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DIRTY(1/2)


 
「あ、…っと」
「……」
「…すみません、リヴァイ兵士長」


一刻も早く部屋に行きたいがために全力疾走で廊下を駆けていたら、見事に曲がり角で人とぶつかってしまった。しかも相手は彼の有名な人類最小の兵士…間違えた、人類最強の兵士であるリヴァイ兵士長だ。この状況ならば失礼極まりない上に素行もよろしくないので私が怒られて当然の場面なのだが、私はそれよりも別のことに気がいっていた。
使いますか?と比較的綺麗な右手の親指と中指で汚れていないハンカチを出してみるものの、兵士長はそれを一瞥しただけで自らの懐から私のより遥かに清潔であろうハンカチを出してきた。ですよねーと頭で投げ掛けながら、兵士長が服についた泥を拭き終るのを見届ける。彼が潔癖症なのは有名な話だ。そしてたった今その潔癖症の彼とぶつかった私は泥まみれなのだ。当然の結果である。

「…なんて格好してやがる」
「申し訳ありません。汚した廊下は後ほど責任を持って掃除します」
「当たり前だ。少しでも残したらしばらく夕飯はないと思え」

おっと、これは重大だ。思ったよりも重い処罰に内心は嘘だろと言いたい気持ちでいっぱいだが、そこは私も兵士。理不尽なのは慣れている。真っ直ぐ元気よく返事をすれば、兵士長は舌打ちをしてからどこかに行った。ちなみにこの日の夕飯は食べれなかった。兵士長に言われたからではない。ただ単に掃除が間に合わなかっただけだ。結果的には、同じことだが。


■□


明くる日、私はまた兵士長にぶつかった。同じ時間、同じ場所でだ。その時もまた私は泥にまみれ、兵士長は綺麗な服の右肩を泥で汚した。昨日以上に不機嫌な様子で私を睨み付けてきたので、「昨日の掃除はあれでよろしかったでしょうか」と試しに聞いてみたら、「…昨日はな」と返ってきた。夕飯を食べなかっただけあって兵士長の清潔基準には満たされていたらしい。良かった。しかしどうやらこの様子だと、また今日も昨日と同じくらい時間を消費することになりそうだ。


□■


また更に日が明けた。そろそろお腹が空いてきたなと限界を感じながら、人間はやはり一日三食が良いなどというのをぼんやり考えていた。……ら、またしてもやってしまった。どん、と軽くとはいえぶつかってしまった相手はまたあのリヴァイ兵士長で、あんた何で毎日同じ時間に此処を通るんだと問い詰めたくなった。しかし対峙する兵士長も全く同じような、いやむしろ私よりずっと嫌そうな顔をして私を見ている。そろそろ本気でブチ切れられる気がしてきた。

「……お前は毎日、ここを通るのか。そんな、汚い格好で」
「はい、通ります。毎日兵士長にぶつかって掃除に追われ、例え夕飯を抜きにされても、それでも通ります」
「そうか。なら俺は二度と通らねぇ」

べし、と兵士長の綺麗なハンカチが私にぶつけられた。地味に痛い。兵士長は大変ご立腹のようだ。
しかし私としてはあぁやっと夕飯を食べることができる、となんとも嬉しい限りで、それならば今日は最後の日なのだからいつも通りしっかり掃除をしようと思った。そして明日からおいしい夕飯を食べるのだ。


■□


「……兵士長」
「なんだ」
「…………いえ」

……おいどういうことだと問い詰めたい。
嬉々として迎えた四日目の日、何故か二度と通らないと言っていた兵士長とまたしてもぶつかった。あんたそろそろ学習しろよと言いたいのもそうだが、まず言ったわりに何故この道を通っているのかが疑問で仕方なかった。兵士長の方はどう思ったか知らないが、相変わらずイラついた様子で泥を拭っていた。舌打ちもしていた。どうしたらいいのかわからなかったので昨日のハンカチはどうしたらいいのか聞いてみれば、もう汚いから捨てろと言われた。それは私が汚いものの塊だと言いたいのか兵士長。しかし実際私が兵士長と会うのは泥まみれの時だけなので、兵士長がそう思うのも仕方ない。

まぁ、偶然、もしくは習慣のためすぐには変えられなかったのかもしれないとその日は前向きに考えた。しかし、次の日も、そのまた次の日も、またまた次の日も、兵士長はその道を毎日必ず同じ時間に通り、私も同じように同じ時間同じ場所を泥まみれで通り兵士長とぶつかっていた。そして兵士長が自らについた服の泥を拭って舌打ちしたのを見届け、私も部屋で泥を落とし廊下を掃除するという毎日を過ごしていた。当然夕飯を食べる時間はない。強いて例外をあげるのならば、壁外調査の時だけだ。二度三度行われたその時だけ私も兵士長もそこを通らず、命からがらに帰ってきてからまた同じ毎日を繰り返すのだ。兵士長が何故毎日あそこを通りかかるのか、二度と通らないと言ったわりに通り続けるのか、わからないまま時が過ぎていった。しかし兵士長にも訳があるのだろう。でなければ毎日イラつきながらも兵士長があそこを通る意味がわからない。だから私は何も聞かず、申し訳なさとめんどくささを持ちながら同じ毎日を繰り返し続けた。

しかしある日、そんなループする日々にイレギュラーが生じた。
 
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