menu
top    about    main

8


 ピーピー鳴く鳥を美味しそうだなあと見つめる朝は、なかなか自分の追い詰められ具合を反映しているなと思った。

「疑われたくないので言っておきますけど、目的地は地図でいうとこの辺。距離にして約二キロ。山菜と果物と魚と、運が良ければ動物も獲れる絶好のスポットです。慣れた道なので迷う心配もありません」
「これ地図だったんだ。絵下手だね」
「とりあえず籠いっぱいに獲ってくればいいんでしょう? 二籠分あれば数日くらい大丈夫でしょうし」
「あれっ、無視?」

 私の中でシャルナークさんは要注意人物だから仕方ないね。

 起床後、ぐうぐう鳴るお腹を擦りながら起きると、冷めた目をしたフェイタンさんに見下ろされていた。こわ。そして床で寝たせいで腰が痛い。
 昨日私がガラスで切ったせいでついたフェイタンさんの傷は、朝になってもやはり痛々しそうだった。包帯が巻いてあるとはいえ、血が滲んでいるのを見たら背筋がぞぞぞってした。あんまり見たくはない。

「……その怪我で荷物持ちって出来るんですか?」
「ワタシ荷物持つなんて言たか?」
「じゃあもう一人つけてくださいよ。私は二籠持てません」
「ノブナガとフィンクス使えばいいね。暇してるよ」
「あ?」
「いや、二人で行ってくれ、フェイ。ノブナガ達には頼みたいことがある」
「…………」

 余計な火種を撒いてしまったらしい。良心から言っただけだったんだけど……まぁいいか。
 意見を却下されたフェイタンさんは眉間に皺が寄っているし、飛び火したノブナガさんも喧嘩腰だ。私がいうのも難だけど、相当ストレスが溜まっているとみた。なんか、ノブナガさんは少し複雑な顔で私達を見ていたけれど。
 何はともあれ、当初の予定通りフェイタンさんと二人なのは確定事項らしい。チャンス、と思いたかったが、結局夜通し考えても逃げる方法は浮かばなかった。だから開き直って懇切丁寧にルートの説明をしてやったわけだけど。変に疑われるよりマシでしょ、たぶん。

「制限時間は?」
「どれくらいで集められるかによるな。獲物の数も多いのか?」
「まぁ、いっぱいいますね。見つけるのに時間はかからないと思います。狩りが上手く出来るか次第ですかね……」
「なら二時間だ。俺の時計をフェイに渡しておく」

 団長さんのポケットからシルバーの懐中時計が取り出される。少し古びたように見えるそれがちゃんと機能しているのか疑問だけれど、デザインは中々好きだなと思う。
 ──なんか、気になるな。

「"それ"が、どうかしたか?」
「……いえ。懐中時計持ってそうなイメージじゃなかったので」
「そうか」

 団長さんと視線がかち合う。見られていた。ということは。
 ……あ〜……しまった、今のはきっと何かを試されていた。しかし懐中時計には特に不審な点は無いし、会話も変じゃなかったはずだ。意図に気づけるようなヒントが足りない。
 ちくしょう、と唇を尖らせそうになるのをぐっと堪える。態度はハッタリかましてなきゃだめだ。
 知識において、私は完全にこの人たちより後手のまま。

「それじゃあ、焼き肉目指して頑張ってきます」
「あ、俺は魚の方がいいなー」

 シャルナークさんは無視だ。じゃあね。





「あっ、ちょっともう、あっ、あ〜!! あ"〜〜〜!!!!」
「五月蝿いよ。口塞がれたいか」
「じゃあ苛めるのやめてくださいよ!!!」

 ──食料調達に出て一時間。私は半泣きで果物が入った籠を抱き締めていた。
 フェイタンさんと二人とか気まず過ぎるだろ、と思っていたけれど、別に仲良くする必要はないのだから黙ってればいいかと気づいたら、向こうも私と話す気はゼロだったらしい。黙々と歩き、必要最低限の言葉しか交わさずに目的地まで着いた。そこまではよかった。その後私が山菜と果物を詰めるところも、よかった。
 しかし。

