたら格好つかないやろ。無理してんのバレバレやん。ほんま、情けない。

……次の日。当然ながら、彼女と一緒に登校っちゅー日常は既に崩れた。そんでも習慣なのかやっぱり未練がましいのか、足は毎朝彼女と待ち合わせた場所に向かって、しかもやっぱりいつも来ていた時間に彼女が来るはずもなく、結局は一人で遅刻ギリギリで学校に行った。その時点でもう、一日のモチベーションがなくなった気がする。
教室に入ったら入ったで、何も知らない謙也に驚かれ、しゃーないから一連のことを話せばこれまた驚かれた。謙也に話してから気づいたんやけど、今まで俺たちはケンカだとか倦怠期だとかっちゅうもんが一切なかった。近すぎず遠すぎず。やけど、二人でいるときは、十分満足やった。他人に迷惑かけることもなかったと思うし、信頼し合ってたから、傍にいれれば良かった。それだけで、落ち着いた。そこが自分の居場所なんやと、感じられた。
……それすら、俺だけの感情やったんやろか。

更に数日後。付き合ってた月日が長かったせいか、俺となまえが別れたっちゅう話は学年中に広まった。んで、よくわからんけど下級生にも広まりつつあるとか、財前に聞いた。偶然自販機の前で会ったから世間話程度に話してたんやけど、どうやら財前からしたら世間話じゃすまへんらしくて、「先輩、大丈夫っスか?」と、珍しくっちゅうか、初めて心配された。財前に本気で心配されるなんてなぁなんて、笑って返してみたんやけど、あいつはむすっとした顔で「無理せんと下さい」とだけ言って去った。言い逃げやん。

更にそっから一ヶ月。そろそろ俺等のことは話題からもなくなりかけてて、広まるのとおんなじくらい早く収まった。所詮そんなもんやろ、中学生なんて。いつも通りの変わりない日常が戻ってきた。強いて変わったことを言うなら、なまえが俺の傍にいないこととそれから、この一ヶ月の間に告白される回数がかなり増えたこと。まぁ、そん時の俺の返事が「まだなまえのことが好きやから」っちゅうストレートなもんやったから、それもまた学校中に広まったわけやけど。多分なまえには、めっちゃ迷惑になるっていうのはあとで気づいた。気づいた時には、遅かった。
けれど彼女からは、なんの苦情も来ぉへんかった。

「………なぁ、白石」
「なんや?」
「お前、ほんまにみょうじにフラれたん?お前がフったんやなくて?」
「は?」

何を今更っちゅうのと、事実とは一八○度違う言葉に一瞬頭が追いつかへんかった。何言うてるん、何度も話したやん、とか頭に浮かびはしたけど、謙也は腑に落ちないとでも言うような表情をしてたもんやから、俺も俺でようわからんくなって、互いに首を傾げることになった。

「なんか、事情あったんとちゃう?」
「事情?」
「昨日、俺放課後忘れもんして教室戻ったんやけど……」
「……けど?」
「……みょうじ、泣いとったで。お前の席で、お前の名前呼びながら」

ガツン!と脳天いかれるような衝撃をくらった気がした。なんやそれ、そんなん知らん、どういうこと。頭ん中には疑問がいっぱい湧いて出たけど、それ以上に衝撃が強くて固まった。謙也に問い詰めることも出来んくて、俺の動揺も見抜いた上で、更に謙也が追い詰めてきた。「まだ好きやって、言うとったで」―――なんや、それ。
この一ヶ月、心の内に潜んでしまいこんでたもんが一気にせりあがってきた気がした。そう思った直後にはその感情に突き動かされるがまま、俺のクラスの真逆にある教室。あん時別れたはずの道を辿って、なまえのクラスに駆け出してた。謙也が名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたけどそれさえ無視して。バタン!と勢いよく扉開けて、教室中が静かになるのも構わずにズカズカ入りこんで、絶賛昼飯中やったなまえの腕を掴んで教室から出た。今から話なんてしようもんなら、確実に授業に遅れる。せやけど、どうでもよく思えた。

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