「信じられない……生き物をそんな……ひど……うわ……」
「お前もこうなるね」
「うっっわ……」

 聞きたくなかった…………。

 メンタルがズタボロだ……。言葉には、あまり、したくはないが。フェイタンさんは狩りに慣れているというか、慣れすぎているというか、生き物に敬意がないタイプだった。
 いやわかってたけど! 発言からしても初対面での応戦からしても悪人だとは思っていたけど! 実際見るのは結構きつい!!
 私も狩りをして生活してたとはいえ、必要以上に痛め付けるのは断固反対だ。可哀想だと思う心はある。
 前に拷問がどうとか言ってたのもあながち嘘じゃないな……本当に私は厄介な人に捕まったらしい。ん? 捕まえたのは私か。意図的ではないけど。

「……もしかして、狩りをストレス発散にしてますか……」

 フェイタンさんの目が細まる。意地悪く微笑むような、或いは怒るようなその動作に、例え口元が見えていたとしても良い表情ではなかっただろうなと察する。
 私にぶつけられない分を動物にぶつけてるのか……最悪。

「ワタシがこれで発散してたら跡形もないよ」
「…………」
「お前、戻たら団長に言い直しね。心労も精神ダメージもワタシには影響ないらしいよ」

 ああ……なるほどね……動物をいたぶって発散してたというより、私への嫌がらせだったのか……。
 そうとわかったらこれ以上反応してやる道理はない。地面を見つめたまますくっと立ち上がり、目を瞑った。正直すんごい泣きそうだけど、文句も山ほどあるけど、この人の手のひらで踊らされるのは、嫌だ。

「……私が泣いたり吐いたりしたら、貴方はまた面白いことになりますね。楽しみです」

 後ろからの殺気が膨れ上がった。先に仕掛けたのはどっちだ。


***


「はー……じゃあそろそろ戻りますか」

 怪我は大丈夫ですか? 持てます? そう続けようとしてやめた。聞く前に軽々と籠を背負うフェイタンさんの姿が目に入ったからだ。
 制限時間三十分前。余裕で間に合うはずだ。やり方に慈悲がなかったとはいえ、フェイタンさんのおかげで狩りに時間はかからなかった。
 見つけて仕留めるまでのスピードが速い。躊躇いもない。素手なのに威力もある。こわすぎる。何で私生きていられたんだろう。ああ生きたまま捕らえたかったんだっけ。初対面の時は大分手加減されていたんだな。何度思ったかわからないが、ここまでがワンセット。
 小さな身体のどこからパワーが出てるんだ、と純粋な疑問を滑らせたいのは山々だが、そうしたらきっとこの人はまた私に殺気を飛ばしてくるのだ。もう何も言うまいよ。真っ直ぐ帰るのが吉。
 真っ直ぐ帰る、はずだった。

「……え?」

 先導する私が立ち止まる。斜め後ろにいたフェイタンさんの足音が止まる。

「……何かあたか」

 怪訝そうな声音。でも私の話を聞く気がある、真剣な問いかけだろう。
 恐らく、私が警戒しているから。
 この島に、生態系が独特で、外界との関わりが薄く、助けを呼べない地に慣れた人間が、そして自分のダメージに関わってしまう人間が、警戒しているから。正直精神は影響しないと私も思ってたが、もし汲み取って貰えてるなら何よりだ。
 まずい──直感だった。

「フェイタンさん、急いッ──!?」

 ガコン!
 地面が崩れる。山が揺れたわけではないから地震ではないはず。空洞が続きただ落ちていく感覚はまるででかい落とし穴。
 ああもう! 間に合わなかった! 手足をバタつかせても身体の落下は止まらない。必死に顔を動かして頼みのフェイタンさんを視界に捉えて──あんたも落ちてんのかい! ここは上に残って引き上げるとかしてくれよ! さっき身体能力を褒めたのは撤回させてくれ。嘘でしょ!? 空中で受け身なんか取れないんだか!?

「ああああああもおおおお!!!!」

 ぎゅっと目を瞑って衝撃に備える。
 風を切り裂く音が鼓膜に五月蝿い。大きな舌打ちと、僅かな熱が身体に伝わった気がした。
- 8 -